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片翼の天使~シブヤに舞い降りた道化師~  作者: らっく
03.シブヤの街の物語
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「……」


 自らが住処としている廃ビルの屋上で既に白み始めた月を肴に、グラスを空ける女性が一人。

 彼女は『シブヤウイスキー試作七号樽』と簡素なラベルが貼られた瓶を傾け、グラスへと注ぐ。

 アルコール度数が高くなり過ぎてしまった為に非売品の試作品扱いとなっているそれの空き瓶は既に八本。酔いつぶれるには悪くない数を空けてなお、グラスの進みは止まらない。

 美味しくて止まらない、という顔ではない。

 不味くて仕方がない、という顔だ。

 春は桜。夏は星。秋は月。冬は雪。それだけで酒は美味い、とは〈冒険者〉の誰の言葉だったか。その言葉に感銘を受けた酒呑みの一人としては、今のこの状況は如何ともしがたい。

 自分たちは外敵を排除する事が出来た。

 推定有罪からの提案だった、初めから混乱しておく、という策は見事に上手く嵌った。

 自分たちがしたのは、シブヤの街の破壊。

 無論、破壊していたのは取り壊しが決まっていた施設群だ。しかし、昨今のシブヤでは不要な施設の撤去や解体は日常茶飯事、とまではいかなくても〈冒険者〉風の言い回しを使うのならば『稀によくある』といった具合であり、特段混乱を誘うような事ではない。それが、いつも通りの解体撤去ならば。

 剣と魔法を用いて破壊するその様は、自分でも目を疑ったほどだ。

 それを見た〈大地人〉を〈大地人〉としてしか見ていない〈リライズ〉の混乱は如何ほどのものなのか。

 そして、その光景を目の当たりにして僅かに呆けた隙をついて、破壊の対象を施設群から〈リライズ〉へ。

 最大の混乱は、そこ。

 〈大地人〉による〈冒険者〉への攻撃。

 それ自体が今まで一度も無かったという訳ではない。ただ、有っても無いようなものだっただけの事。だが、今回は違った。〈冒険者〉の御業を用いた〈冒険者〉への攻撃。

 一見すると戦闘行為禁止ゾーン内での〈冒険者〉による戦闘行為。それ故に、〈冒険者〉にとっては〈衛兵〉を呼ぶ自殺行為。

 しかし、それは〈冒険者〉のルールであって〈大地人〉には適用されない。

 善良な〈大地人〉が、戦闘行為禁止ゾーン内で戦闘行為をするなど〈衛兵〉の許容範囲外であり、埒外の代物。

 一度崩れれば脆い。

 瓦解した勝利は、一瞬で敗北へと転がり落ちる。

 正味、私はただ落ちていた勝ちを拾っただけなのかもしれない。

 そう彼女は思う。

 ――だが、どうしてそれがこんなにも不味い酒に繋がるのか。

 あの時はまだ酒を飲めなかったが、もし飲めていたならばこの味だったのかもしれない。


「勝利の美酒は口に合わなかったか?」


 不意に届いた声に彼女は月から視線を背後へと向けた。

 そして、言葉を返す。


「こんなに美味しくなくて酔えない酒は初めてですね、ギルファー様」

「なるほど、確かに後味の良い結末という訳では無かったか。観客全てを笑わせずに幕引き(カーテンコール)とは、まったく、私の力もまだまだという事を痛感させられる」


 そんな事は無い。と、彼女は思う。

 仮初めとはいえ、今も〈貴き経験:指輪〉を填めている彼女は紛れもなく〈カテゴリーエラー〉として〈冒険者〉としての力を有している。だからこそ、だ。

 彼に憧れる〈大地人〉の一人として確実に彼に近付けたと錯覚したが、力を得たからこそ知る。

 ギルファーの力。

 周囲を笑顔に変え(世界すら改変させ)ていくその力は〈冒険者〉としてのものではなかった、と。勿論、〈道化師〉としてのものでもない。

 彼自身の言葉を借りるならば彼の〈魂の輝き〉が持つ力なのだ、と。

 その未だ入口すら見当の付かない力がまだまだだ、と言われては自らの立つ瀬がない。


「そんな顔をするな、ウェッジ君。君は〈貴き経験(ソレ)〉を身に付ける前から既に純度の高い素晴らしい〈魂の輝き〉を持っているのだから」

「……自覚は有りませんが」

「無くて当然だ。自らの力は自らが最も理解していないのだからな。力とは自らを取り巻く世界に認められて初めて価値を得るものだ。私はこの街を一つの舞台とした。無論、私に見向きもしない者もいよう。それは構わないさ。それはつまり、自分で笑えるという事だからな。だが、私を見た、というのならばその終わりは笑顔でなくては駄目なのだ。そうでなくては〈道化師〉としての力を認められてはいない。それでは失格だろう? ……まったく、笑わぬ観客を舞台から追い出すなどとは〈S.D.F.〉も度が過ぎる」


