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「――で、ここまでの道中どうよ?」


 アザゼルが口を開く。

 ダンジョン内には必ず、モンスターの出現しないある種の休憩ゾーンが存在する。勿論、その場所がダンジョン内で死亡した場合の生き返り地点を兼ねる場合も多い。拠点、などとも呼ばれる場所でもある。

 腰を下ろした一行は〈料理人〉ビターのお手製コーンポタージュとバゲットを手に食事を摂りながら、言葉を交わす。


「きな臭さマックス」

「本部の罠の臭いがプンプンするぜ」


 思案するまでも無く、即答で応答したのは推定有罪とライサンダーの二人だ。

 その二人に追随するように、全員が頷きを返す。

 ここまでの道程も参加レベル八十五のハーフレイドクエストにしては温すぎるものだった。

 出現する敵のレベルは高くても七十で、多くて十二体。

 〈大災害〉直後ならば脅威足りえたモンスターであっただろうが、半年近く戦闘訓練やそれに準じる行動をしてきた武闘派の〈冒険者〉にとっては二の足を踏むような代物ではない。

 その割に、設置してある宝箱から出てくるアイテムやモンスターからのドロップアイテムはどれも一級品であり、多量に渡る。「ダメだ。これ、アイテムゲットの度に分配とかしてたら時間が掛かってしょうがないから取り敢えず最後にまとめて山分けしよう」と、リカルドが口にするほどだ。

 実際、ギルファーが獲得しているアイテムは譲渡可能な〈秘法級〉の小太刀〈霰刀・白魔丸〉、槍〈大和鐵号(やまとくろがねごう)〉。〈新妻のエプロン〉に〈見習大工の七つ道具〉〈名誉貴族章〉といった一時的にサブ職業のスキルを得る事のできるアイテム。〈不死鳥の尾羽〉〈魔王候補の双眸〉〈茜竜の逆棘〉〈復讐者の残骸〉〈神代書の一頁〉とサブ生産職からすれば大金を積んででも欲しがるような上位素材アイテム。そして〈AAA-036〉。

 〈AAA-036〉。

 〈AAA-036〉だ。

 〈AAA-036〉である。

 思考を放棄し、童心に帰ってダンジョン攻略を楽しんでいたギルファーもこのアイテムをドロップリストに確認した時は目を疑った。

 しかし、その場で直ぐに思考に埋没し、確かな仮定を導くほどの時間を獲得する事は出来ない。

 出現するモンスターは多くて十二体ではあるものの、エンカウントのタイミングが異常である。

 かつての〈砂棺の墓守〉のクエストにて〈秘法級〉装備の〈ゴールデン・クロー〉を獲得した帰り道を彷彿とさせるエンカウント率だった。

 故に、今、この場は思考に埋没できる。

 ギルファーは会話に参加する事無く思考に埋没していた。


「なんつーのかね。こう、死に覚えだっけ? そういうもんなんじゃねーの、新規のレイドクエストって。いや、これハーフだけどもよ」「そのあたりは何とも。俺らの中でレイダーって呼んでも許されるのってリカルドとラグちゃんぐらいだろ。俺らはだいたい攻略法が確立されてからノンビリ楽しんでた連中だしなぁ」「確かに死に覚えって感じはあったな。けどまぁ、なんつーか、ここはちょっと違う気がするぞ」「よくよく考えてみれば、新規のハーフレイドクエストで参加レベル下限85ってどの層が対象なんでしょうね? ヒャッハーする黒剣や銀剣(レイド馬鹿)みたいな最上位対象なら90でいいですし、中堅層用だとすると50~70ぐらいでしょうし」「そう言われるとそうだな。〈死霊が原〉とかの高難度クエストは前パッチのレベルキャップかそれプラス1~2が参加レベル下限だったもんなぁ」「レベリングには全く使えない金策ダンジョンとか?」「確かに金策には持って来いだですけど」「つーか、これ俺らクリアしたら超金持ちじゃね?」「そやけど、ある意味レアアイテムを無料タダで手に入れてるようなもんや。無料タダより怖いものは無いで」「雪ん子、フラグやめてくれよなー」「フラグ建てなら任せろー」「バリバリ!」「やめて!」


