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ライサンダーは〈杖銃〉とカテゴライズされる愛杖〈パンサーハウンド〉を手に草原を蹂躙していた。
周囲には味方無し。
周囲にいた多数の敵影はすでにその殆どが光の残骸。
「〈運営〉の罠もたいしたことないな」
呟きを漏らしながら、襲い掛かってくる最後の敵影の群れに向けて〈杖銃〉の先端を向け、呪文を唱える。
放たれる魔法は紫電の砲。群れの戦闘にいたモンスターに着弾した雷はそれを焼くだけに留まらず、周囲にいた敵影にもその雷を伝播させる。
きしゃお、とどこかで聞いたような可愛らしい悲鳴を上げながら光を散らしていく敵影は、その実、凶悪なモンスターであり初級者殺しの代名詞の一つとも言われ、ウサギまっしぐら、とも言われる〈肉食いウサギ〉である。もちろん、初級者でもないライサンダーにとっては取るに足らない相手である事に違いは無い。
「これで一応は一掃した訳だけど、光らないって事は終わってないって事だよなぁ。やっぱ、『奴』を倒さないと駄目っぽいな」
頭上に浮かぶ一つの時計。
一、二、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二に炎が点っている。
残る数字は三。
時間と共に数字に炎が点っていった事から仲間たちがクリアしているという事だろうか。
そう考えるとライサンダーが一番最後という事になる。
そして、それはすなわち三の数字が点ればそれが自らのクリアとなるということだ。だが、その数字が点らない以上は、このゾーンはクリアしていないと言うことだ。
つまり、このゾーンでは雑魚を幾ら倒したところで無駄。
もっとも『奴』も強敵、という訳ではない。戦闘になれば十中百は倒してなおかつ、お釣りがくるレベルのモンスターである。では何故、ライサンダーはその『奴』を倒せていないのか。
答えは簡単だ。
戦闘にならないからだ。
『奴』の名は〈はにきゃん〉。黄金に輝くウサギである。このモンスターはそもそもがエンカウント率が低く、戦闘になってもいの一番に逃げ出す、という行動をとる。その速さたるや〈大災害〉後では身体能力が向上した〈冒険者〉ですら、金色の残像が視界に収まるか否かといったレベルなのである。
ならば、〈蟲殺し〉ライサンダーのとるべき行いは一つだ。
サブ職業〈蟲殺し〉。
蟲系モンスターと戦うのに各種の補正を得るスレイヤー系サブ職業であり、その対象意外の相手と戦うにはあまり意味のないサブ職業とされている。が、実際は形象拳のように、その対象を模倣した特技の習得も可能となるため別に対象外の相手であろうが関係なく立ち回れるサブ職業でもあるのだ。
では、蟲系モンスターを模倣した〈妖術師〉の特技とはなにか。
それは、元々習得が可能な〈アシッドスピアー〉と呼ばれる強酸を直線上に放つ特技の変質であった。
直線上20メートルを射程としていたそれは射程15メートルと短くなったものの、放射範囲が前面扇状120度という全く別の特技となったのである。もっとも、味方にも被弾する可能性が高まった為に使用用途とすれば開幕ブッパぐらいしか無くなってしまったのも事実である。
そして、勿論〈大災害〉後では大きく役割を変容させた特技である。
ライサンダーは、魔法、というジャンルが特技の中で最も多様性に富むものに変質したと信じている。
もちろん、かつてよりあらゆる特技は使い手次第でその性能を左右されるものだ。だが、それはあくまで『炎の魔法で敵を焼く』という設定の下での性能だったものだ。
しかし〈大災害〉はその大枠すら取っ払った。『炎の魔法で敵を焼く』という特技は『炎を放出する』というモノでしかなくなり、真の意味で使い手次第で左右される代物と化したのだ。
構えた〈パンサーハウンド〉の先端から放たれた〈アシッドスピアー〉。