 最後。

 最後に添えられた言葉にウェッジは耳を疑った。


「ギ、ギルファー様? 今、なんと?」

「聞き取れなかったか? 〈S.D.F.〉は、リカルドは明らかにやり過ぎだ、と言ったのだ」


 〈S.D.F.〉と片翼の天使ギルファーの同盟関係はシブヤの住人にとっては周知の事実だ。なにせ、シブヤの街の為に立ち上がった最初の人物と最初のギルドと言われている両者だ。その仲は良好中の良好。今もこうしてシブヤの街が賑わいを得ているのも彼らの功績の賜物だ。勿論、彼らだけで現状のシブヤを作り上げたという訳では無い。様々な〈冒険者〉や〈大地人〉が手を貸しあって作り上げた街だ。しかし、彼らが居なければ〈冒険者〉と〈大地人〉が手を貸し合うという日常が生まれなかったのも事実だろう。少なくとも、シブヤでは。


「今回の件は突き詰めていけば〈S.D.F.〉にとって。――いや、一番隊にとって都合の悪い邪魔者は排除する、という事に他ならん。即ち、それは強者による独裁だ。そのようなものでは魂は輝かないし、何より笑顔は生まれない。――故に、それは悪に近しい行為だ」


 何故。

 ウェッジは、狼狽える。

 何故、そんな言葉を口にするのか。

 何故、自らの中に僅かに顔を覗かせた感情を的確に言葉にするのか、と。

 

「確かに彼らはこの街の正義とやらの一角を担うギルドだ。だが、それが君たちの正義ではないということさ」

「それは、どういう……?」

「『シブヤの正義』と『〈冒険者〉の正義』『〈大地人〉の正義』の三者は必ずしもイコールではない、という事だよ。いや、『〈冒険者〉の正義』と『〈S.D.F.〉の正義』もまた異なる、か」


 その言葉の意味を理解する。

 ウェッジは元々名前を持つ連続イベント用NPCであり、それ故に設計されたキャラクターを持っている。その中の一つが〈傭兵〉という職業だ。その〈傭兵〉である、ということにも理由が付けられている。

 彼女は貴族の末娘だった。いや、貴族の、という言葉の前には腐敗したという枕詞が付く。

 領民を人として扱わず、ただ富を貪る事しか頭に無い父母に兄姉。彼女はそれを嫌い、家を飛び出した。自らの正義に反する、として。その後は少なくとも自分の出来る範囲で弱き者を救おうと地方貴族の〈騎士〉になったが、やはりそこでも貴族の在り方と自らの正義との乖離を実感する。

 そして、幾度か目にした〈冒険者〉という集団に強烈に憧れた。

 何よりも自由でありながら『困った人々を(クエストを)見捨てない(攻略する)』人々。

 その真似事としての〈傭兵〉。自らに出来る範囲での〈冒険者〉が自分にとって〈傭兵〉という職業。そこで得た知識と経験を骨とし、連続イベントのグランドフィナーレとして〈革命者〉となり自らの故郷を変革する。

 それが彼女だ。

 だから〈大災害〉以後のシブヤの街は居心地がよかった。大枠では〈冒険者〉の庇護の下ではあったものの強者である彼らと自分の望む道は同じだった。弱きを救う、という枠内で。

 それが、今、勘違いだったと知らされる。

 〈大災害〉後、進む道を提示した『片翼の天使ギルファー』に。


「今君が立っている場所はな、ウェッジ君。『シブヤの街の分岐点』なのだ」


 ウェッジの足元を指差したギルファーは言葉を続ける。


「〈冒険者〉の拓いた道を追従するのではなく、自らも道を拓くのだ。〈冒険者〉側としても同じ道を君達に歩いて欲しい訳ではない。生きる事とは如何に死ぬか、という事に他ならん。確たる死を持たない〈冒険者〉の道と、死を得る事の出来る〈大地人〉の道が最後まで同じである筈が無いだろう? 結局、どこまでいっても相容れぬ存在なのだよ〈冒険者〉と〈大地人〉はな。故に、面を上げて前を見ろ。左右を見ろ。後ろを見ろ。天上天下四方太平万里万象が君たちの世界だ。さぁ、歩け。走れ。駆けろ。君が生まれたこの世界を。君が望むままに、誰に気兼ねする事無く。そうだろう? 大地に抱かれし〈大地人〉よ。対等なる我が友よ」

「……わかりました。ですが、ギルファー様。――答えを聞きたくはありませんが、貴方もまた〈冒険者〉ということですね」

「それは違うな、ウェッジ君」


 ギルファーは一つ前置く。

 ウェッジを見つめる瞳は確かにウェッジを視界に納めていて、それでいて何も見てはいない。

 少なくとも、彼女はそう感じ取る。


「――私は誰の味方でもなければ誰の敵でもない。私は全てを愛し、全てを憎む者。全てを蔑み、全てを讃える者。全てを滅ぼし、全てを創る者。全てを許容し、全てを拒絶する者。全てを導き、全てを見送る者」