 相変わらず真面目な話題が長続きしないなぁ、と溜め息混じりの推定有罪は話の輪から一人外れていたギルファーに言葉を投げた。


「……あのねぇ、君らさぁ。馬鹿やってないで少しは考えませんか。ギルはどう思います?」


 片翼の天使ギルファーは決してレイダーという訳ではない。自らが公言するように廃人と括られるランクの〈冒険者〉ではあるが、その実力は良くて中の下程度。

 しかし、彼には知識という武器が有る。エルダー・テイル歴は実に十六年。時代のトップを走る事など一度も無かったが、それだけの時間を費やしていれば、トップランカーではなくとも、自然と様々な知識に精通していくもの。それに加えてM・Dとアザゼルを除けば未だ学生の域を出ない彼らよりも視野が広い。こういう場面では貴重な別角度からの意見を放り投げ返してくれる。

 少なくとも推定有罪はギルファーをそう評している。


「確かにこれまでの既知の代物に比べれば異質なのは間違いないだろうな。無論、そう感じるのは〈大災害〉化した事による結果に過ぎないかもしれん。だが――」


 そこで一旦言葉を区切る。

 ギルファーが言葉を澱むのは珍しい。それだけに、その事を充分理解している彼らは緊張感を取り戻す。


「だが?」

「あぁ。何かに試されている、という表現が正しいかは解らんが、どうにもそういった意思モノを感じる。少なくとも、この脚本には明確な書き手が存在するのだろうな。しかもそれを隠そうとしていない。それが、推定有罪とライサンダーの言うきな臭さとやらではないかな」

「……? どういうこった、ギル」

「このダンジョンは舞台の大道具としての作られた、という事だよ、ラチェット」

「そりゃあ、運営の仕事じゃねえのか? 連中が作らない限りはダンジョンは作れねぇだろう?」


 アザゼルはギルファーにそう答える。

 この世界はエルダーテイルなのだから、この世界を構成しているものを作り出した何者かがいるとすればそれは運営会社であるアルタヴァ社やF.O.E社といった存在以外に考えられない。

 それは当然の考えで、絶対のルール。

 しかし、ギルファーはそのアザゼルの言葉を否定する。

 そう、ルールだった。

 そんなルールは遠の昔に過去形へと成り果てている。


「手元を見ろ、アザゼル。君が今、手にしているものはなんだ?」


 視線を落としたアザゼルは自らの手を見る。釣られるように全員がアザゼルの手へと視線を集めた。そこにはカップに入ったコーンポタージュとバゲット。〈手料理〉という呼び名が定着した〈料理人〉によって作られたアイテム。

 それは、〈大災害〉後に新規作成された運営に由来しない(・・・・・・・・)アイテム。


「まさか、誰かが作ったってのか(・・・・・・・)


 リカルドが呟く。

 〈冒険者〉がこのダンジョンを作り上げたのか、と。


「そうだな、作成主が〈冒険者〉と仮定するならばそれこそロール系サブ職業である〈魔王〉や〈龍の末裔(ドラゴン・ブラッド)〉〈炭鉱夫〉などは可能かもしれんな。もしくは〈筆写師〉などのクエスト発行可能サブ職業によるものとも考えられなくはない。……だが、その可能性は除外して良いだろうと私は思う」


 何故なら、とギルファーは言葉を前置き、入手したばかりの一振りの剣を見せる。

 飾り気の一切無い直剣。一見するだけではブロードソードとなんら変わりは無いその姿。


「この剣の等級は〈[UNSET]〉。名前は〈AAA-036〉。フレーバーテキストは『[UNSET]』。この名前を聞いた覚えのある者、または何か気付く者はいるか?」

