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片翼の天使~シブヤに舞い降りた道化師~  作者: らっく
03.シブヤの街の物語
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「流石にあれだけの人数がいなくなれば寂しく感じるものだな」


 午前十時頃というのに、いつもとは異なってがらんとした街中に白亜の衣装を身に纏う男が立っている。

 片翼の天使ギルファーだ。

 つい一時間ほど前にシブヤの街で暮らす〈冒険者〉と〈大地人〉の一団がアキバの街で開催される「天秤祭」へと発った。

 〈S.D.F.〉のメンバーを主とした〈冒険者〉が百七人と〈大地人〉が八十八人。合計で百九十五人。彼らのアキバでの宿泊場所は知己となったルーシェにシブヤビールの樽をダースで現物支給という事で手を打ったので懸念は無い。


「でもでも、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

「君は仕事が休みになって嬉しいだけなのではないのか、ハナ君」

「そ、そんなことないですよ? 実際問題として天秤祭の間はずーっとお休みで賄いご飯が出なくなる訳ですから結構辛いんですよ?」


 ギルファーの隣でファミレスの制服風な給仕服を身に纏う少女、〈大地人〉にして〈居酒屋白魚〉の名物店員であるハナはそう言葉を漏らした。

 シブヤの住人から人気である〈居酒屋白魚〉だが、そこで働く〈大地人〉からの人気も高い。労働の対価としての賃金も結構な額がもらえるのもその理由の一つだが、その他に供される賄い飯がその理由の一つだ。

 一日に使う金貨の内で食費が占める割合は非常に高い。その食費が無料となるのだからその分を〈手作業〉品と呼ばれる衣服やアクセサリーに回せるとなればそれも当然だ。〈冒険者〉と異なりモンスターを倒して金貨を得ることが難しい〈大地人〉にとってそれは魅力に過ぎるというものだ。しかもその賄い飯もグレードが高く、下手な店で食べるよりも美味であるために文句など出ようはずもない。


「持っている物を見る限りでは辛そうには見えないが?」

「いや~。だって、この〈ドネルケバブ〉ほんと美味しいんですもん。これ〈冒険者〉さんのB級グルメの中では一番美味しいですよ!」

「だからと言って三つは流石に欲張り過ぎだろう。君、一応女の子だろう?」


 左手に〈フォレストチキン〉の肉を使った〈ドネルケバブ・チキン〉。右手に〈ディープシープ〉の肉を使った〈ドネルケバブ・ラム〉に〈チャージオックス〉の肉を使った〈ドネルケバブ・ビーフ〉。それらは一つで一食分に相当するボリュームである。

 それを三つ。つまりは朝昼晩の三階級制覇だ。


「えへへ、大丈夫ですよ? 残しませんから。食事はすべて別腹です」

「……普通は太る事を気にする年頃だと思うが」

「いやですよぉ、ギルファー様。ギルファー様は人を見かけで判断しないじゃないですか」


 えっへっへ、と笑いながら〈ドネルケバブ・チキン〉を一口齧り、続けざまに〈ドネルケバブ・ラム〉を齧る。そしてご満悦の表情だ。


「確かに私が見るのは魂の輝きだがな。ふむ……」


 ハナのスタイルは悪いものではない。一度だけアキバで見かけたことがある〈イースタルの薔薇〉レイネシア姫には流石に劣るが、モブ系大地人としてはむしろ群を抜いたスタイルの良さと愛嬌の良さを獲得しているといっていい。そのため、そのスタイルの維持にそれなりの手間を掛けているのかと漠然と考えていたがどうにもそうではないらしい。

 〈冒険者〉の身体と同じく〈大地人〉の身体も変化が起きにくいのかもしれない。と、思考を巡らすが自らのギルドに属する子供、アインやジュジュ、リッカの三人を思い浮かべてそれを否定する。彼らの成長は著しいものがある。手ずから鍛えているとはいってもアインのレベルは既に三十とそこいらの〈大地人〉を遥かに凌いでいる。レベルだけでいえばシブヤに住む〈大地人〉の中でも上位十人に食い込むほどだ。

 いや、彼らが成長しているのは職業が〈子供〉だからだろうか。成長する事こそが〈子供〉の仕事といってもいい。やはり、その辺りの事を知るにはもっと数多くの情報が必要ということになる。