「……つまり〈傍観者〉という事ですか」

「さて、な。ーー私は君が望む私だ」



 そして。

 アキバでの『天秤祭』も終わり、一週間。シブヤにも日常が帰ってくる。

 しかし、返ってきた日常はそれ以前とまったく同じという訳ではない。少なくともシブヤで暮らしてきた住民は〈冒険者〉〈大地人〉問わずにその僅かな差違をなんとなく、という程度ではあるものの感じているのだ。それ故に、どこか活気というものが空回りしている。

 そして、神殿の屋根の上でギルファーとリカルドがそのシブヤの街を見下ろしていた。


「とりあえず、勝った! 第三部完! ……ってとこか?」

「そうだな、何に勝ったかは皆目見当もつかんが大きな損害も無く第三部終了だ。これからは〈冒険者〉と〈大地人〉が意見をぶつけ合う第四部。この演目のフィナーレだ。無論、君達には今まで以上の迷惑を掛ける事になる」

「何を今さら。迷惑が掛かるのは一番隊(俺ら)以外の連中だし。けどまぁ、本当に次の演目に進めていいんだな?」


 静かに、だが、確かにリカルドは口にする。ここから先に進めばシブヤだけの問題では無くなるぞ、と。今は互いに静観しているアキバとミナミの介入すらあり得るぞ、と。


「〈道化師(前座)〉の演目が長すぎたのだ、リカルド。主役の登場を待ち望まれてもなお舞台に上がり続けるなど、それもそれで一つの〈道化師〉としての在り方だろうが、私の在り方ではない」

「なるほどねぇ。それで、旦那はどんな主役を待ち望んでるんだ?」


 ギルファーはその言葉に瞼を閉じて数人のシブヤの住人を思い浮かべる。

 身近なところで言えばリグレットやチェスターなどは十分に主役足りえる器だろう。〈大地人〉ではウェッジとビックス、ハナ、アイン、と思いつく限りでも両指の数ぐらいは簡単に埋まる。それだけの人物がこの街には存在している。

 しかし、彼らは足りえるだけであって、そこから先へはまだあと一歩足りない。願わくば第四部でその一歩を踏み出す事が出来れば安心して任せられる。

 そう思案したところで、一人の理想がいたな、と一つの情景を思い浮かべる。年甲斐にもなく、興奮し、身震いした一つの事件を。


「――理想を言えばアキバのレイネシア姫。彼女のような人物が現れてくれればシブヤの街を安心して任せられる」

「そーなると、クラスティとかシロエなんかでもいいのか?」

「彼らは既にアキバの主役だろう。私の言うレイネシア姫はアキバで宣誓を行った時点での彼女だ。あれが無ければ彼女は自らの物語の主人公でしかなかった。アキバという一大叙事詩に名を残すことなく埋もれていく有象無象の一人でしかなかった。だが、今はどうだ? アキバを語ろうとするのならば彼女を避けて通ることなどできはしまい。無論、現状のレイネシア姫もこんなつもりではなかった、と拗ねているだろうが。しかし、それはこういう意味でもある。――彼女は暗闇の中に自らの意志で一歩を踏み出す事の出来る者なのだ、と。ただ、前に進む。如何様な困難が待ち受けていようとも、自らの信じたもの、願ったもの、焦がれたもの。それを見据えて、ただ、前に進む。それはつまり、生きるという事。私はな、リカルド。このシブヤの街で生きているものなんて私たちを除けば三桁にすら届かないと思っているのだよ。今では、数千人が暮らすこのシブヤの街で、だ」


 その言葉を聞いたリカルドはそれを否定しない。現状の〈S.D.F.〉は絶対的な方向性の下に集った〈冒険者〉の一団だ。加入に際して強制はしていないが試験もしていない。〈大災害〉後に自分が何をするのかの決定権を他人に委ねた集団とも言える。シブヤの街にしてもそうだ。住民からの不満というものがほとんどない。そんな事はあり得ないというのに。

 それが、駄目なのだ、とギルファーは言っているのだ。そんなもの死人も同然だろう、と。

 大樹の木陰で休むのは構わない。しかし、その大樹が倒れたとき、倒されたときに君達はどうするのか。新しい大樹を探すのか。それとも、自らで木を育て大樹とするのか。


「――いろいろ考えてんなぁ、旦那」

「昔な、一つの物語を見た。青い二頭身の機械人形と四人の子供たちの冒険活劇だ。その中でな、滅亡の危機に瀕した異世界を無視して自分達だけが安寧と自らの世界に帰ることなどできない、と。あぁ、そんな言葉が耳に残っているのだよ。私たちが〈天界〉へと至った後、この世界が滅んでは寝覚めが悪いだろう? 故に、私は舞台に立ち、自らの演目に幕を引こう。――所詮、〈道化師〉は物語の導入に過ぎないのだからな」


 



 


 

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