「ちょっと待て、ギル。その剣、俺にも見せてくれ」


 応えるように言葉を発したのは推定有罪だった。彼はギルファーから剣を受け取り検分を始める。

 全員が何事かとその様子を見守ること数分。

 そして、推定有罪は口を開いた。


「……こいつは」

「――そうだ、推定有罪。この剣は〈世界の揺り籠(ノア)〉でのみ存在が許される筈の代物だ」



「〈世界の揺り籠(ノア)〉?」


 リカルドはその言葉に首を捻る。

 ギルファーの言葉が電波じみているのはロールプレイの一環としても、その単語は初めて聞くものだったからだ。もちろん、ノア、という単語は知っている。知っているが、そんな場所は確かセルデシア上に存在しない。

 ノアと言ったら真っ先に連想するのは方舟だ。

 おそらく、また何らかの漢字にルビを振っているのだろう、という事は理解できる。だが、そこまでだ。


「あー、そう名付けるか……。うん、まぁ強ち外れちゃいねぇ……のか?」

「お、解るのか、推定有罪」

「テストサーバーだよ、テストサーバー。十四番目のサーバー。この〈AAA-036〉って剣はテストサーバーで試験投入されるアイテムに便宜上付けられる名前だ。『取り敢えずこんな武器どうよ? 感想頼む。フレーバーなんかは実装時に設定するからさ』ってな感じでな」

「だから、どういうこった?」

「テストサーバーは完全独立サーバーだった。テストサーバーに作成したアカウントは他のサーバーに移す事のできないデバッグ専用アカウントって事。アイテムなんかも同じで持ち出しは一切不可能なんだ」


 推定有罪の説明に、なるほど、と皆が頷きと共に言葉を返す。


「……んー? それやと、やっぱ運営が作ったっちゅうことでええんちゃうの?」

「だよなぁ。テストサーバーのアイテムなんて引っ張ってこれるの運営だけだろ?」

「あ、いや。まぁ、その通りなんだろうけどさ。この剣は〈[UNSET]〉って等級だろ? これって他の十三サーバーに持って来ようとすると無くなっちまうんだ。五年ぐらい前だったかな。アメリカの馬鹿がテストサーバーの強力な武器をメインアカウントに持たせられないかハッキングしたんだよ。そんで成功した。〈[UNSET]〉アイテムをアメリカサーバーに引っ張ってきたんだ。そしたら〈[UNSET]〉は雲隠れ。そんでしかも〈幻想級〉獲得時みたいにサーバー内に入手メッセージが流れてさ。『誰某が違法なアイテムを獲得しました』ってな。そんでめでたくその馬鹿は垢BAN。アルタヴァ社の方が一枚も二枚も上手だったっつー訳よ」

「この世界でアイテムがアイテムとして存在するのに必要な要素の一つが等級、という事なのだろうな」

「言わんとする事は分かった。その剣はテストサーバーでしか存在できない剣だって事だよな。じゃあ、このダンジョンがテストサーバーって事か?」


 ふーむ、と、リカルドはギルファーと推定有罪の言葉に納得しつつ、新たな疑問を投げかけた。

 〈AAA-036〉がテストサーバーでしか存在できないというのなら、この場がテストサーバーなのか、と。


「確かに〈世界の揺り籠(ノア)〉は様々なゾーンで構成されている地下迷宮のみが広がる世界だ。それを考えればこのダンジョンの多種多様ぶりにも頷けなくはない」

「けどさ、それは有り得ないんだわ。システム回りの言語が日本語だろ? テストサーバーは全部英語表記なんだ。だから、ここは日本サーバーで合ってるんだ」


 テストサーバーの運営はアルタヴァ社によるものであり、それに加えて自動翻訳ソフト等のシステム関係をオミットしている為に、テストサーバー内のテキストは基本的に英語で構成されている。

