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 たった一人で回廊を進むアザゼルは赤い光と共に湧いて出てくるモンスターを見定め、瞬時に前へとステップを踏む事で自らの間合いへと距離を縮める。洗練された淀みの無い動きで振りぬかれた左の拳が〈ラットマンソルジャー〉に攻撃の隙を与える事無く、構えた盾もろとも右腕を撃ち抜く。続けざまに放たれた左の二発目の拳で胸を撃ち、流れるように三発目として放った右の拳が頭蓋を撃ち抜いた。


「くそ、初見殺しにも程があるだろうが……」


 周囲に敵の気配が無いのを確認したアザゼルはドロップアイテムを拾い上げ、そう愚痴る。

 ハイエンドコンテンツは基本的に全てが初見殺しだ。何回も挑戦し、経験を蓄積し動きや装備を整え、その結果に突破するものだ。

 だが、今、自分たちが挑戦しているハイエンドコンテンツは初見殺しの意味合いが違う。

 十二人で挑んだ地下迷宮の最奥を目指す新設ハーフレイドクエスト。

 しかし、最初のフロアのモンスターグループを撃破した途端にパーティが強制解散させられるとは考えてもみなかった。

 確かに以前にも道中でフルレイドを四つのパーティに分断して進まなければいけないコンテンツもあった以上、その可能性を考慮していなかったのはこちらの落ち度だ。しかし、今の現状はなんだ。

 自分以外の全員が死んだわけではない。

 まさか、十二人全員が違うゾーンに隔離されることになるとは思わなかった。

 ソロプレイとパーティプレイでは求められる能力が大きく異なる。例えば、ずっとソロでプレイしてきた〈施療神官〉とパーティの中でプレイし、レイドにも参加してきた〈施療神官〉ではどちらが上手なプレイヤーか、といった話である。

 もちろん、どちらが悪いということもない。少なくともアザゼルはそう考えているが、向き不向き、得手不得手という物は存在する。

 ソロプレイの〈施療神官〉ならば、攻撃にも力を割いているだろう。戦闘という行為がモンスターを倒すというモノである以上それは必要で必須な力だ。だが、パーティプレイ特化の〈施療神官〉はそうではない。彼に求められる力は敵への攻撃ではなく仲間の回復・支援だ。その為に攻撃を磨いている〈施療神官〉は少ない。しかし、それは問題の無い事だ。なぜならモンスターを倒す攻撃は仲間に任せればいいのだから。

 そして、ハーフレイドに挑むような〈冒険者〉は後者のように自分の領分と役割を弁えている者が多い。餅は餅屋に任せた方が上手くいくからだ。

 初見殺しとはそれだ。

 ハーフレイドを攻略しようとがちがちに準備をしてきた〈冒険者〉を歓迎するのはソロプレイの強制。

 ソロプレイの準備を怠った〈冒険者〉を食い千切る極上の罠だ。

 分断された直後から〈念話〉と〈帰還呪文〉が使用不可となっている為に、他の仲間の様子を知ることはできない。

 もっとも、自分を含めた十二人はどちらかと言えばソロ向きのプレイヤーだ。

 というか、ちゃんとしたレイド経験者は†ラグナロク†にリカルドぐらいのものでその殆どがパーティで遊んでいた連中だ。

 今は仲間の無事を祈るしかない。


「……まぁ、考えてもしゃあねぇ。先に進むしか道は無い訳だしな」


 そうボヤキながら、視線を背中側へと移す。壁がある。だが、ただの壁ではない。びっしりと隙間なくどう見ても帯電した刃が敷き詰められている。まだ距離は十メートル以上有るが一秒に五センチメートルほどの速度で迫ってきている。モンスターの処理に手間取っていれば壁に追いつかれ、後ろから串刺しになってしまうだろう。それはつまりポップしたモンスターを倒すのに制限時間が有るという事に他ならない。

