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03

「うわぁ……」


 闇夜を一頭の〈天馬〉が駆ける。

 足取りは軽く、まさに風を蹴るように飛ぶ様は御伽噺に出てくるペガサスに変わりは無い。

 それを駆るのは片翼の天使ギルファー。腕の中に収まるようにクリア=ノーティス。


「こうやって空を飛ぶのは初めてかな?」

「えと、そのはい……」


 〈エルダー・テイル〉には騎乗用の動物を召喚するための召還笛がアイテムとして存在していて、日本サーバでは基本的に馬がそれに辺り、ごく一般的に使用されている。

 高難度コンテンツを制覇したトッププレイヤー達は〈鷲獅子〉を召喚可能な召還笛を所持している、と言われ事実〈円卓会議〉に名を連ねるギルドマスターの何人かが〈鷲獅子〉に騎乗している姿がアキバでは目撃されている。

 ――特に〈ザントリーフ掃討戦〉の始まりとなる演説をしたレイネシア姫が〈狂戦士〉クラスティの駆る〈鷲獅子〉によってアキバの地に降り立ったというのはアキバの住人ならば記憶に新しい出来事だ。

 だが〈天馬〉などという騎乗用動物は噂すら聞いたことがない。

 そんなクリアの視線を感じ取ったギルファーは手綱を巧みに操作しながら優しく答える。


「彼女はロンデニウムで賜った私の大事な友でね」

「ロンデニウム、ですか?」 

「そう、ここより遥か西方。誉れ高き戦士たちの暮らす大地だ」


 ロンデニウムは日本サーバではなく、北欧サーバにあるプレイヤー・タウンの一つだ。

 そこでのハイエンドコンテンツのクリア報酬こそが〈天馬〉の召喚笛だった。

 飛行速度こそ〈鷲獅子〉に遅れをとるものの、その優雅さから北欧サーバのプレイヤーの人気は非常に高くその価値は幻想級とまで言われた代物である。

 他サーバへと遠征するプレイヤーの少なかった日本サーバで〈天馬〉の召喚笛を持っているプレイヤーはほんの一握りに過ぎない。


「その、すごいんですね、ギルファーさん」

「いや、そうでもない。そうだな、実力だけならば高名な〈黒剣〉アイザックの足元にすら及ばない。いや、彼の側近の者たちの足元にすら及ばない」

「そんなこと無いです!」


 自分の実力をそう評したギルファーを強く否定する。

 そんな事は無い、と。

 自分を助けてくれたギルファーは強い、と。馬上で顔だけをギルファーの方へと向け、そう信じている目を――若干、熱を帯びた視線を送る。

 ギルファーとしては苦笑しながらその瞳をを見つめ返すしかない。


「女性にそう言われるのは有難いが、紛れも無い事実だ。彼らの練度は常軌を逸している。如何に死に、如何に戦い抜くか。彼らは皆、いずれ天の頂(ヴァルハラ)へと辿り着く勇者だ」

「へ? え、えと……」


 その言葉にクリアは少し、たじろぐ。


(あれ、ギルファーさんってその――ちょっと頭のおかしい人っていうか、電波系?)


 言っていることが解らない。

 『片翼の天使ギルファー』というプレイヤーはロールプレイヤーなんだろうと決め付けていた。多分、その通りだろう。間違ってはいないはずだ。むしろその通りであって欲しい。

 だって、そうでもないとかなりの電波系だ。


「所詮私は罪を犯し天界(ヘブンス・ゲート)を追われ地に堕ちた片翼の天使。それでも尚、天使として人を導こうとする私は道化に他ならない。

 それに比べて彼らは愚直なまでの魂の輝きスピリチュアル・カラーを持つ戦士。道化では敵う事すら儘ならないさ」


 ギルファーはそんなことも露知らず〈天馬〉を駆りながら、月を見上げる。

 眼差しは熱く、その言葉に絶対の確信を持っている。

 そしてそれは、とても絵になっていて――いや、絵になりすぎている。


(……駄目。ギルファーさんちょっと頭おかしい上にかなりナルシストだ)