 無論、プレイヤー同士の会話やチャットは様々な言語が飛び交っているが、運営からのメッセージは英語である以上、日本人プレイヤーのテストサーバー参加比率は他サーバーに比べて著しく低い。必然、廃人と呼ばれるトッププレイヤーの中でもテストサーバーの内情を知らない者は多く存在したのだ。


「は? じゃあ、どうなってんだよ」

「さて、な。少なくとも〈世界の揺り籠(ノア)〉はソラを泳ぐ。そこからアイテムを持ち出すなど、生半可な存在ではない事は確かだ」

「……つまり、旦那はこのダンジョンは〈冒険者〉や〈大地人〉、〈モンスター〉じゃない誰かが何らかの目的を達する為に作り上げたって言いたいのか?」

「少し違うな、リカルド。誰か、ではない。誰か、などと私たちが想像できる存在ではなく、その上の存在か、理を異とする存在だ。そうだな、〈虚実の悪魔(ワールドマスター)〉とでも呼称するか」


 その言葉に息を飲む。

 誰が、では無く、誰もが、だ。

 ワールドマスター。ゲームマスターではなく。ワールド。即ち、世界(セルデシア)を運営する者。

 沈黙が支配する。

 今までのギルファーの話は全て荒唐無稽な仮説に過ぎない。

 だが、〈大災害〉から今日まで荒唐無稽では無かったことなどあっただろうか。

 無いな、とリカルドは即座に断じた。

 ギルファーと共に在る事を決めた日から日常全てが荒唐無稽なのだ。最も、ギルファーから言わせれば「日常とは過去の積み重ねであり、明日に日常など存在しない」との事なので、そもそも毎日が荒唐無稽の日々らしい。

 

「……まぁ、何がどうでもクリアするか死ぬかじゃねえとこっから出られなそうだし、結局は先に進むしかないんじゃねぇのか? 俺、死にたくねぇし」


 半ば呆れ顔のロシナンテがそう口にする。

 確かに、その通りだ。

 外部との連絡不可、〈帰還呪文〉不可。

 もし、このダンジョンが何らかの罠だとしても、後退できない以上は進むことしかできないのだから。


「……だな。隊列はうちとそっちを交代して進もう。ここに潜って今日で四日目だ。そろそろ〈居酒屋白魚〉の焼き魚定食が恋しくなってきた頃合いだろ」


 そう口にしてリカルドは腰を上げる。


「あー、焼き魚も旬に入るよなぁ」「……あるのかな、旬」「あるだろ、旬」「俺は焼き魚よりも鍋の季節が待ち遠しいぜ」「鍋で思いだした。アキバで炬燵開発されたらしいぞ」「ホンマ? ほんなら、はよあの人をダメにするソファー作ってもらわんとな」「雪ん子? 貴女既にダメな部類でしょう?」「雪ん子がダメな部類ならリカルドどうなんのさ、ぱぷりか」「リカルドはそもそも勘定に入ってませんよ? あんなマダオ」「本人目の前にいるんだけどなー」「アキバは相変わらず景気がいいなぁ」「そうは言うけど、結局のところあれはバブルみたいなもんだと思うぞ、俺」「バブルとかいまいち解らんよ、その感覚」「流石おっさん枠のM・D」「ははは。ライサンダーにロシナンテには今後一切ビール飲ませねぇ」「そういえば推定有罪。先ほどは口調が変わっていたな?」「ん? ……あー、しゃあねぇよ。個人的に衝撃だったもんよ」「ほう。それで、今後はどちらで行くのだ?」「そうだなぁ、……私で行きますよ。そうでもないとやってられませんしね、実際」


 その先へ。

 リカルドはどうしても緊張感が長続きしないな、と思いながら一つの事を思い出す。


「あー、アキバの大工ギルドに炬燵四つぐらい頼んでるぞ。天板は裏返せば雀卓になるやつ」



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