 本当に嫌らしい仕掛けに満ち溢れたダンジョンだ。

 一つだけため息を吐いて回廊を走る。

 一歩で大きく加速する。

 この走るという行為も人によって異なる。向こうで運動をしてきた〈冒険者〉と、してきていない〈冒険者〉ではステータスが同じでも速さと持続力に違いが出る。アザゼルはこれについては身体の動かし方が各々で異なるからだろうと考えていて、おそらくそれは間違いではないだろう。

 その憶測の元で、アザゼルは自分より常日頃走っていた健康的な〈冒険者〉は数える程だろうと思っている。かつてプロボクサーとして生計を立て、視力の低下により引退した後も、生活の一部として組み込まれていたランニングは行っていた。来年の東京マラソンにエントリーしてみようかと思うほどに。だから、一時間程度走りながら戦い続けることもそう苦しい事ではない。

 苦しいのは走り続けても先が見えないこの回廊だ。ゴールが分からない、というのは肉体でなく精神的に辛いものがある。どこかでゾーンがループしているのではないかと思わずにはいられない。もっとも、ダンジョンなんてものは出鱈目で問題の無いものなのだからそれに愚痴を言うつもりはないが、一人で同じ事を繰り返すというのは地味にきついものがある。

 再度の溜息を吐いて視線を上げるとその先に敵影を確認する。意識の必要なくモンスターの名前を読み取り、拳を握りながら戦闘態勢へと移行する。

 〈ラットマソ≒〉レベル八十七。ランクは〈パーティ〉。

 身の丈が三メートルはあろうかというずんぐりした体型の巨大鼠。ソロを強要しておいて〈パーティ〉のモンスターを出すあたり中々どころではないほどに意地と性質が悪い。

 しかし〈パーティ〉という今までの〈ノーマル〉ランクのモンスターよりも格上のモンスターが示すのは一つの答えだ。


「ハッ、つまりはテメェがここのボスキャラってことだなネズミ野郎が!」



 片翼の天使ギルファーと†ラグナロク†は森の中で戦闘を繰り広げていた。


「……流石に、疲れるものがあるな」

「ほんとね」


 両者は互いに手にした得物を振るい、モンスターを両断していく。

 既に戦い始めてから小一時間は経過しただろうか。周囲を取り囲むモンスターはその殆どがレベル十~二十程度のモンスターである為に、苦戦という事は無い。ただ、数が異常だ。これがゲームならば、負荷テストを行っているかのような数である。視界に収まる範囲でその数を数えきれない事を無限と呼んでいいのならば、すなわち、相対するモンスターの数は無限である。


「やっぱ、あの奥にいる狼と豚のキメラが怪しいと思うけど?」

「十中八九そうだろうな。――訂正があるとすれば豚ではなく猪だろう、という事か」


 そして、その原因にも心当たりは付いている。

 無限にも及ぶモンスターの群れ。

 その中心に、周囲とは明らかに異なるモンスターが一頭存在していて、こちらを睨んでいるのだ。そのモンスターが一つ吼える度に、モンスターの数は増え、ギルファーと†ラグナロク†へと牙を向けて襲い掛かってくるのだから。


「しかし、今までのトライ方法では奴まで辿り着けん。――なにか、良いアイデアは無いかな、ラグ」

「な、無い訳じゃないけどー!」


 五度。

 このゾーンに転送されてから五度、狼と豚のキメラを倒そうとモンスター群の突破を試みたが、如何せんその数は無限。モンスターを倒したエフェクトが発生するのとモンスターがリポップするエフェクトが同時では幾らモンスターが弱いといっても、そのモンスターを倒さない限り先へ進めないという事になり、結果、キメラに辿り着くより速く行く手を阻まれるのだ。

 とは言っても、互いに全力で突破を試みたという訳ではない。目的はモンスター群の突破ではなく、推定ボスモンスターのキメラを倒す事だ。ならば、全力を尽くして突破出来たとしても手詰まりとなる。それ故に、†ラグナロク†の無い訳じゃない、という言葉は全力での突破を指す。


「噂に聞くザントリーフのサハギン戦もこのようなものだったのかね。――なるほど、確かにこれだけの場数を踏めば〈冒険者〉として成長するというものだ。アキバの子らは得難い良い経験をしたと見える」