 心に撃たれた傷が癒えていくのをクリアは実感する。


「……あの、シブヤってどんなところ何ですか?」


 クリアはなんとか口を開き、半ば強引に話題を変える。

 美しい思い出を、美しい思い出のままにするために。


「そうだな、アキバに比べれば住んでいる〈冒険者〉も〈大地人〉も少ない。調べたことはないがその数は千人に満たないだろう」


 シブヤはその成立の関係上、ギルド会館が存在しない。

 生活のしやすさでいえばどう考えてもアキバに住む方が利口といえるのだが、アキバからそう遠くない距離に有るために通えない、という距離でもない。

 そのために、現在では郊外の別荘地のような扱いになっている。


「しかし〈都市間ゲート〉が再起動すればシブヤの街にも活気が戻るだろう。そうすれば私もまた新たな翼を手に入れ、羽ばたけるかもしれない」

「は、はぁ……」

「――ほら、あれがシブヤの街だ」


 促され、恐る恐る足下を覗いたクリアはつい息を呑む。

 柔らかい不規則に揺れるオレンジ色の灯りがそこかしこに点在し、中央の広場には灯りが幾つも重なり、賑やかな雰囲気を感じさせる。

 それは、魔術的な灯りではなくて松明によるものだ。

 その光景はどちらかというと〈冒険者〉の作り上げた街並みというよりも〈大地人〉の街並みといった色合いを近く感じる。


「――さて、広場に降りよう。私に掴まってくれるか?」

「へ? あ、はい!」


 手綱を操作し、滑らかに人面岩のある広場へと〈天馬〉を下降させていく。

 顔を打つ風が冷たくて気持ちいい。

 街に近づいていくにつれて、広場で歓談していた〈冒険者〉や〈大地人〉たちが空を見上げ、手を振り声を上げる。


「あれギルじゃね?」

「おー、ホントだ。ギルさん帰ってきた」

「ギルさんおかえりー」

「ギル様~」

「うーし、着地箇所作るぞー。各自撤収ー」


 広場にいる人数は百人近くに及ぶが、彼らはそれが毎度のことであるように〈天馬〉の着地スペースを確保するために手際よく広場の出店を撤去していく。

 その顔は一様に明るい。

 ギルファーは上空で旋回しながら片づけが終わるのを待ち、合図が出るのと同時に手綱を操り軽やかに着地させる。


「ただいま、皆。私がいない間に何か変わりはないか?」


 素早く〈天馬〉から降りてクリアが降りやすいように手を差し出しながら、広場と広場に集まってきた皆へと声をかける。

 広場からは「なんかあったっけー?」「〈居酒屋白魚〉の嬢ちゃんが焼き鳥焦がしたぐらい?」「いやいや、それいつものことだから」「ひ、ひどいです!」など軽口と笑い声があがる。

 その笑い声を聞きながらクリアはギルファーの手を取り〈天馬〉から降りる。

 ――暖かい。

 差し出されたギルファーの手も、この街の雰囲気も。

 この街に住人が千人程度しかいない、というのなら横の繋がりが密なのかもしれない。

 田舎みたいなものかな、と東京生まれ東京コンクリートジャングル育ちのクリアは考えた。

 それは、彼女が体験したことない世界だ。


「んにゃ、特に変わりはねーな。

 〈大地人〉の行商人が二組来たぐらいか。品物は豚の塩付け肉と上等な反物。豚の塩付け肉は旦那のとこの嬢ちゃんが買ってたから期待していいんじゃねーか」


 広場に出来た輪の中から一歩前へ出た男はギルファーに軽く手を挙げながら簡潔にシブヤの今日の出来事を報告する。

 口調こそ気さくだが、言葉の端端からは畏敬の念を感じ取ることができる。


「そうか。ではその行商人たちは?」

「今は宿で休んでるよ。連中からすればメインはアキバでの商いだからな、英気を養ってんだろ。

 因みにうちのギルドでアキバまでの道中の護衛を請け負った……が、まずかったか?」

「いや、良い判断だろう。

 最近――〈ザントリーフ掃討戦〉以降モンスターの動きが活発だ。〈大地人〉だけでは危ないかもしれない。私が護衛できれば良かったが、リカルドのギルドなら心配はない。心配はないが、十二分に気を付けてくれ」

「分かってるって、旦那。いっつも旦那ばっかに任せてちゃ悪いしな。……モンスターが活発なのはやっぱ〈大災害〉からこっちクエストを受注してなかった影響かねぇ」

「確かにその影響はあるだろう。だが、それ以外の可能性も否定はできないところだ。

 天界(ヘブンス・ゲート)からの返答も無い。その辺りはアキバの〈円卓会議〉が見解を出すだろう。あそこは天界(ヘブンス・ゲート)に勝るとも劣らない識者が揃っている。彼らに任せておけば問題ないと思うが」


 リカルドはいろいろと散りばめられている単語をスルーし「まぁ、それもそうか」と快活に笑う。

 