それを三回繰り返し、360度に振り撒く。
ならば『強酸を直線状に放ち、敵を攻撃する』という魔法はどうなったのか。
地面へと降り注いだ強酸は、地面に触れた瞬間にグズグズと音を立てて気化していき、周囲に凄惨な臭気が立ち込める。一度吸い込めば〈アシッドスピアー〉に付与されているバッドステータスが襲い掛かる毒の霧。
ソロで戦うのならば、これだけでバッドステータスに耐性を持たないモンスターを完封可能な見るものが見れば残虐非道な特技である。
無論、ライサンダー自身は〈蟲殺し〉によるバッドステータス耐性上昇の恩恵により自爆の可能性はない。
そして、毒の結界は〈アシッドスピアー〉の射程15メートルの2倍である直径30メートル、という訳ではない。
ライサンダーはその毒の結界の中心で風を喚ぶ。
「外じゃあんまやりたくねぇけど。ダンジョン内の独立ゾーンなら周囲への被害も少ないだろ」
〈はにきゃん〉が、このゾーンにいるのなら。
毒の霧は風に乗り、ゾーンそのものを埋め尽くさんと広がっていく。
〈はにきゃん〉が、このゾーンにいる事が明らかならば、ゾーンそのものに攻撃を仕掛ければ良いだけのこと。
だが、嫌な予感がする。
このクエストの参加資格として要求されたのがレベル85以上。
その割には出てくるモンスターのレベルが低すぎる。
少なくとも、自分が経験値を得ることのできるようなモンスターは出てきていない。
なにか、裏がある、と考えるのは自然なことだ。
例えば。
本命を倒すまでに掛かった時間が、次ゾーンのボスの強さに関係してくる。
例えば。
本命以外のモンスターの討伐数に応じて、クエスト報酬が増減する。
考えればキリがない。
程なくして、時計の三の文字盤に灯が点る。
■
最後の灯が点った。
十二の灯が点った。
リンゴン、リンゴンと鐘の音が響く。
くすくす、と少女の笑い声が響く。
罠に掛かった、と囁く声が聞こえる。
十二の灯が一つ消える。
リンゴン、リンゴンと鐘の音が響く。
響く。
雑音が混ざる。
くすくす、と少女の笑い声に雑音が混ざる。
雑音が混ざる。
罠に掛かった、と囁く声が幾重にも重なる。
十二の灯がまた一つ消える。
雑音が重なる。
雑音が、文字盤に点る灯を消していく。
――さぁ、冒険を続けよう。
■
無事、合流を果たした十二人は先ほどまでとは打って変わって所謂、普通のダンジョンを攻略していた。
基本的に一本道の石造りの回廊であり、時折、分岐路が現れ、その片一方は行き止まりで宝箱が置かれていたり、HPやMP回復の泉がある。そんな、在り来たりと言っても良いダンジョン。宝箱の中身も〈秘法級〉や〈人食い箱〉〈腐乱人形〉など〈冒険者〉を一喜一憂させる仕掛けがてんこ盛りだ。正に、ダンジョンの基本とも言える攻略が楽しいダンジョン。
普通ではない所といえば、出現するモンスターの多様性ぐらいのモノだろうか。
ほぼ全て、と言っていいほどの種族のモンスターが現れる。普通のダンジョンならば、各々のダンジョンに独自の生態系みたいなものが見受けられたが、それの一切を無視している。
しかし、イベントダンジョンであればそれも考えられない話ではないので、別段異常な光景とは思えないのが現状だ。
「……誰だ?」
だが、殿を務めるギルファーは静かに呟く。
このダンジョンに入ってからというもの、二つの違和感を抱えていた。
そのうちの一つがどういう類のものなのか、気付いたのだ。
それは、纏わりつくような視線。こちらの隙を窺うようなものではなく、ただ観察するような視線。一挙手一投足。身体の隅々までを嘗め回すような視線。あらゆる角度から観察する視線。
常日頃から人々の視線に晒され、また人の気配に敏感なギルファーだからこそ気付けたであろうその視線。視線の主はモンスターではなく確実に人のそれだ。しかし、この視線の向け方は人ではありえない。視線の気配が全て同一である以上は、視線の主は全て同じ人物でなくては辻褄が合わない。
