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 鈍色の人型は、自分たちを非常に高いレベルで模している。

 だが、それは悪手だな、とギルファーは〈片翼の天使ギルファー≒〉が放った投剣〈エンジェルフェザー〉を切り落としながら思う。

 勿論、姿形やステータス、扱う技の全てが同一である事に驚きが無かった訳ではないが、よくよく考えてみれば、この『片翼の天使ギルファー』という肉体は原理こそ未だに不明なままである(〈円卓会議〉や〈十席会議〉辺りならば、手がかり程度は掴めていそうではある)が、〈エルダー・テイル〉というゲームのキャラクターである事に間違いは無い。ならば、その全ては少なくともデータで構成されていている訳であり、それこそバックアップなどクリック一つでコピーが可能な代物だ。そもそも、〈エルダー・テイル〉にも、自分のステータスと全く同一のステータスに変化するモンスター〈流体鏡(ミラーコピー)スライム〉や〈複体瓦斯(ドッペルゲンガー)〉などは存在したのだ。ただ、複数体現れたとしても、数パターンのルーチンワークを見せるだけで雑魚いが面倒、という評価を受ける程度ではあったが。

 それを考えれば目の前の紅き双眸の持ち主たるワールドマスターが、真に運営側の存在なのだとしたら、自分たちのコピーを作り出す事は別段おかしな事ではない。

 視線を一度、ワールドマスターへと向ける。

 鈍色の人型を産み落としてから、瞳も閉じて微動だにしていなかったそれは、戦闘が激化するに従い、宙に浮き、眼下を紅き双眸で眺めている。そして、その身体には未だブランクがあり、不気味さを失ってはいない。

 数回、攻撃を仕掛けたが、鈍色の人型はワールドマスターの守護を最優先命令としているのか、その守りは中々に堅牢であり、直接ダメージを与えるまではできてはいない。もっとも、宙に浮かれてしまってはそう簡単に近接攻撃が届かず、また、そこまで跳ぼうとすると鈍色の人型に狙い撃ちされてしまう。それでもライサンダーらによる範囲攻撃で数回のダメージは通っているはずではあるのだが、その蓄積ダメージ量は微々たるものだろう。

 では、鈍色の人型相手に自分たちは苦戦しているのか、と問われればその答えは否となる。

 確かに、戦局は停滞気味で膠着している。厄介で面倒な相手ではある事に違いは無い。しかし、あくまで非常に高いレベルで模しているだけであり、自分たちと完全に同じという訳ではない。今も正に鈍色の人型たちは陣形を防御に重きを置いた〈その守りは(イン・オーダー・)城塞の如く(トゥ・フォートレス)〉から、超攻撃的な陣形である〈略奪せよ、(イン・オーダー・)見敵の命を(トゥ・ディバウア)〉へと組み替え、攻撃パターンを変更しているが、その動きはやはりどこかぎこちない。

 練度が足りない、とでも表現するべきだろうか。

 例えば、レースゲームをプレイするとして、同じコース、同じ車種、同じカスタマイズという全てが同じ条件でベストタイムが出せるライン取りを知った上でタイムアタックをしたとして、常日頃からその条件でプレイしているプレイヤーと初めてその条件でプレイしたプレイヤーとでは、タイムに大きな差が出てくるのは当たり前のことだ。

 それに加えていきなり〈右手に剣を、(イン・オーダー・)左手に盾を(トゥ・ファイト)〉を使用した時は思考までもコピーしているのかとも考えたが、どうやら思考ではなく『このゾーンに至るまでの戦闘の最適解』をただ機械的にトレースしていると解ってからはそれを逆手に取ることで、優位に戦闘を進められているというのもある。

 人は、常に最適解を模索する事こそが最大の武器だ。

 自分たちを模し続ける以上、その先には辿り着けない永遠の後続者だ。


「っしゃおららぁあああっ!!」


 今も正に、鈍色の人型の陣形変更の隙を突いてアザゼルが自分たちの陣形から単騎離脱し、咆哮を上げて突貫していく。

 野生の獣の如き疾さと行動に虚を突かれた鈍色の人型は対応できずに、アザゼルの左拳が後衛である〈ぱぷりか≒〉の鳩尾へ決まる。それだけでは終わらず、左拳を抜く反動で今度は振り下ろしの右拳が追撃する。