「むむむ。可愛い女の子と一緒なのに他の考え事は減点ですよ、ギルファー様」

「いや、考えていたのは君の事だ」

「へ? ……な、なら許しましょう! まったく、真顔でそんな事を口にするなんてまったく! にへへ。じゃあ、あれです。ギルファー様の所って他に誰か残っているんですか?」

「私以外は皆アキバへと行ったよ」


 〈天使の家〉のメンバーもチェスターやマユ、刹那、クリアといった〈冒険者〉に加えてアイン、ジュジュ、リッカといった〈大地人〉の子供たちもアキバへと向かっている。

 それは天秤祭の観光といった意味合いも強い。出来る事ならばシブヤに住む〈大地人〉全員がアキバという自分たちとは違う〈大地人〉の住む街を見ておくべきだと考えている。時間が許すのならばミナミにも連れて行きたい。

 今は〈片翼の天使〉と〈S.D.F.〉によって庇護されている存在に過ぎないのがシブヤの街の〈大地人〉である。もちろん、そうしなければ〈大災害〉の混乱で多くの〈大地人〉が犠牲となっただろう。だから、それが悪手だったわけではない。だが、そのままであっていいはずもない。

 ギルファーやリカルドも詳しい訳ではないが〈大地人〉の西の勢力であるウェストランデと東の勢力であるイースタルの関係性は良好とは言い切れないのが現状だ。そして、現在では互いにミナミとアキバという二大プレイヤータウンと手段は違えど手を結んでいる。

 ならば、西と東の同士の全面戦争というものが発生しない訳がない。


「それはアイン君もです?」

「アインもだ。アレには世界の広がりを認識してもらわなくては困るからな」


 そうしたとき、シブヤは西からは落とすべき砦となり、東からは前線基地としての砦となるだろう。

 どちらにせよ、どちらかの勢力に併呑されてしまうのは目に見えている。その状況では、シブヤから見れば西も東もどちらも自分たちの街を蹂躙していく悪だ。

 元からシブヤに住んでいた〈大地人〉以外の〈大災害〉以後にシブヤへと移住してきた〈大地人〉たちにとってもこの街は既に自分たちの街になりつつあり、彼らは既に客人ではない。ならば、力を。守る為の力ではなく、奪う為の力でもなく。

 自分で選ぶ為の力を。

 〈冒険者〉に依存しない為の力を育てていかなければいけない。


「あー……。アイン君ってレベル三十超えてるんでしたっけ?」

「昨日レベルが一つ上がり三十八になったところだ。職業も〈見習い剣士〉というものになったようだ」

「三十八という事はアレですね。〈傭兵〉のビッグスさんやウェッジさんと同じぐらいですか?」

「彼ら二人を含めたシブヤの〈大地人〉の最大レベル域に匹敵するだろう。ただ、彼らとは異なりモンスターとの戦闘経験という戦う上で最も必要なものがアインには欠けているがね」


 なるほどー、戦いの事はさっぱりわかりません。などと呟きながら〈ドネルケバブ〉を食べる手を止めない辺り、ハナも中々良い性格をしている。


「でも、つまりはアレですね。ギルファー様もお一人なら、私たちの家の夕食にお呼ばれされてみたりしません?」

「なにがつまりかは解らんが……そうだな、ハナ君達と過ごすのも悪くない話だ。……悪くない話だが、天秤祭の期間は夜間巡視を密にしなくてはいけなくてな。どうやら腐敗した魂(ルーザー)共が悪さを企んでいるらしい」


 細かな日程は情報源であるリカルドも入手していないようだが、〈S.D.F.〉が手薄になるタイミングを逃して喧嘩を吹っかけてくるはずがない。

 もっとも〈戦闘行為禁止区域〉内で戦闘行為を行えば〈衛兵〉によって処罰されるために街中が本格的な戦場になる事はない。しかし、蛇の道は蛇。彼らはどの程度までが戦闘行為として認識されるかを把握しきっている。〈冒険者〉ならば問題の無い挑発行為でしかないが〈大地人〉にとっては別の事であり、致傷となる行為だ。


「へ? うわわ、それじゃあ夜間の外出って控えた方が……」

「良いだろうな。この期間にシブヤに訪れる者も多く、彼らとの間でのトラブルも少なからずはあるだろう。〈S.D.F.〉の中で残っているのは一番隊と五番隊、六番隊のみ。警邏巡視は五番、六番隊が務めると聞いているから不安は無いがあまり彼らに負担を強いるのも酷だろう」