群体の従者召喚を用いた〈幻獣憑依〉か、と思考する。だが、すぐにその可能性を否定する。オール・D・レイクの話では群体に対する〈幻獣憑依〉は数秒が人間としての限界なのだという。彼は欺きを是とするサブ職業だが、嘘を付かない事を信条としている。視線を感じてから既に一時間だ。彼の言葉を信じるのならば、もはや人間の仕業ではない。
人間の仕業ではないとするならば、モンスターの仕業であろうか。
しかし、この視線はモンスターのそれではない。
先ほどそう結論付けたのは他ならぬ自分自身だ。
人ではなく、モンスターでもない。
人であり、モンスターである。
そんな存在が、いるのか。
――無くは無い。
合流を果たしたライサンダーらと話した結果から、先ほどのソロ・タッグゾーンは干支に関するものであり、各ゾーンの干支ボスを倒す順番や倒すまでの時間、過程などによってクエストボスの強さが変動するタイプなのではないか、と推測した。
ならば、このごく普通の回廊でも何かが計測されているのかもしれない。
では、その計測をしている計測者は何者か。
答えはそういうプログラムという名のシステムだろう。
それならばそれでいい。
だが〈大地人〉や〈モンスター〉といったプログラムが息吹を得たこの〈大災害〉後のエルダー・テイルだ。
だから、プログラムに人格かそれに似たものが備わり、計測するための挙動がこの絡みつく視線となっているのかもしれない。
「……いや、推測に推測を重ねた所で意味は無いな」
一度、大きく深呼吸をしたギルファーは一旦その思考を切り捨て、気分転換に他の考えなくてはいけない事に思考を巡らす。
〈天秤祭〉時の〈リライズ〉に知恵を与えた黒幕。
〈グッドファイス〉のルーシェから聞いた〈ホネスティ〉内部の意識格差。
ウェッジが発案し、シブヤの住人によって組織された〈シブヤ議会〉。
〈衛士〉というシステム。
ゾーンにおける出現モンスターのレベル上昇現象とそれに伴うモンスターの凶悪化。
アインの指導方法。
〈イヅモ騎士団〉の目撃情報。
フレーバーテキスト発現の条件。
ナカスを併呑したミナミ。
都市間ゲートの稼働実験。
〈イースタル〉と〈ウェストランデ〉の確執。
〈シブヤビール〉や〈シブヤウイスキー〉の改良。
〈天使の家〉ギルドマスターの後任。
物語の幕引き。
「考えすぎですよぉ、ギルさん」
すると、最後尾から二番目に位置取りしていたぱぷりかが歩速を弛め、小さな声で言葉を投げ掛けてくる。
「考えすぎか、私は」
そうですねぇ、と小さく前置いたぱぷりかは続けて言葉を紡ぐ。
「そーやって考え事ばっかしていると、お爺ちゃんになっちゃいますよ? ……普段からいろいろ考えてるんですから、こーゆークエスト位は行き当たりばったりで頭を休めないと駄目ですからね?」
「そう何も考えないで物事を楽しむような性分でもなくてな。〈天界〉にいた頃からの私の生き方だ。そうそう治せるようなものでもないさ」
「損な性格してますねぇ。……って、そうでもなきゃ〈道化師〉なんてやってないですか。でも、力抜くところで抜いとかないと後でどうなっても知りませんよ? 大きくなった風船は何気ない針の一刺しで破裂しちゃうんです」
ギルファーは深く息を吐く。
ぱぷりかに限らず、ここにいる十一人はシブヤでのギルファーを誰よりも理解しているメンバーだ。
ならば、確かに力を抜いても良いのかもしれない。
「……そうか。たまには童心に帰るのも悪くないかもしれんな」
「ですよー。……それじゃあ、童心に帰った記念として、シブヤの女の子でスリーサイズ知りたい子がいたらこっそり教えてあげますよ?」
「何故そうなる?」
「――だって、男の子って頭の中はエロい事かピンクい事のどっちかですよね?」