 そこでようやく〈ぱぷりか≒〉の周囲にいる〈雪ん子≒〉や〈ラチェット≒〉がアザゼルの行動を阻害しようと動き出すが、それよりも速く両腕の〈幻想級〉装備〈日輪紡ぐ革紐(ヘリオス・ヒマンテス)〉を完全起動させ、握りしめた拳が極光を帯びる。


「――〈必殺の一撃(フィニッシュ・ブロー)〉」


 アザゼルの小さな呟きと共に放たれた右ストレートは右腕に展開した灼熱を置き去りにする速度で〈ぱぷりか≒〉の胸部を貫き、一拍遅れの灼熱が上半身をそのまま文字通りの圧倒的な火力で消し飛ばす。

 必殺の名に相応しい一撃によって上半身が焼失した〈ぱぷりか≒〉の下半身はそのまま光の粒子となって掻き消える。

 さすがに、狙いどころを弁えているな、と改めてアザゼルを見る。

 自分たち十二人のパーティ構成は正直、歪どころではない。


「わ、私から倒しに行くのは解るけどなんか複雑ーっ!」


 背後で〈オーロラヒール〉を唱えながら、ぱぷりかの叫び声が聞こえる。

 確かに、自分の2Pカラーとも言えなくもないモノが殴打の末、上半身が消し飛ぶ、などという倒され方をすればその心境を察せなくは無い。少なくとも、最期の一撃はオーバキルだろう。

 しかし、それは仕方のない事だ。

 なにせ十二人の中に純粋な〈回復職〉はぱぷりかしかいない。

 それはつまり鈍色の人型にも〈回復職〉は〈ぱぷりか≒〉しかいなかったという事になる。

 一応〈召喚術師〉であるビターや〈カテゴリーエラー〉である推定有罪は回復能力を有してはいるが、それはあくまで補助程度の代物に過ぎない。その為に、ぱぷりかという人物はこの十二人の中では誰よりも、生存させなくてはいけない〈冒険者〉である。

 勿論、鈍色の人型たちも〈ぱぷりか≒〉もそれは認識していたのだろう。事実、十二の陣形の全てでぱぷりかの周囲には必ず〈戦士職〉か〈武器攻撃職〉が一人張り付く。

 次の陣形へと移行するときの隙。

 それを逃す事無く、相手から〈回復職〉を除外したのだ。

 流石としか言いようがない。それを実行できる胆力と実力を含めて、だ。

 故に、ここから戦局は今までの膠着状態から一気に傾く。

 

「次は相手の盾と矛を潰すわよ!」


 それを十分に理解している†ラグナロク†が言葉を発しながら〈大見得〉を切る。

 独特の、戦闘では余分となるポーズを取る事で周囲の耳目を集めるそれは、サブ職業〈傾奇者〉が得る事の出来る特技であり、タウント系特技と関連付けて発動させることにより、その効果を上昇させる代物だ。


「オッケィ、任せろってんだ!」


 †ラグナロク†に続くように両腕の大盾を打ち鳴らしたリカルドの咆哮、〈アンカー・ハウル〉だ。

 自分たちを模したが故に〈大見得〉と〈アンカー・ハウル〉という二つのタウントを受けて、どちらがより脅威かの最適解を下す為に陣形を立て直そうとしていた鈍色の人型たちの足が一瞬止まる。

 それを確認した全員が一斉に攻撃へと転じようと構えた瞬間、敵陣の中で紅炎が上がる。

 アザゼルだ。

 敵陣深くに切り込んでいた、勝負の嗅覚というモノに優れているアザゼルが、その一瞬の隙を逃す訳がない。振るわれる拳は〈雪ん子≒〉の顎を砕き〈ラチェット≒〉の腹を貫く。その拳に追従するように迸る紅炎が襲いかかり、さながら地獄と呼んでも差し支えない程の惨状がアザゼルを中心として顕現する。


