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ロード=スノウという名を持つ〈冒険者〉がいた。
アキバの五大戦闘系ギルド、即ち〈D.D.D〉〈黒剣騎士団〉〈ホネスティ〉〈シルバーソード〉〈西風の旅団〉には劣るものの『和装備に身を固める事』を唯一のルールに掲げたコスプレ系ながらも戦闘系の精強なギルドとして名を馳せた〈戸塚の剣〉のギルドマスターを担っていた男だ。
ハイエンドコンテンツの攻略動画を積極的にアップしたり、サブマスターである『首置いてけ』がWEB漫画としてフィクション交じりにその挑戦模様をアップしたりと〈エルダーテイル〉外での活動も活発だった為に彼らの知名度は比較的高かった。
その中でもロード=スノウはサブ職業がネタ色が強すぎる〈ちんどん屋〉ではあったが〈迅雷太鼓〉というあらゆる攻撃に轟音と雷系のエフェクトを発生させる(発生させるだけで追加ダメージやステータス補正は一切無い)という雷鼓を背負う〈武士〉として〈剣聖〉ソウジロウに並ぶと言われたりするほどの実力の持ち主だった。
そして、そのロード=スノウは〈大災害〉に巻き込まれることは無かった。
彼はその時にログインしていなかったのだ。
それが幸か不幸かは人によって判断が分かれる所だ。
〈大災害〉後に結局解散し他のギルドに吸収される事を選んだ〈戸塚の剣〉のメンバーとしてはもし彼がいれば解散せず、今も〈戸塚の剣〉として活動出来ていたと考えてもおかしくは無いが〈大災害〉に巻き込まれなかった事を不実だ、と罵る事など誰にも出来はしない。
しかし、少なくともロード=スノウがこの世界に居ないことを悔やんでいる男が一人いる。
男の名は推定有罪という。
ネタ臭漂うこの名前を持つ〈冒険者〉はレベルが九十ではあるもののハイエンドコンテンツの参加経験は乏しく幻想級装備は一つも持っていない。全力でネタプレイをする為に作り上げた〈法儀族〉なメイン〈付与術師〉でサブ〈カテゴリーエラー〉。個人的には悪ふざけの産物。それが〈S.D.F.〉創設メンバーの一人、推定有罪の正体だ。
その男は悔やんでいた。
紳士の嗜みとして空想と妄想を趣味とする彼は今現在、何度も何度も空想に妄想を重ねた異世界召喚モノの世界にいるというのに何故、推定有罪で巻き込まれなければいけなかったのか、と。
これでは、格好良く名乗りを上げようとしても『私の名前は推定有罪。――いや、無罪じゃなくてね? 名前が推定有罪で。――いや、公判中とかでもなくてさ』とかどう考えてもネタだ。
だが、ネタはネタなりに使い道がある。
しかし、もしも、たら、れば。
――と、考えれば考える程に自然と溜息も出てしまう。
「溜息なんて吐いてどうしたんだい、推定有罪」
そして、それを心配されてしまうような場面で出してしまう程度には周りに対して気を使わなくなってきているという事だろう。
声を掛けてきた相手に軽く手を上げて応答し、推定有罪は口を開いた。
「世の儚さを嘆いてただけですよ」
「ふぅん。世の儚さを嘆くって、それは懐が大きいんだな」
ウェッジが呆れ交じりに「僕にはそんなに大きなものに思いを馳せるのは無理だな」と続け、推定有罪も「でしょうね」と答える。
「それで、調子はどうですか」
「ちょっと言葉に出来ないよ。……正直な所は驚きかな。この力が君たちにとって冗談のレベルだって事にさ」
溜息を一つ吐いたウェッジはそれでも愛おしそうに右腕の人差し指に填められている黄金に輝く指輪を撫でる。
「なんだ、左手の薬指には填めてくれなかったんですか」
「左手の薬指は予約済みだよ」
「あら、それは残念だ」
互いに軽口を交わす二人はシブヤの大神殿の屋根の上。つまり、シブヤを一望できるポジションだ。
「……他の皆さんは?」
