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シブヤの大神殿前に並べられた〈リライズ〉の面々は悔しげな表情を浮かべながらも手と足を縛られ、身動きが取れずにいた。
彼らの拘束には〈這い寄る鎖蛇〉という従者召喚が用いられている。その拘束をほどこうとする事は即ち戦闘行為と見なされ〈衛兵〉を呼ぶ事になる。本来ならば彼らに〈這い寄る鎖蛇〉を用いる事は出来ない。勿論、それ自身も攻撃行為に該当するからだ。
だが、それは〈冒険者〉間にのみ適用されるルール。
〈大地人〉が〈冒険者〉に行う分には何ら問題はないのだ。
「……クソが」
その為、彼らに許されるのは悪態を吐く事だけ。
何の解決にもならないと知りながらも、それを行うことしか出来ない。
「ふざけんじゃねぇ!」
「覚えてろよ!」
「離せってんだよ、クソ〈大地人〉が!」
その様子を冷めた目で見下ろしているのが〈這い寄る鎖蛇〉の召喚主である〈大地人〉ウェッジだ。彼女は〈大地人〉の中では〈冒険者〉と多く接触してきた人物である。
その彼女は目の前の〈リライズ〉を見て、今まで自分が見てきた中でも彼らは圧倒的に子供だと感じた。つい「……まるで子供だな」と口に出してしまった程である。
「お前ら本当にガキだな」
と、ウェッジは隣から漏れた呟きに目を見張る。
〈リライズ〉の陽動組を捕縛してきたリカルドだ。彼以外の〈S.D.F.〉のメンバーは現在はシブヤの門の修繕に立ち会っている為、ここにはいない。
「うるせぇんだよ、リカルド!」
「さっさと殺せよ!」
「殺す訳ねーだろ馬鹿共が」
向けられる怒声をものともせずリカルドは呆れた様に言い返す。
「馬鹿の特効薬が効かない以上はお前らを殺して手打ちって時間はもう終わったんだよ。そんぐらいは馬鹿なりに理解してくれや」
彼らをあしらうリカルドとの比較で〈リライズ〉がより一層子供に映る。
もともと見た目と年齢に大きな解離を持つのが〈冒険者〉という集団だ。〈大地人〉では八十年も生きれば大往生だというのに百年以上生き続けてもなお若い外見を保っているのが彼らだ。
見た目から相手の年齢を推測する、何て事に意味はない。
しかし、彼らとの会話の端々から伺い知れる彼らの年齢――精神年齢は自分達とそんなに変わらないのではないか。
片翼の天使ギルファーは〈冒険者〉の中でも年長の精神を持っていて、〈大地人〉の村の村長と並ぶ程度。リカルドは自らと同程度。†ラグナロク†は二十歳前。チェスターはそれよりもやや幼い。これはウェッジ個人の感想でしかないが、強ち外れてはいないだろう。
〈リライズ〉もリカルドと同程度だと感じていたが、明らかにそれよりも更に幼いと実感する。この喚き様はまるでパンケーキやプディングを買って貰えずに泣き叫ぶ子供だ。
「そもそもテメェらよ、いつまでも次があると思ってんじゃねぇぞ?」
「あんだと?」
「死なねぇんだから次があるに決まってんだろうが!」
ウェッジは頭痛を覚える。
私たち〈大地人〉はこんな連中を恐れていたのか、と。
それと同時に悔しくもなる。
今回自分が優位に立ち回れたのは推定有罪から借り受けた力のお陰だ。
〈冒険者〉の力を一時的に借り受ける事が出来たからこそ今こうしている。だが、それは逆に言えば力を借り受けることが出来なければ〈リライズ〉のような子供に一生恐れながら生きていかなくてはいけなかったということだ。
自らが研鑽を積んできた〈傭兵〉という技術をあざ笑うかのような力。そして、恐るべきはこの力は〈冒険者〉にとっては取るに足らないレベルの代物だということ。知識として知っていたが、実際に振るってみて実感したのだ。
〈大地人〉と〈冒険者〉との間にある圧倒的な隔絶を。
「大分疲れた顔をしているな、ウェッジ君。君は笑顔が似合うのだからそれでは困る。美しい顔が台無しだ」
「……いつお戻りになられたんですか、ギルファー様」
「つい今しがただよ。……それにしても見事な手腕だ。こうも〈リライズ〉を見事に捕らえているとは」
相変わらずの芝居掛かった口調で突如として姿を現したギルファーの背後には六人の〈冒険者〉、ボス=リンクスらが枷も無しに連れられている。
「彼らも拘束しますか?」
「いや、その必要は無い。そうだろう、ボス君」
ギルファーが大仰な仕草で魔法鞄から、縄に連なった六種の武器を取り出す。つまり、それは彼らの武器だ。実際、戦闘中でも無い限り〈冒険者〉から武器を取り上げるという行為に意味は無い。それは周知の事実だ。だから、ここでそれを取り出した意味は別にある。
つまり、ボス=リンクス達が自らの意思で武器を放棄したということ。それを認めるよう彼らは首を縦に振る。
その様子を目にしたリカルドは感心した様に二度、三度と頷く。
「流石は旦那だわ。改心させるなんてのはそうそう出来るこったねーのに」
「なに、大したことはしていない。ただ、自らが発した言葉の意味を知ってもらっただけさ。……それで推定有罪と伐人が居ないようだが何か有ったのか?」