「げ、ちょ、熱っ!」


 その地獄に囚われかけた推定有罪が、脱兎のごとく駆けだし、呟く。


「あー、完全にヒートアップしてんなぁ」

「退避したほうが良さそうだなぁ……」


 アザゼルの周囲を迸る紅炎は、周囲三メートルの範囲で装備者以外に火属性ダメージを発生させる。だが〈大災害〉後では意味合いが変わってくる。確かに紅炎は周囲三メートルに留まる。だが、熱波は別だ。紅炎によって発せられた熱は周囲三メートルというくびきから解き放たれ、周囲の空間を蹂躙する。それは結果的に大気を焦がし、氷を瞬間的に水蒸気へと昇華させ、生み出される気流は風を阻む要塞へと変貌する。

 そこまでの暴虐さを見せれば〈大見得〉や〈アンカー・ハウル〉で†ラグナロク†とリカルドが行ったヘイト管理を簡単に置き去りにする。

 自然、鈍色の人型たちは、最大の脅威をアザゼルへと上書きして殺到した。

 そして、それを跳ね返す圧倒的な力による蹂躙。

 これが普通のレイドならば、こんな事は出来ない。

 レイドボスのHPが数十万なんて事はよくある事だからであり、幾ら圧倒的な攻撃力を誇る〈冒険者〉でも一人で撃滅できるレベルではないからだ。

 しかし、鈍色の人型は違う。

 あれは、自分たちを模したモノ。自分たちのステータス、スキルを模したモノ。HPもまた、ステータスであり、精々が一万程度。


「私たちのコピーはもう放っておいてもアザゼルがどうにかしてくれるだろう。問題は、ワールドマスターだ」


 そして、鈍色の人型が自分たちを模しているが故に、アザゼルは〈リカルド≒〉以外には止められない。それは〈回復職〉の有無で天秤は確実にアザゼルへと傾くだろう。

 そうだな、と同意の声を聞きながら中空に浮くそれを睨む。

 記憶の限りでは、部下モンスターを倒しきる事で初めてダメージを与える事が可能となるレイドボス、というモノも存在した。

 だとすれば、鈍色の人型との戦闘はそれこそ前座ということになる。

 だが。

 見れば、ワールドマスターの身体のブランクが鈍色で埋まっていた。


「……ふむ」

「なぁ、旦那。あれ、ヤバくね?」


 リカルドの口から乾いた笑いが漏れる。

 そして、鈍色の雫が零れた。



 欠ける。

 十二の灯が、一つ消える。

 流れる水は高所から低所へ。

 十二の灯が、一つ点る。

 時の巡りは、天から天へ。

 欠ける。

 十二の灯が、一つ消える。

 転がる石は、頂より麓へ。

 足りない。

 十二の灯が、一つ点る。

 時の巡りは、天から天へ。

 欠ける。

 十二の灯が、一つ消える。

 欠ける。

 十二の灯が、一つ消える。

 落ちる雫は、空より地へ。

 十二の灯が、一つ点る。

 十二の灯が、一つ点る。

 時の巡りは、天から天へ。

 足りない。

 足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。

 まだ、足りない。



 どれほど戦い続けてるんだろうか。

 倒した鈍色の人型を数えるのは既に止めた。消費した回復アイテムの量から考えれば結構な数を倒している筈だ。

 〈天界技(ヘブンズアーツ)〉を使うほど追い込まれている訳ではない。死亡した仲間もまだいない。

 ただ、少しずつ。本当に少しずつではあるが、新たに生み落とされる鈍色の人型が強くなってきている。いや、人型たちが、か。

 まるで、自分たちに倒される度に連携を学んでいるかのように。


「……ラグ、状況の打開は?」

「難しい事を言わないでよ。……一つ解ってるのは、新しく出てくるのはキャラによってタイムラグが有るって事ぐらいじゃない?」

「流石にずーっとこのままとかは無ぇよな」

「知らないわよ、そんなの。あれが何したいか知んないけど、我慢比べなんじゃないの?」