「なんでそんなに他人事なのよ、ギル様は」

「分かりきったことを聞くな、ラグ。――君が隣に居るからに決まっているだろう。君の強さに甘える事が出来る機会などそう無いからな。存分に私を甘えさせてくれ」

「う、ぐ……」


 こんな状況下でも普段と調子の変わらないギルファーの言葉に瞬間的に顔を赤らめ、幻耳を出現させた†ラグナロク†にはもはや悪逆ギルド〈ACT〉の首領の面影は見えない。


「ふむ、どうしたラグ。……風邪か?」

「……っ! あーもー、あーもー、あーもー!!!」


 抱えた何かを発散するかのように薙刀を横一文字に振るって周囲のモンスターを一時的に排除した後、†ラグナロク†は目標を見据える。

 キメラが吼声を上げる。

 モンスターがそれに呼応するようについ今しがた空いた空間にリポップする。


「……ギル様の方こそ、何かいいアイデア無いの?」

「いや、君と似たようなものだ。ライサンダー辺りが居れば随分と話は変わってくるのだがな」

「確かに〈武士〉と〈盗剣士〉じゃこの物量相手はキツイけど……」


 ギルファーの言うとおりに〈妖術師〉であるライサンダーなどの魔法攻撃系――引いては範囲攻撃が可能な〈冒険者〉ならば攻め方にもバリエーションが増えるというものだ。

 しかし〈武士〉と〈盗剣士〉では範囲攻撃こそあるものの、その範囲が狭すぎる。


「――仕方あるまい。私が全力で道を作ろう」

「え?」

「良くて〈パーティ〉級だろう、あのキメラは。ならば、君一人で対処は可能と思うが」

「そ、そりゃ、多分大丈夫そうだけど……。で、でも、道を作るって……」

「あぁ、ここから先は君の舞台という事だよ〈歌舞伎者〉。前座はこの〈道化師〉が務めよう。――存分に私を見惚れさせてくれ」



「雪ん子、無事か?」

「ちょお無事。なんや、リカルドまた堅くなっとらんか?」

「ん? まぁ、守る事に専念すればこんぐらい誰にでも出来るだろ?」


 戦闘を終えたリカルドはあっけらかんと口にする。

 このゾーンでの戦闘は〈暗殺者〉雪ん子の被ダメージはゼロ。リカルドの被ダメージもヒットポイントの二割程度と結果だけを見れば彼らの圧勝であった。


「そーゆーもんやないと思うんやけどなぁ……」


 確かに代表的な〈守護戦士〉として挙げられるアイザックやクラスティなどはどちらかというと戦士に重きを置いたスタイルであり、実際ほとんどの〈守護戦士〉が攻撃を行う事で防御とするタイプだ。リカルドのように防御専門、という〈守護戦士〉の数は非常に少ない。

 だから、それ故にリカルドは自らの力を過小評価している。

 ボスモンスターである八岐の竜の攻撃を全てリカルドが引き受けるという、タンク型〈守護戦士〉が見れば心の底から羨む程の超絶技巧があってこその結果。

 それを、リカルドはある程度の実力がある〈守護戦士〉ならば誰にもできることなのだ、と誤認しているのだ。

 はぁ、と呆れ混じりの溜め息を一つ吐いた雪ん子は倒した八岐の竜の体がまだ消えない事に気付く。


「……消えへんね、この子」

「だなぁ」

「なんなんやろね、このダンジョン」

「なんなんだろなー、このダンジョン」


 二人のいるゾーンは簡単に現すならば出口の塞がれたコロッセオ。

 探索しようにも、これ以上の探索する場所もない。

 調査しようにも、怪しいモノすらない。

 ――いや、ある。

 コロッセオの中心に立つ一本の柱。その柱に、不自然なほどの時計が掛けられている。

 このゾーンに来たときには何の変哲のない時計だった筈だが、いまでは数字の四、五、七、八、十二に炎が点っている。

 ハーフレイド。十二人。

 何らかの関連性があるのだろう。

 だが、


「考えるの苦手なんよなぁ」

「奇遇だな、俺もだよ」

 


 

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