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02

 〈エルダー・テイル〉特有といえば特有の端正な顔立ち。

 肩口まで伸びた月明かりを幻視させる銀髪。

 湛える海のように深い青の右眼と、燃え盛る焔のような紅い左眼。

 銀の装飾が施された純白のロングコート。

 天使の翼のような意匠が施された剣。


 簡単に言い表すならば、一昔前のJRPGの主人公。または、ギターを剣に持ち替えたV系アーティストと言ったところか。


 『片翼の天使ギルファー』。


 そう名乗った男は黙したまま、六人の〈冒険者〉と相対する。

 背中に追われていた少女を隠したまま。


 その、澄ました顔が。如何にも主人公然とした、正義の味方然とした様子が彼らの怒りを逆なでする。


「なんだァ? 片翼の天使とかキザッたらしい名前名乗ってんじゃねーぞ?」

「だから、何なんだよテメェはよぉ」

「うちのモンに手ぇ出したってことは自殺志願者って事だよなぁ?」

「どう落とし前付けてくれんだ? あぁ?」


 数で勝る男たちはギルファーを威嚇する。

 これまで男たちがしてきたように、レベル90のパーティ相手にお前は刃向かうのか、と言外に含めながら。

 確かに例えレベル90同士だとしても6対1では1の方が分が悪過ぎる。


「……」


 だが、ギルファーはその威嚇をまるで柳のように受け流す。

 憐れんだような視線を添えて。

 その落ちついたそぶりが尚一層の怒りを買っているのだが背後に隠れる少女はそんな事はわからない。 ギルファーの背後で小さくなりながら、彼女なりになんとか逃げる手段を考えようとし口を開く。


「あ、あの……」

「安心するといい」


 ギルファーは少女に背を向け、男たちを見据えたまま


「六人がかりでなくては可憐な少女に声も掛けれないような臆病者に私を倒すことなどできはしまい」


 変わらず、澄み渡る声で宣言する。

 いや、挑発する。


「外法や無法を好むのも人の性だ。片翼の天使たる私とてさすがにそれを否定はしない。現にススキノの街は無法者の統べる街だという。無法も極めれば暴君となり覇王だ。それも一つの道だろう。

 だが、この者達はそこに行く勇気と覚悟すら持たない半端者。

 そのような半端者では片翼の天使の翼をもぐ事など――」


「テメェ、死んだぞ?」


 怒りによって顔を赤くしたボスが腰にぶら下げた鞘から打ち刀を抜き放ち肩に担ぐ。

 臨戦態勢へと移ったボスに倣い、残りの五人も各々の武器を取り出す。

 そして、ぐるりと二人を囲う。

 その足取りだけで、彼らがこういう事に慣れている事がありありとわかる。


「ボス、俺に殺らせてくれよ。俺の腕斬りやがったしよぉ!」


 ギルファーと少女を囲うように広がった中、双剣を構えたトライが一歩前へ出る。

 先ほどの腕を斬られたダメージはポーションで回復したようだ。

 だが、怒りは治まらない。


「こんなカッコ付けてる野郎は気にくわねぇ所じゃねぇし」

「おぅ、いいぜトライ。さっさとコイツ殺して楽しもうぜ」

「あぁ、やっちまえやっちまえ」


 ボスの許可を得てジリジリと間合いを詰めて来るトライに対しギルファーは事も無げに構えていた剣を降ろし、ため息を吐く。


「やれやれ、こういう時はなんと言うべきだったかな……」

「ハッ、今更命乞いしたって無駄なんだよぉっ!」


 トライは言う。

 命乞いするにはもうお前は遅すぎる、と。


 だが



「あぁ、そうだ。


 ――あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ?」



 変わらず、澄み渡る声。


「な……ッんだとテメェェェエエエ!!!!」


 その言葉が引き金になったのか、トライは大地を蹴り〈盗剣士〉の特技、双剣を真横に交差するように振るう〈スラッシュライン〉を放つ。

 威力こそ高くないもの速度に重きを置いた特技〈スラッシュライン〉。

 この距離、間合いならば最早必中。

 それを疑わない者はこの場にいなかった。

 ギルファーの背中に庇われている少女でさえも。


「――遅いよ」


「……なっ!」


 ――だが、〈スラッシュライン〉は空を斬る。

 たしかに、最速の特技ではないにせよ十分に距離を詰めての一撃。その間合いはまさに必中の筈。剣で防がれることは想定していても、完璧に避けられるとは考えてもいなかったし、考えられなかった。


「なん、で……っ!」


 〈術後硬直〉で、一瞬動きを止めるトライ。

 その時に、自分の腕から血が流れている事に気付く。トライはいつ攻撃されたか認識できなかった。

 まるで、意識の虚を突かれたかのように気がついたら腕から血が流れている。

 その事実はトライの逆上した頭から落ち着きを取り戻させるには充分で、だがそれと同時に薄気味悪さを呼び起させるのにも充分過ぎた。

 結果、トライに次の攻撃に移させずに二の足を踏ませる。


「今、何をされたのか解らないのならば退いた方が身の為だ。君らも無様に死にたくは無かろう?