 傍らで剣を振るう†ラグナロク†は口調こそ普段と変わらないものの、その表情には疲労の色が窺える。

 現在、〈冒険者〉がモンスターと戦う際の最大の敵は、その強さではなく数だ。ゴブリンの軍勢、サファギンの軍勢に襲撃受けたあの件からもそれは明らかである。

 そして、今、自分たちが相手としている鈍色の人型も、それだ。

 在庫を一斉放出するか、売れる度に補充し続けるかの違いだ。

 ぞっとする。

 いつまで戦い続ければいいのか。


「全部同時に撃破しなきゃ駄目とかじゃねぇの?」

「それは〈大災害〉後は不可能だ、ロシナンテ」


 杖銃の先端から雷を放ちながら、ライサンダーが言葉を続ける。


「いや、範囲魔法で一斉に攻撃する事は出来るぜ? でも、ダメージを同時にってのは無理なんだわ。考えてもみろ、雨に同時に当たることなんて出来ねーだろ」


 それもまた、〈大災害〉による変化した戦闘の一部だ。範囲内の敵に同時にダメージを与える、などという魔法は確かに存在する。

 例えば雷を落とす魔法があるとしよう。ゲームでは、雷のエフェクトが敵に同時に直撃し、ダメージを与えていた。しかし、現在は雷が落ちる速度に差がある。敵も同種であっても、個体差がある。それは、僅かな差だ。だが、その僅かな差で同時という言葉は崩れ去る。

 それが条件だとしたら詰みだ。このハーフレイドクエストは誰にもクリアできない。

 だが、だからといって「はいそうですか」と諦める選択肢は無い。むしろ、諦めては駄目だ。ワールドマスターは放っておくと、シブヤを――いや、ヤマトを、俺たちの世界に悪影響を与えるような奴だという事ぐらいは見て解る。


「ほんなら、倒し方に決まり事があるとかどうや? とどめは物理で、とか魔法で、とかや」

「私のコピーは両方で撃破済みだ。その可能性は低い」


 ヒットアンドアウェイの〈アサシネイト〉で〈ロシナンテ≒〉の首を刎ねた雪ん子の提案に対して、〈片翼の天使ギルファー≒〉と鍔迫り合いをしているギルファーが即座に否定する。

 乱戦の中、それを把握しているギルファーに驚くが、まぁ、それはいつもの事だ。

 だが、これで答えを一つ潰された。

 くそ、と心の中で悪態を吐きながら鈍色の雫を落としたワールドマスターに目を向ける。

 ――笑ってやがる。


「それなら、倒す順番ですか?」

「それが一番現実的かもしんねぇなぁ!」


 ぱぷりかの言葉に応えたのは、今も相変わらず紅炎を撒き散らしながら敵陣で暴れているアザゼルだ。


「とりあえずよ、何らかを探ってかねぇとジリ貧だぜ、俺ら……っと、クソ、連携が上手くなってきてやがるッ! 〈トリプルブロウ〉!」


 仮に。仮に、だ。

 倒す順番があるとして。

 最初が十二通り。その次は十一通り。その次は十通り。単純に考えて12P12だ。ざっと五億通りか。順番にランダム性が無いとしても、なんだその数。いや、死ねよマジで。しかも多分間違えると最初から。そんなパターンは〈エルダー・テイル〉でもよくあった。


「あー、考えるだけで嫌になる」


 〈ライサンダー≒〉が放ってきた雷を盾で弾き返しながらぼやく。ぼやきたくもなる。なんだ、五億通りって。阿保か。馬鹿か。


「――いや、順番だとするならば答えは一つだな」


 一際高い剣戟の音を響かせ、宙を舞い〈片翼の天使ギルファー≒〉と距離を取ったギルファーが、アクロバットな動きで隣へと降りてくる。流石は〈道化師〉とでも言うべきなのか。などと、感心している場合ではない。


「どういう事よ、旦那」

「鼠だよ。――始まりは鼠で終わりは猪だ」

 

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