「とりあえずは手筈通りに潜伏してるよ。ただちょっと興奮気味だけど」
「それは仕方ないでしょう」
答えた推定有罪の左腕には黄金色に輝く腕輪が装備され、今も常に淡い光を放っている。
〈貴き経験〉。
これがその腕輪に与えられた名前だ。
〈エルダーテイル〉に数多ある装備の中ではそこそこ名の知れたアイテムであり、〈大災害〉以降ではその価値が見直されてきている代物だ。
それは〈貴き経験〉は一つの腕輪と五つの指輪から構成される装備品である。〈貴き経験:指輪〉の装備者に〈貴き経験:腕輪〉の装備者のサブ職業を上書きするという効果を持つからである。高レベル生産職のプレイヤーに腕輪を装備してもらえば単純に考えれば高レベル生産職プレイヤーが五人増える計算となる。しかも、その都度に応じてその生産職を変更する事が出来るのだから見直されて当然といえよう。もっとも〈秘法級〉にカテゴライズされるアイテムの為にその絶対数はそう多くは無い。それでもアキバでは三大生産ギルドが十個ほどは所有していると言われている。
そして、現在その指輪はウェッジら五人の冒険者が指に填めているのだ。
つまり、彼らは推定有罪のサブ職業を手に入れている。
だが幾ら〈大地人〉が〈冒険者〉のサブ職業を得たからと言って別段大きな変化が有る筈がない。ウェッジの職業である〈傭兵〉も〈冒険者〉が就く事の出来るサブ職業の一つにしか過ぎないためだ。
しかし、推定有罪のサブ職業〈カテゴリーエラー〉だけは趣が異なる。
それはかつて行われたゲーム内で行われた投票イベント『君の考えた称号がエルダー・テイルに!』において実装された称号系サブクラスである。
投稿者による説明は「既存の12クラスの†枠を破壊†し、ありとあらゆるスキルを†縦横無尽に†使いこなせる、エルダー・テイルの世界を†変革する†まさに最強の称号です!! >∀<ノ」というなんとも素晴らしいものだった。
しかし、こういった投票イベント特有の一種のお約束ともなっているいわゆる『祭』により圧倒的得票数を獲得し実装する運びとなった経緯を持っている。実際は既存のスキル全てを縦横無尽に使いこなせるわけではなく、他クラスのスキルは習得レベルが〈カテゴリーエラー〉の現在レベルの半分の物まででランクは初伝まで。他クラススキルの消費MPは2倍、とかなり控えめに設定されているため器用貧乏の域をでないサブ職業である。
「なにせ、仮初とは言え〈冒険者〉と同じ力を得たのですから」
〈カテゴリーエラー〉が他のサブ職業と異なる点はたった一つ。
『道具が自らの意味に気付き始めた』
これはギルファーの言葉だが、それはつまりフレーバーテキストが発露しだしたという事だ。
〈S.D.F.〉内では現在、ヤバそうなテキスト(やれ世界を終わらせるだの所有者を不幸にするだのそういう類だ)を持つアイテムは全てギルドハウスで一元管理している。
だがしかし。
フレーバーテキストが存在するのはアイテムだけなのか。
答えは否だ。
フレーバーテキストとは雰囲気や世界観を表現するための文章である。
そんなものはこの〈エルダー・テイル〉の世界の中には五万とある。
例えばダンジョン。
例えばクエスト。
例えばゾーン。
例えばモンスター。
例えば〈大地人〉。
例えば〈古来種〉。
例えば街。
即ち、この世界に存在するすべてに意味を持たせているのがフレーバーテキストである。
そのフレーバーテキストはもちろんサブ職業にも存在する。
そして〈カテゴリーエラー〉に与えられたフレーバーテキストとは『12クラスのスキルを使いこなす既存の〈冒険者〉の枠を破壊した〈冒険者〉』。
重要なのは『〈冒険者〉』という一語。
つまり〈カテゴリーエラー〉というサブ職業は〈冒険者〉という要素を内包した代物であるという事に他ならず、それは〈冒険者〉にとっては何ら意味の無い事だが〈大地人〉にとっては大きすぎる意味を持つのだ。
