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何かおかしい。
鼠が始まりで猪が終わり。
ソロ・ペアゾーンで戦ったボスモンスターを考えてみれば、それが、干支をモチーフとしている事は紛れもない事だろう。
現に、子〈アザゼル≒〉、艮〈推定有罪≒〉〈ラチェット≒〉を撃破済みであり、その三体の鈍色の人型の復活は無い。
干支で間違いは無いという事の証明になろう。
しかし、確かにそれは十二という数字を表すものではある。
だが、十二ならば星座もあるだろう。むしろワールドマスターがテストサーバー由来ならば、星座の方が適当ではなかろうか。
つまり、干支を選んだことに意味があるという事だ。
ボスモンスターを選出する為に動物をモチーフとしたのか。いや、それはない。星座には確かに動物ではない水瓶や天秤が存在しているが、それをモチーフにしたモンスターも存在している。むしろ、大事な相棒である〈天馬〉ミカエルを手に入れたロンデニウムのレイドクエストは十二星座をモチーフとした十二のレイドボスとの戦いだった。あれは、強敵だった。〈古来種〉エリアス・ハックブレードらが有象無象のモンスターを引き付け、その隙に敵の首魁を叩きに行くというシナリオ。七回目の挑戦で十二のレイドボスを倒した時の興奮は未だ忘れる事は無い。
が、それは今はどうでもいい事か。
今考えるべきは、何故、干支を選択したのかと言うところだ。
単純に考えればここが日本サーバだから、だろうか。
いや待て、と考えを戻す。
確かにソロ・ペアゾーンのボスモンスターは干支に採用されている動物のモチーフではあった。だが、干支をモチーフとはしていないのではないか。共通テーマをモチーフとして作られたモンスターなどにはデザインや名称に連続性や共通性が見受けられるものだ。
それは、無かった。
少なくとも自分と†ラグナロク†が戦った〈餓食のフェーン≒〉と〈ケリュキング≒〉の原型となったモンスターは共に一般的なモンスターだ。
干支という役を成立させる為に見繕った、と言えなくもない。
では、何故それをする必要があったのか。
物事には必ず理由がある。
完全なランダムなど存在しない。
考えろ。
答えはある。
しかし、情報量が少なすぎる。
手がかりが無い。
問題文の頭三文字で答えを選択しろ、と言われているようなものだ。
ならば、情報をどうやって集める?
危険を顧みるな。
持てる全てを用いて、ヒントを探せ。
現状得る事の出来る情報を超えて情報を集めろ。
ギルファーは視界の中で右上の方を注視する。慣れが必要だが、〈冒険者〉は視界の各所を注視することでさまざまな情報を表示する事ができるという事は最早周知の事実だ。
瞬時に今いるゾーンの情報ウインドウが展開される。
そして、そこには同時にこのゾーンに存在する〈冒険者〉〈大地人〉〈モンスター〉の数までが表示されていた。
〈道化師〉のスキルの一つである〈観客人数〉による効果。それによればこのゾーンに存在するのは〈冒険者〉12、〈大地人〉0、〈モンスター〉1、となる。
つまり、鈍色の人型はモンスターとしてカウントされていない、という事がわかる。
あれはあくまでワールドマスターの一部としてカウントされるという事だ。少なくとも、観客としては、となるが。
「……ぐッ!」
「ギルさん!?」
そして、その情報を得た代償としてHPを二割ほど失った。
〈観客人数〉を使用した代償という訳ではない。
直撃こそ避けたものの、それは〈†ラグナロク†≒〉からの斬撃。
つまり、今が戦闘中だからだ。
視界内に情報ウインドウを表示するという事は視界を狭めるということであり、情報ウインドウが透過式のものだとしても同じ事だ。さらに、ウインドウの情報を読み取ろうとすることで注意力が散漫となってしまう。その他にもデメリットが多く存在するために、戦闘中の〈冒険者〉は必要最低限のものしか表示しないのが鉄則だ。
勿論、情報処理速度や技量が高ければ多くの情報を表示しながら戦う事も出来る。
かの有名な〈放蕩者の茶会〉参謀として名を馳せた〈円卓会議〉の参謀シロエを筆頭に、〈円卓会議〉の盟主クラスティ。〈黒剣騎士団〉のレザリック。リグレット、ウルフ、ナズナ、朝霧、夜櫻辺りならばそれも可能ではないかと思う。
しかし、自分にそこまでの技量は無い。
だが、現状得る事の出来る情報では足りないと踏み込んだのだ。