「そうですねー……。がっかりです」


 はぁー、と盛大に溜息を漏らしたハナは、しかし、両手に持つ〈ドネルケバブ〉を一気に平らげ顔を上げる。


「しからば夜はお家でぐっすりおねむする事にします。つまり、その為には食べ溜めですね! ギルファー様も付き合って下さい!」

「――断ればどうなる?」

「えぇ、キライになります」

「嫌われるのは敵わんな。……まったく、君は交渉が上手いな」

「にへへ。それじゃー行きましょー!」



 そんなやり取りを見つめる目は多い。

 呆れでもあるし、羨望でもあるし、諦めでもある。

 もっとも当人たち、居酒屋名物店員の〈大地人〉ハナは注目されるのに慣れているし、片翼の天使ギルファーは人から注目されるのが仕事の様なものだ。

 その為に、二人は周囲の目などお構いなしに食べ歩きデートを楽しむ事だろう。


「しっかし、これ。案外ハナちゃんってダークホースなんじゃねーの?」


 大神殿の屋根の上で、シブヤの街を見下ろしていたリカルドもその中の一人である。

 やはり、呆れが混じった声で呟いた彼は自らの背後にいる人間へと「どー思うよ」と言葉を続けた。


「もともと私は大穴じゃなくて対抗馬ぐらいのポテンシャルは持ってると思ってるけど。そうさな、単勝で十倍程度ぐらいか? 本命じゃあ無いけど買目ではあるかなってところさ」


 ため息交じりに返答するのはM・D。〈シブヤビール〉を開発した人物である〈S.D.F.〉最年長の男であり、比較的珍しい部類に属する〈冒険者〉だ。


「まぁ、なんだリカルド。羨ましそうに見ていた所で何も変わらんぞ?」

「羨ましいを通り越してるけどなー、旦那のモテっぷりは。下手すりゃソウジの奴に匹敵するんじゃないか?」

「どうだろうなぁ。確かに互いに非公式ファンクラブがある訳だが、アキバにいる嫁の話だとソウジロウ君はほら、腐った方々からも人気が高いみたいだからなぁ。なんでも、シロエ×ソウジロウだとか、ソウジロウ×シロエだとかでぼろ儲けらしいぞ」


 その珍しさとはM・Dは既婚者でこの世界に嫁がいるという点だ。それも〈大災害〉以後に結ばれたのではなく、〈大災害〉以前から結婚していて夫婦仲良く〈大災害〉に巻き込まれたパターンである。

 嫁の名はトールギスといい、現在はアキバで生活しているが仲が悪い訳ではない。トールギス曰く「治安で言えばアキバの方がまともだし、アキバの方がネタが転がっているんだと」との事らしい。そのネタが何にどう使われているかはトールギスが〈浮世絵師〉というサブ職業であるという事から推して知るべしと言ったところだろう。


「……なぁ、シロエ×ソウジロウとソウジロウ×シロエの違いってなんだ」

「知らないなら知らないままの方が良いだろうなぁ。別に殊更教えるものでもないし、個人的には教えたくもないわな。……と、無駄話をしてる場合じゃないだろうリカルド。“十字”からの情報と私たちの諜報から照らし合わせれば今日から明後日あたりの夕方に陽動部隊がメインゲートの外を襲撃し、別働隊がギルさんを抑えている隙に主部隊がここ大通りで大暴れってところか。厄介なのは主部隊の目的は私たちの排除ではなくて私たちへの評価を落とすという事を目的にしている事かね」

「……誰の入れ知恵かねぇ」


 今までも〈リライズ〉が〈S.D.F.〉へと襲撃を仕掛けてきたことはあった。しかし、その殆どがゾーン警邏にシブヤから出た隊を待ち伏せして襲う形だった。今回の様にシブヤの中で暴れまわる、という回りくどい搦め手を用いたことは無かった。

 それは〈リライズ〉のギルドマスターである伐人がそういうのを嫌う、力こそパワー的な脳筋系な男だったからというのもある。そして他のメンバーも大体が似たタイプだ。最近加入したボス=リンクスとかいうのも同様だ。とてもそんな知恵があるようには、謀略を巡らすタイプには思えない。