「それで? その嬢ちゃんはどうしたんだ? シブヤの人間じゃねぇよな」

「えと、その、」

「彼女は先ほど四つ先のゾーンでPKに襲われている所を保護した。PKに付いては〈円卓会議〉に通達済みだ」

「さすがは旦那。仕事が早いこって。ナーシャ! 低レベルプレイヤーが外に行く際はなるべく六人パーティ、〈帰還呪文〉を使ったらその日は外に出ないようにって文言加えて掲示板に貼っとけ」

  

 広場の中から「はいはーい。特に女性プレイヤーは注意ってのも付け加えておきまーす」と言葉が返ってくる。それに茶々を入れるように「『※ただしナーシャをのぞく』って書いとけよー」「いやぁ、ナーシャを襲う奴いたら見てみてぇわ」「……コイツら死なす」などと声が上がり、ドッと笑い声が上がる。それは〈冒険者〉からも〈大地人〉からも等しく。


「まぁ、そんじゃあいつも通りニ~三日様子見てからアキバへ送ってって……あー、無所属なのか。どうする? 俺のほうで希望に沿うギルド探してみるか? 旦那だといろいろと偏るだろ」

「偏っていると言われるのは心外だな。だが、確かに君のほうが適任なのも事実だ。どうする、ではないな。クリアさん、君はどうしたい?」

「えっと、その……もう少し、考えさせて下さい」

「ま、そりゃそーだ。けどま、気が向いたら声掛けてくれて構わないからな。大抵はここら辺ぶらついてるからさ。――っと、俺の名前は『リカルド』。ギルド〈S.D.F.〉のギルマスだ」


 ニカッと笑いながらリカルドは胸に付けられた赤いギルドエンブレムを叩く。

 ギルド〈S.D.F.〉。

 それは正確には〈Sibuya Defense Force〉という〈大災害〉以降に結成されたシブヤの街を守るためだけのギルドだ。もっとも、アキバにおける〈円卓会議〉のような存在ではなく来る日に備えた非公式自警団といった意味合いが強い。


「彼はこの街で最高の戦士だ。フレンドリストに登録しておいて損は無い」

「旦那に言われると悪い気はしねーな」

「フッ、事実だろうリカルド。君の実力はあのクラスティにも比肩するのだからな」


 シブヤ最高の戦士、リカルド。それは決して嘘偽りではない。ゲーム時代は傭兵として〈黒剣騎士団〉などから声を掛けられる売れっ子で「人が足りない? リカルド呼べリカルド。アイツなら誰と組ませても問題ないから」という具合だ。

 日本サーバで〈守護戦士〉と言えば〈狂戦士〉クラスティと〈黒剣〉アイザックという桁違いの実力を持つ二大巨頭の名が挙がる。それ以外の〈守護戦士〉はその他として一括りにされてしまう。だがそんな『その他』の中でもリカルドの実力は八番以内に入る。

 それはつまり、日本サーバの〈守護戦士〉十傑に名を連ねる実力者であると言うことに他ならない。

 そして、その実力はギルファーよりも圧倒的に上だ。


「ギルさん、それはねーわ」

「クラスティさんに比肩するのってアイザックさんぐらいだろ?」

「ルックスでも負けてるしな―」

「クラスティってレイネシア姫の彼氏なんだろ? 何それマジもげろ」

「は? たしか〈吟遊詩人〉のクールビューティとか〈妖術師〉のお嬢様にも手を出してんだろ? 何それ爆発しろ」

「げ、マジかよ。クラスティマジ核爆しろ」

「そんなんじゃ、どー考えてもうちの大将じゃ比肩しねーわ。うちの大将が惨め過ぎる」


 娯楽に乏しい世界では、噂というものは大きな娯楽だ。その中身が正解であれ、不正解であれ。そして、自分の事ではない以上、誰もがそれを面白おかしく伝達する。

 

「酷い言われようだと思わないか、旦那」

「君のギルドは相変わらず仲が良い。……彼女をそろそろギルドに案内しようと思うが、君たちはまだ?」

「おぅ、俺らはもうちょいここで騒いでっから。気が向いたら飲みにきな」

「――あぁ、了解した。さて、こっちだ。付いて来てくれるか、クリアさん」


 ギルファーは傍らの〈天馬〉を空へと帰し広場の輪を抜ける。


「じゃーねー、ギルさーん」

「また明日ー!」

「ギルさんおやすみー」

「ギルさん、今度〈天馬〉に乗せてねー」


 輪を抜ける際も皆が皆、ギルファーへと声を掛ける。親しげに、楽しそうに。友達のように。


「……その、慕われてるんですね」

「そうでもない。それは私が〈道化師〉故に、人から耳目を集めているに過ぎんよ」


 歩きながら、軽く肩を竦めるギルファーの横顔はどこか楽しそうだった。

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