「ですが、あくまでその力は仮初。私の存在が前提となる力です。訓練で得るものでもなく、ただ借りているだけの力。自分の力だと思った時点でこの作戦は失敗ですから」
「わかってるよ。僕だって死んでも蘇生すると言われてもはいそうですかと死にたい訳がないだろう。今なら君たちの気持ちもよく解る。他の四人もその辺りはちゃんとわかってるさ」
「えぇ。だから渡したんですよ。〈貴き経験〉を」
そう口にしたのと同時に、シブヤの入り口で火の手が上がった。
「予測時間より早くないかい、推定有罪」
「予定通りに進む作戦ほどつまらないものは無いですよ、ウェッジさん」
■
『10分だ。それでこっちは終わらせる』
火の手が上がったのはシブヤのメインゲート。
地獄の使者ディームが放った炎球が直撃し、轟々と燃える門の前では〈リライズ〉の陽動部隊十名が〈S.D.F.〉のリカルド、ぱぷりか、M・D、ライサンダーの4人と対峙していた。
陽動部隊を率いるゲノムは目の前にいる四人の姿に唖然とし、同時にほくそ笑んだ。
この戦力は、陽動部隊に割く戦力ではない、と。
〈S.D.F.〉は口惜しいがシブヤでの戦闘力ではトップクラスだ。人数でこそボス=リンクスらを加入した〈リライズ〉とそこまでの開きはないが、組織力や連携力の点で遥かに勝る。
その中での最大戦力である一番隊の五人の中の四人。彼らが出張ってきている以上、自分たちが本隊だと思っているのだろう。見積もり以上の成果だ。
五番隊と六番隊は周辺ゾーンの警邏に向かったのを確認している。それに、クソ天使はボスらが相対しているため、シブヤの街中にいるのは推定有罪だけ。もちろん〈S.D.F.〉以外のギルドの存在もあるが、その殆どが生産系である為に取るに足らない。よって〈S.D.F.〉以外に伐人ら本隊を止める事が出来る戦力はシブヤの街中に存在しない。
だから、ゲノムは上手く事が運んでいると確信した。
もちろん、これで自分たちがシブヤの街を牛耳れるようになるとは思っていない。〈リライズ〉の中にはそう思っている奴もいるようだが、ゲノムはそこまで馬鹿ではない。
確かに、作るより壊す方が簡単だという言葉は正しいだろう。だが〈S.D.F.〉を壊したからといってそれが即ち〈リライズ〉のモノになる訳ではない。シブヤの街を自分色に染め上げるのには〈大災害〉から今までの時間を掛けた〈S.D.F.〉と同様の時間が必要だ。
それは面倒な事だが、そういうものなのだから仕方がない。その辺りを理解しているギルドメンバーが自分を除いていなそうなのが気にかかる。が、その気苦労は成功への気苦労だ。喜んでやってやろう。
自然とゲノムの口に笑みが零れる。
「おいおい、この状況で笑うとかお前まさか自分たちの勝利でも確信してんのか?」
その中で。
リカルドは悠然と盾を構えて笑う。
「お前ら一人としてここは通さねぇよ」
ゲノムは笑う。
確かに。
幾ら数で勝っていようとも、彼らを突破する事は出来ない。それは口惜しいが事実だ。先日、リカルド一人にパーティが一つ全滅させられたのを忘れたわけではない。
だが、ゲノムは笑う。
今回に限り、それはそれでも構わない。
別に、陽動とはこの場でしなくてもいい。
殺され、大神殿に転送された後にシブヤの街中でゲリラ的に行動してもいいのだ。自分たちの役目は目を引き付ける事。本隊の動きを察知されなければ、どう動いてもいいのだから。
「ふん、デカい口を叩けるのも今の内だリカルド。今日こそは俺たちがトップに立ってやる」
だからこその、いつもと変わらない言葉使いをゲノムは選ぶ。
自分たちが今回の襲撃の本隊であると思わせるために。
そして、その言葉を合図に〈リライズ〉の面々が武器を手に構えなおし、
「――行くぞ、テメェら!」
ゲノムの咆哮と共に、四人へと襲い掛かかる。