 無論、私も無益な殺生はしたくない。

 それに、君たちに私の片翼は勿体無い。もし身の程を知らずにまだ私へと牙を立てるというのならば仕方ない、徒手で相手をしよう」


 剣に付着した血をコートの内ポケットから取り出した布で拭い、ギルファーはそのまま鞘へと収める。

 その光景はまるで戦いを終えたような風情であり、いまだ臨戦態勢のボスらと比べると些か滑稽に見える。


「調子乗るのも大概にしろよ、テメェ。こっちはレベル90が六人だ。たかが一人の腕を斬ったぐらいで……」

「しかも〈盗剣士〉が徒手だぁ? 〈武闘家〉の俺に喧嘩売ってんのか、テメェ」

「この状況を理解してねぇのか?」

「テメェ、マジで死んだぞ?」


 ギルファーの淀みない挑発はトライを除く五人の男たちの怒りのボルテージを際限なく上昇させる。


「ボキャブラリーの無さには目を瞑ろう。

 しかし、状況の理解も何も――君たちこそ何をされたか理解できていないだろう?」


 静かに。

 ギルファーは子供を諭すように口にする。


「……あ」

「あぁ!? 抜けた声出してんじゃねぇぞ、テツ!」

「いや、ボス。アンタ……」


 その言葉でテツが状況を理解し、それ震えた声に驚愕と恐れを乗せて言葉へと変換する。




「――その、背中の張り紙なんだよ!?」




「――はぁ?」


 ボスは何言ってるんだコイツ、という顔をしながら訝しげに背中へ手を回し、その顔を引き攣らせる。

 指に紙の感触があるのだ。

 早鐘を打つ心臓を自覚しながら、静かに、ゆっくりとその紙を剥がし、



『その命、天へと還したいのならば手伝おう』 



 張り紙の文面に目を通したボスは、一歩後ずさる。


「テ、テツ。お前の背中にも張り紙が……」

「馬鹿、そういうお前だって……」


 ざわつく五人。

 ギルファーと少女の包囲が、徐々に広がっていく。


 今、彼らを支配しているのは未知への恐怖。

 レベル90の〈冒険者〉が全く気が付かない常識の埒外の速度への恐れ。

 草むらを静寂が覆う。

 息を飲む声すら聞こえるほどに。


「確かに『沈黙は金』と言うが……」


 まだ続けるのか、とギルファーは続ける。


「い、いや……。あー、その……だな」


 ボスは一歩二歩、と徐々に間合いを離していく。

 そして、


「お、覚えてやがれっ! 〈帰還呪文〉ッ!」


 高らかに、その呪文を口にした。


「あ、お、おい! ボス!」

「ま、待てって!」


 逃げ出したボスを追うように残りの五人も次々と〈帰還呪文〉を使う。


「本当に小悪党のような逃げ台詞だな。ここまで見事だと逆に素晴らしい」


 残されたのはギルファーと少女。

 ギルファーは背中に庇っていた少女の方を向き、眼を見て、微笑みかける。


「あ、あの……あの人達、追わないんですか?」

「〈帰還呪文〉を使った以上、アキバに帰ったのだろう。追うだけ無駄だし――」


 彼らは恐らくアキバへ戻り、自分たちのギルドホールへと逃げ帰ったのだろう。

 ギルドホールへの入場制限の決定権を彼らが持っている限り捕縛は難しいと言える。


「それに、君のような可憐な少女をここに残してはいけない」


 安心させるように微笑む。


 ――その微笑みは凶悪すぎる。


 凶悪すぎるほどに、少女の心を捉えて離さない。


「で、でも!」

「確かに彼らのした行為は許される行為ではない。無論、私とて許すつもりもない」


 そこで言葉を切り


「――あぁ、私だ。夜分にすまない。

 ん? ふむ……〈灼熱蝶の焔燐粉〉、か。いや、三十ほどなら譲っても構わん。今の私には無用の長物だし、君の手で生まれ変わるほうが死蔵されているよりはマシだろう。そうだなそれ位が妥当なところだ。あぁ、近い内に持っていこう」


 空中に向けて言葉を発した。

 どうやら、知り合いに向けた念話のようだ。


「フッ、今回はそれとは別件でな。折り入って頼みがる。

 ギルド〈クロスノート〉のボス=リンクス、テツハル、トライ=トライ、グランゼル、†漆黒十字†、AGEPOYOという六人の〈冒険者〉をアキバから追放してほしい。

 理由? 〈円卓会議〉の決定に反する行為をしていた、というのだけでは足りないか?