 だから、どこからこの『〈S.D.F.〉の評価を落とす事を目的としている』という発想を得たのかが不明瞭だ。


「ギルさんにも聞いたけど『黒幕がいるのならば演者が物語を演じ続ける良い手助けとなろう』だとさ」

「大物だなぁ、旦那は。――まぁ、ミナミからの入れ知恵だろうけど」

「――まぁ、それ以外の選択肢がないからな」


 不明瞭ではあるが、憶測は付く。


「結局のところ、シブヤはアキバの下部組織だと思ってんだろうな、奴らも」

「自分たちがナカスを支配下に置いているからアキバも、と考えているのかもな。それにアキバの連中も大半はそう見ているからそういう風に見られても仕方ないだろうさ。単純に考えれば天秤祭で何か仕掛けない訳は無い。武力でアキバを落とすのはほぼ不可能な現状を考えれば搦め手を使うだろうし、シブヤをアキバと同等に考えてんなら同じような手で攻めるだろうな」

「つまりは、アキバにも方法はどうあれ『〈円卓会議〉の評価を落とす』っつーちょっかいを出すわけだ」

「そして、そのついでにシブヤにもちょっかいを出すという事だろう」


 互いに溜息をもって会話を止める。

 〈S.D.F.〉はシブヤを守る為だけのギルドだ。ならばやる事は一つだ。


「そうだな、そろそろ本格的に〈リライズ〉を潰すか」

「潰すったってなんか方法あるか?」


 現在、強制的にギルドを解散させる方法というのは存在しない。〈円卓会議〉が〈ハーメルン〉というギルドを解散させたが、その手法はそう簡単にまねできるような代物ではない。


「おぅ。一つだけあるんだわ。――〈妖精の輪〉を使う」


 〈妖精の輪〉。

 月の満ち欠けと呼応して世界の何処かへと開く転移機能である。かつては攻略サイトからどの時間に使えばどこへ行けるのかが分かっていたために重宝した代物だが、攻略サイトが使えない現状では何処へ行くかは全く分からない状況だ。

 〈円卓会議〉が最近になって解明に動き出しているが、完全に解明するには年単位の時間がかかるだろうことは明白だ。

 それを使って、島流しをしてしまうというのがリカルドの言うギルドを潰す方法だ。


「おいおい、〈妖精の輪〉を使うったって〈帰還呪文〉で帰って来ちゃうだろ?」

「あぁ、ただ奴らを〈妖精の輪〉に放り込んだところで運悪くどっかの『神殿』に引っかからなきゃ帰って来ちまうだろうさ。けどな、このアイテムと併用すれば話は変わってくる」


 そう口にしたリカルドは腰のポーチから一つの瓶を取り出す。

 ガラスの瓶の中に入っているのはピンポン玉サイズの赤色の丸薬。

 それを見たM・Dは一目でリカルドがやろうとしている事を理解した。


「〈緊急離脱香エマージェンシー・リーブ〉か……」


 それは、使用すると煙が吹き出しその煙に包まれると最寄りの『神殿』へと転移する事が出来るという文字通りの緊急離脱用アイテムだ。〈帰還呪文〉と異なるのは自分が帰還点として登録してある『神殿』ではなく、最寄りの『神殿』へと転移する事だ。

 〈帰還呪文〉よりも即効性が高く、煙の発生する範囲が半径十メートルとパーティを丸ごと包む事も可能な事からゲーム時代ではクエスト攻略後の〈帰還呪文〉を温存する為に愛用していた〈冒険者〉も多い。

 サブ職業〈錬金術師〉や〈薬師〉によって生産されるアイテムであるが、現在では不足しがちな昆虫系モンスターの素材アイテムが必要な事からやや値段が高騰しているのだが、リカルドの持つ瓶の中には少なくとも二十は数えられるだけの数がある。


「これを身体のどっかにくっつけて〈妖精の輪〉にポイすれば転移した衝撃で割れて最寄りの『神殿』で登録上書きされるっつー寸法よ。日本サーバ内に飛ぶ分にはまだ何とかなるだろうけど、海外サーバだと悲惨だろうな」

「いや、見直したぞリカルド。――お前案外えげつないんだな」

「褒めるなよ。照れるだろ」


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