四人の中ではもちろん攻撃対象の優先順位がある。優先順位があるにはあるのだが、リカルドの〈アンカー・ハウル〉の射程から逃れる事は出来ない。その為、必然とリカルドを攻撃目標としなくてはいけなくなる。
「〈アンカー・ハウル〉の射程からは逃げらんねぇんだ! 前衛はゴリ押せ! そんで後ろは適当に散らせ!」
ゲノムは指示を飛ばしながら脈動回復を次々に設置していく。
ここで倒されても構わないとはいえ、あくまでそれは次善の策に過ぎない。最善の策はやはりここで本隊が暴れ終わるまで目の前の奴らを足止めする事。
四人の前衛職――〈守護戦士〉が二人に〈武士〉と〈盗剣士〉がリカルドの防壁へと取りつき、弓ビルド〈暗殺者〉と〈妖術師〉三人が範囲攻撃を繰り出していく。残りの回復職は適度に回復魔法や補助魔法を投射する。
伐人には〈念話〉を入れた。
帰ってきた返事は『10分』。
レベルは同格でも強さは相手の方が上。
しかし、数はこちらの方が上。
この条件で倒す事を目的としなければ、その時間を稼ぐ事ならばそれこそ死に物狂いで戦えば何とかなる。その見積もりは立つ。
だが、その見積もりを得た事でゲノムは一つの違和感を覚える。
彼ら四人をたかだが十人で抑え切れる訳がないだろう、と。
確かに、現在は自分たちと彼らは拮抗している。拮抗しているが、彼らの実力はこんなものではない筈だ。正直、自分たち十人程度ならリカルドどあと誰か一人でお釣りがくる。それほどまでに、あの男は破格だ。
ならば、何故。
現在の戦力で拮抗した戦いを見せているのか。
奴らの強さが自分の見積もりより低かったのか。――それは無い。それはもう三か月前に済んだ事。
奴らの連絡不備で偶々、あの四人がここに集まってしまったのか。――それは無い。警邏以外で戦力過多の人員を派遣するようなギルドならばもうとっくに潰されている。
奴らにも、何らかの思惑がある。――それは、無い。と、思いたい。が、無いと言い切る事は出来ない。今回の計画は用意周到なもので、知っているのは『三席会合』の連中ぐらいのものだ。しかし、人の口に戸は立てられないと言うように何処からかその情報が漏れた可能性はある。それに対して何らかの対策を取ったというのも考えられなくはない。いや、それしか考えられない。
「……ちっ」
ゲノムの口から自然と舌打ちが漏れる。
面白くない。
全てが自分たちの計画通りに、いやそれ以上の結果を生んでいるのに言いようの無い不安が面を上げる。
自分たちが手の平の上で踊らされているような感覚。
そんなことは無い、と否定する。
この作戦は確かにミナミから来た奴の筋書きに乗っかったものだが、この作戦を回しているのは自分たちだ。
自分たちの作戦で、自分たちが主役ではなかったなど笑い話にも程がある。
物語の主役になる為の第一歩がこの作戦なのだ。
誓った。
伐人と誓っただろう。
俺たちは物語の主役になるんだ、と。
「前衛はそのままリカルドを攻撃。後衛はぱぷりか、ライサンダーに集中!」
指示を飛ばす。
奴らにも思惑があって行動しているということはつまり。
今の拮抗は奴らの匙加減によるものという事だ。――要するに、自分たちは手加減されている。
そのおかげでこちらの時間稼ぎが出来るのだから万々歳だ。――とは、素直に思えない。そこまでゲノムは〈リライズ〉はお利口なギルドではない。
くそくらえ。
こっちが死に物狂いだと言うのに片手間であしらわれるなど、格好悪いどころの話ではない。――どうせ殺されても構わないのだ。
だったら、自分たちを手加減した状態で相手できるという思い上がりを正してやる。
「俺ら相手に舐めプとかふざけんじゃねぇぞっ!」
叫ぶ。
「舐めプなんてしてねぇよ」
返事がある。
リカルドだ。
「今回はお前らを殺さないで無力化するってのが俺らの指令だからな」