 それに、彼らの話を聞いたところによると〈大地人〉の女性も何人か浚って監禁していた様だ。おそらく、ギルドぐるみだろうな。どの程度の規模か解らないが……なに、君たちなら可能だろう?」


 あの状況で彼らの情報を正確に把握していた事実に少女は驚きを露わにし、


「――あぁ、よろしく頼むよ。ロデリック」


 念話相手の名前を聞いて絶句する。

 アキバの街に住んでいれば例えギルドに所属していなくても、その名前を知らないはずがない。

 三大生産ギルドの一つ〈ロデリック商会〉のギルドマスターにして、アキバの自治機構〈円卓会議〉に名を連ねる人物。

 ――妖精薬師、ロデリックその人だったのだから。

 そして、そんな人物と親しげに話すギルファーにも驚かずにはいられない。

 いったいこのギルファーとは何者なのだろうか。

 ちらりとギルファーのステータスを確認した少女が見たのは所属ギルド〈天使の家ハウス・オブ・エンジェル〉。

 正直、そんなギルドは聞いた事がない。

 もっとも少女もアキバにあるギルド全てを知っているわけではない。そもそも、ギルド全てを把握しているプレイヤーなど存在しない。

 それでも、有名な戦闘系ギルドや最近では生産系ギルドはコンビニやスーパーのような感覚で60近くは覚えている。

 だが、その中に〈天使の家ハウス・オブ・エンジェル〉というギルドは存在しない。


「とりあえず、これで彼らはアキバのギルド会館を使用できなくなっただろう。

 彼らの断罪がこれで終わりというのは不十分に過ぎるが、落とし所としては妥当だろう」


 ギルド会館の使用不可とは、ギルドホールに加えて銀行と貸金庫も使用できないということを意味する。

 それらを使用するには他のプレイヤータウンであるススキノ、ミナミ、ナカスまで行かなくてはいけない。

 最後発のプレイヤータウンであるシブヤには成立の関係上その機能は無い。


「あの、わたし、どうすれば……?」

「君はアキバに住んでいるのだろう? 君さえ良ければ送っていっても構わないのだが――」


 ギルファーは困ったような顔をする。


「――ギルドに所属していない君をアキバに帰すのは危険だな。ギルド会館から追い出された彼らに遭遇しないとも限らない。友人の所属しているギルドに保護などは頼めるか?」


 少女は首を横に振る。

 そんな友人がいればとっくに助けを頼んでいた。

 それが出来ないから、彼らに追われていたのだ。

 それが出来なかったから、ギルファーに逢えたという事でもある。


「そうか。とりあえず君の様な可憐な少女はどこかのギルドに所属した方が君の為だ。こういう事を防止する、という意味も含めてな。私の紹介でよければ幾つか紹介しよう」

「……で、でも」

「確かにギルドに所属しないというのも一つの道だ。それを否定はしない。

 だが、君にそれを貫き通すだけの力はまだ無いのは今回の件で理解しただろう?

 自分の力だけで生きていこうするという事は、より強い力には屈する事しかできない。だが、ギルドに所属していれば誰かに助けを請う事が出来る。より強い力を、皆の力で退けることも可能なのだからな」

「……」


 少女は俯き、言葉を噤んだ。

 向こうの世界でも彼女は一人で生きていた。

 だから、誰にも頼らないで一人で生きていけると思っていた。

 誰かに頼ること、依存することは絶対にしないと決めていた。


「……君を責めるつもりはない。今回は私が間に合ったから良かったものの、間に合っていなかったらどうなっていたかは君にも理解できているだろう?

 自覚がないのかも知れないが、君は美しいのだからね」

「はぅ……」


 しかし、ギルファーの微笑みはその決意を易々と剥ぎとっていく。


「しかし、そうだな。とりあえず私の家に来るといい」

「ふぇ!? で、でも……アキバに帰るのは危険だって……」


 異性の家に行くというのは十五歳の少女にしてはハードルが高い。高すぎて棒高跳びぐらいに。たとえ、今まで誰にも頼らないと決意していたとしても、だ。


「いや、私の家はアキバには無い。――シブヤに私の家はある」


 ギルファーはコートの内側から同じ色の純白の笛を取り出し、吹き鳴らす。

 澄んだ音色が闇夜へと響くと、羽音と共に一体の動物が嘶きと共に姿を現す。


「ペ、ペガサス!?」


 優雅に空から降りてきた〈天馬(ペガサス)〉はギルファーの横に着地し、〈魔法の鞄〉から取り出された人参を美味しそうに食む。


「彼女は私の大事な友でね、名をミカエルと言う。

 ん?

 ――あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね」


 しまった、という表情をした後に小さく咳払いをし、右手を差し出す。


「私の名前は『片翼の天使ギルファー』。職業は〈盗剣士〉でギルド〈天使の家ハウス・オブ・エンジェル〉のギルドマスターを務めている」

「あ、はい。えっと、その……、」


 差し出された右手を握りながら、少女もまだ自分の名前と言うべき言葉を言っていない事に気付く。

 本来ならば、真っ先に言わなければいけない言葉。


「クリアです。クリア=ノーティス。職業は〈武士〉です。

 あの、助けていただいてありがとうございましたっ!」


 がばっと、勢いよく頭を下げる。

 その少女――クリアを見たギルファーは変わらず微笑みながら。


「感謝されるほどではないさ。

 可憐な少女の危機に駆けつけるのは男性の義務だからな」


 ばっきゅーん。


 そんな音が、クリアの脳内に響いたのは仕方のない事だった。

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