「推定有罪からは逃げた伐人を追うから待っててくれ、と〈念話〉がありましたが」
「……ふむ。ならば放っておいても大丈夫だろう。彼は出来ない事は口にしない男だ」
■
「チィッ!」
推定有罪に斬りかかろうとした伐人は刃の軌跡を遮る様に動く光球にその動きを阻まれ苛立たしげに一度距離を取る。
「……なんでそんな技を秘伝にしてやがる!」
「別に俺のビルドをお前にとやかく言われる筋合いはねぇんだけど。まぁほら。このキャラはネタだし?」
「ふっざ、けんなよ!」
口では吼える伐人だが、あの光球が推定有罪の周囲に展開している以上、そう易々と攻撃に移れないでいる。
光球に触れると剣を伝って電気ショックが身体へと襲ってくるからだ。HPへのダメージこそ微々たる物だが、身体が一瞬硬直してしまう。そして、目の前の男はその一瞬の隙さえあれば十分という事を知っている。
そして予想される攻撃が解らない。〈カテゴリーエラー〉として習熟した〈付与術師〉以外の十一職の特技。用いられる特技ランクは低いものばかり。とはいえそれは逆に言えば決め技たりえる大技ではなく、出の早い小技であるという事。それを矢継早に繰り出されてはどうしようもない。
更に、推定有罪が自らに掛けている魔法もある。伐人が気付いているだけで、少なくとも〈付与術師〉としての〈エレクトリカルファズ〉、〈メイジハウリング〉、〈キャストオンビート〉に〈森呪使い〉の〈ハートビートヒーリング〉、〈妖術師〉の〈エンハンスコード〉に〈吟遊詩人〉の〈マエストロエコー〉。おそらくそれ以上に十二職のバフが掛かっている事だろう。
それだけでも二の足を踏むには十分。
しかし、それ以上に足を鈍らせるのは目の前の男は姿こそ違えどロード・スノウだということだ。
ビルドは典型的なソードサムライ。
しかも、防御や回避は二の次、三の次。一に攻撃、二に攻撃。三四が無くて五に攻撃。そしてそこから繰り広げられる連撃。襲い掛かる斬撃の濁流。死すら誉れ。首級こそ誉れ。〈戸塚の剣〉とはそういうギルドであり、その最前線に立つ男。
それこそがロード・スノウというプレイヤー。
だから、目の前の男もそうだ。
〈付与術師〉の攻撃力を限界まで底上げして前のめりで攻めてくる。
「つーか、無駄口、叩いてる暇あんのか? 避けなきゃ痛ぇぞ?」
軽い調子を保ったまま推定有罪は〈パルスブリット〉を連続して打ち出す。弾速と速射性に優れた魔法、と言えば聞こえが良いが与えるダメージは雀の涙ほど。
しかし、脳筋バフの前ではどれだけのダメージになるのか解らない。
「クソがッ!」
弾速に優れたと言っても回避できない程の速さではない。苛立ちを覚えながらも冷静に伐人は〈パルスブリット〉の初弾を僅かに身体を傾けるだけの最小の動きで回避する。
回避できなかった際のダメージに恐れを抱きながら。
続け様に飛来する〈パルスブリット〉も必要最低限の動きで回避を繰り返す。
簡単に回避を許しているから推定有罪の腕が悪いのかというとそういう訳でもない。ある程度の自動照準があるとはいえ、動いている的に毎回当てるというのは至難の業である。むしろ、僅かな回避を相手に要求しているだけ推定有罪の腕は高い方だ。もっとも、相手を倒す為の攻撃は当たらなければ意味が無い。
全ての〈パルスブリット〉を回避した伐人は推定有罪を睨む。
「――な、」
そこで、伐人は自分の身に何が起きたかを理解すること無く意識を失った。
攻撃は当たらなければ意味が無いが、攻撃でなければ当たらなくても意味は有る。
〈大災害〉後の戦闘で大きく変わったことの一つ。
『回避出来る攻撃は、極力回避しようとする』
死んでも蘇生するが、死にたくはない。明確な『命の残量』が存在する以上は、それを無暗に減らしたくはないと考えるのは自然なことだ。勿論、現実化したが為に反射的に回避を行ってしまうというのもそれの一因ではある。
それ故に回避するまでもない攻撃ですら回避してしまう。
僅かな回避。
それは最小限の動きで次の行動に備えるという事。
だが、別の見方をすれば攻撃する側が回避の方向を誘導しているという事に他ならない。
そして誘導された先に待ち受けていたのは対象に睡眠の状態異常を付与する〈アストラルヒュプノ〉。その効果時間は推定有罪の場合は六秒。だが、六秒もあれば事足りる。
「ダメージ覚悟で突っ込んで来てたら勝ててたのにな。お前は俺を恐がり過ぎだ」
溜め息混じりで推定有罪はそう呟やく。
実際、推定有罪が自らに掛けたバフは〈キャストオンビート〉のみ。それ以外の魔法はただ名前を呟いただけ。
キャラが違えばビルドが違うのは当然の事。中の人が同じだからといってロード・スノウと推定有罪の戦い方が同じはずがない。
伐人は推定有罪にロード・スノウの影を見すぎた事が最大の敗因なのだ。
勿論、そう仕向けたのは推定有罪自身だ。だが、ここまで呆気ないとは思わなかったのも事実。
もう一度溜め息を吐き〈アストラルヒュプノ〉を投射し、〈万象の儀礼剣〉を魔法鞄へと戻す。変わりに〈緊急離脱香〉を取り出し地面へと叩きつけた。