未熟な〈道化師〉が舞台の主役に躍り出る事は叶わない。
「なんかしたのか、旦那」
〈†ラグナロク†≒〉の追撃を咆哮と共にインターセプトしたリカルドはその連撃を捌きながらこちらを見ずに口を開く。
その技量を大人げなく羨ましく思う。
「私たちの模造品は観客ではないという事が分かった程度だ」
「あぁ? どういう事よ」
「鈍色の人型は、モンスターとしてカウントされていない、という事だ」
「ん……? つまり、ワールドマスターの飛び道具扱いって事か。なんだよ、倒しても経験値増えねぇ訳だ、っと!」
語尾を強めながら、相手の大振りに合わせて左の大盾をカウンター気味に振るい、ノックバックを発生させる。鈍色の人型が強くなってきているとはいえ、まだこちらに分がある。
現に、今も敵陣深くに切り込んでいるアザゼルは炎を撒き散らしながらもそのHPは然したる減少を見せていない。
「いや、順番通り倒すってのも中々HP調整が面倒だな」
「確かにな。まったく、面倒な遊びを考え付くものだよ」
「けどまぁ、これぐらいなら何とかならぁよ。旦那の言う通りで、今は卯、〈ライサンダー≒〉だ。復活もしてねぇし、数の余裕が生まれればこっちのもんさ」
「そう、だな」
――断末魔が聞こえる。
その絶叫へと視線を向けた。
〈ライサンダー≒〉へ雪ん子の〈アサシネイト〉が炸裂し、HPがゼロとなった〈ライサンダー≒〉は今までと同じく全身へと皹が入り、光の粒子へと還っていく。
「ふむ、卯の撃破か。次は――」
「巽ってことは俺と雪ん子だ――」
と、そこで。
あってはならないものを見た。
「は? あ、いや、ちょっと待て」
ザクン、と〈片翼の天使ギルファー≒〉が自らの首を刎ね、光の粒子へと還っていくのを、だ。
そして、宙に浮くワールドマスターから五つの鈍色の人型が零れ落ちる。
即ち、〈アザゼル≒〉と〈推定有罪≒〉〈ラチェット≒〉〈ライサンダー≒〉。そして〈片翼の天使ギルファー≒〉だ。
「自殺で順番強制リセットとかありかよ……」
「これは心折れるシステムだなぁ……」
さすがに、茫然と呆ける事は無かったが、士気が下がるのを感じ取る。
当然だ。
だが、違和感だ。
あまりにも、心を折りに来るタイミングが、出来すぎやしないか。
確かに、干支の通りに倒せば復活できないのかもしれない。
だが、自殺によるリセットが可能ならば、〈アザゼル≒〉が倒されてすぐにそれをすればいい。
わざわざ、四人倒されてからする必要は、無い。
違和感だ。
ギルファーは、このダンジョンに入ってから二つの違和感を感じていた。
そのうちの一つは何者かによる監視。これは、ワールドマスターによるものだと結論付いた。
そして、もう一つ。
ギルファーはそれを手繰り寄せるために、眼に力を込め、発動する。
その名は〈感情表現〉。
即座に視界内の色が陽画から陰画へと反転する。
それは、〈道化師〉の持つ固有モーションやエモーションをゾーン内に存在する〈冒険者〉へと一時的に与えるスキル。
片翼の天使ギルファーは電波系ロールプレイヤーなどと呼ばれているが別になにもそもそもがそうだった訳ではない。勿論、〈大災害〉以前からロールプレイヤーで俗に中二病、と言われるような言動をしてはいたが、〈天界〉や〈魂の輝き〉などという単語を使っていた訳ではない。
この世界で、それを表現する新しい言葉が必要だったから、作り上げたのだ。
〈天界〉は、現実世界の事。
〈天界技〉は、俗に言われる〈口伝〉の事。
ならば、〈魂の輝き〉とは。
それこそが〈感情表現〉によって反転した色世界の中で揺らぐ陽炎。
各人が胸に抱く意志。願い。諦め。すなわち、心の在り方。
視界では、陽炎が所狭しと踊っている。
そして、その陽炎が宙へと立ち上り、人の形をした深淵に飲み込まれている。
「――そういう事か」
理屈は解らない。
原理は知らない。
だが、理解した。
ダンジョンに入ってから感じていた違和は、これだ、と。
あまりにも。
あまりにも、感情が表に出過ぎる、という違和。
常日頃より、他人の感情を揺り動かす事を生業とする〈道化師〉、片翼の天使ギルファーだからこそ気付いた、違和。
全て、これだったのだ。
ゾーン間で統一性の無いダンジョン。
試行錯誤を求めるゾーン。
全て、感情を発露させる。思考させるためのゾーン。
それら全てに意味は無く、だからこそ意味がある。
「――それが、貴様の餌か」