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片翼の天使~シブヤに舞い降りた道化師~  作者: らっく
03.シブヤの街の物語
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 空を見上げる。

 何時もと変わらない星が瞬き月光が降り注ぐ夜。

 街の灯りが乏しいこの世界では星空というのはとても眩しく見える。

 昼と夜では夜の方が凶暴なモンスターが出現するというファンタジーものの例に漏れず、シブヤ郊外のゾーンでも昼に比べて平均レベルが五以上のモンスターが出現する。それに加えて、暗闇による視界不良など戦闘の難易度を上げる仕掛けが山ほどある。〈S.D.F.〉は明文化こそしていないものの日が沈んでからの探索は避けるように指示を出しているのにはそういう理由があってのことだ。

 だが、それはあくまで指示に留まっていて完全に禁止をしているわけではない。行動を雁字搦めにして束縛しても良い事は無いからである。

 しかし、たとえ夜間だとしてもプレイヤータウン郊外のゾーン程度であれば九十レベルを超えている〈冒険者〉にとっては危機感を覚えるほどの強さではない。


「しっかしまぁ、なんだかんだで夜の森は怖いわな……」


 そのレベル差から自身に襲いかかってこないモンスターを尻目に指先で一枚の手紙を弄りながらリカルドは指定されたゾーンへと歩みを進めている。

 手紙には差出人の名前がどこにも記載されていないが、大体の見当は付く。……というか、〈ACT〉のギルドマスター†ラグナロク†ぐらいしか有り得ないだろう。

 シブヤというプレイヤータウンは一見すると至って平和だが、それは〈S.D.F.〉という自分が立ち上げたギルドが機能している範囲に限ってにしか過ぎない。

 シブヤにの住人は大きく分けて四つだ。

 一つ目は〈大地人〉。もともとシブヤに住んでいた人から、周囲の村から集まって移住してきた人など様々だが、彼らは善良な住人であり〈S.D.F.〉にとっては良き隣人だ。

 二つ目はシブヤをホームとしていた〈冒険者〉と彼らに呼ばれて移住してきた〈冒険者〉。〈S.D.F〉や〈ナナオ商店〉〈天使の家〉などがこれに当てはまる。リカルドや片翼の天使ギルファーを顔とし、〈大地人〉とも良好な関係を結べている。

 三つ目はシブヤをアキバの別荘として扱っている〈冒険者〉の一団だ。定住者ではないものの彼らは金を落としていく客だ。丁重にあしらっている限りはシブヤの住人にとっては良い客だろう。

 そして四つ目。彼らが一番面倒くさい住人で、アキバの〈円卓会議〉や自分たち〈S.D.F.〉を嫌う〈冒険者〉達だ。嫌うに至った経緯はわからないが少なくともその内の三分の一はアキバを追放に近い形にされ、シブヤに流れてきた。彼らはシブヤの一角〈バンブーストリート〉を根城としてシブヤの治安低下を日々の日課としていると言っていいぐらいには精を出している。

 そして、その中でも過激派である〈ACT〉のギルドマスター†ラグナロク†があの一件(・・・・)以来リカルドを目の敵にしているという話はシブヤの全住人、〈大地人〉ですら知っている事だ。

 リカルドとしては†ラグナロク†との接点は〈大災害〉以前から続いている。

 〈大災害〉以前は〈黒剣騎士団〉や〈D.D.D〉、〈シルバーソード〉といった戦闘系ギルドがレイドを行う際の助っ人や野良レイドを組んでハイエンドコンテンツに参加した仲間として。阿吽の呼吸とまではいかなくても背中を任せられる〈武士〉だった。街中で見つければ挨拶を交わしていたし、当時を思い返してみても別段仲が悪かったわけでもない。両者の仲がこうなる程の関係ではなかった。それが大方の意見であり事実だった。

 最初に動いたのはギルファーだった。

 そして、その次に動いたのは†ラグナロク†であり、その後に動いたのがリカルドだ。

 シブヤを何とかしようと立ち上がった順番で言えばリカルドよりも†ラグナロク†の方が速い。しかし、初動が速ければ良いと言うわけでもない。

 アキバを例にすれば〈大災害〉以降で速く動いたの集団の中には〈ハーメルン〉の存在だってあるのだ。リカルドは個人的にはEXPポッドを初心者から回収して売り捌く、というのは中々鋭い考えであり、行為の良し悪しは別としてあの混乱下で『今後の需要と供給(そういう事)』に頭が回るような奴は素直に尊敬出来る人物だと思ってはいるのだが。

 †ラグナロク†も〈ACT〉を立ち上げて、自分たちが出来る範囲で動いていたのは知っている。しかし、結果としてシブヤの表側には〈S.D.F.〉がいて裏側には〈ACT〉がいるのが現実だ。


「ちゃんと、一人で来たみたいね」

「告白の場に付き添いを頼むほど野暮じゃねぇよ」

「あんた、そんな経験あんの? ドーテーでしょ?」


 指定されたゾーンに足を踏み入れると同時に声を投げかけてきたのは案の定†ラグナロク†だった。〈狼牙族〉の耳をピコピコと動かしながら、切り株に腰を下ろしている彼女はリカルドの軽口を返す刀で両断した。


「……うん。ラグさぁ、そうやって言葉で胸を抉ってくるの止めようぜ。確かに否定は出来ないんだけど!」

「そりゃあんたが馬鹿な事言ってるからそーなんのよ」

「いや、まぁ……。お前には口で勝てそうにないからいいか。それで、わざわざ差出人の名前も書かない手紙で呼び出しって要件は何よ。大事か?」

「ん、そうね。大きく二つ。一つは〈ブレーメン〉と〈リライズ〉が「天秤祭」のタイミングでこんな事を企んでる」


 言葉と共に腰の袋から取り出したサイズが不揃いの書類の束を手渡されたリカルドは†ラグナロク†の隣に腰を下ろした後、適当に数枚捲って内容を確かめ顔をしかめる。


「んー……。三日ぐらい前に伐人とかボコボコにしたんだけどなぁ……。相変わらずこんな事しかやることねぇのか、あいつ等は」

「そーみたいよ。っていうかソレが原因の一つでしょ。最初に『会合』で聞いた計画から結構変更されてるし。変なプライドだけは青天井だからね、あいつら。それに未だに『この世界で自分たちが主人公になれる』って思ってるみたいだし。いい加減に気付いて欲しいもんよね、そんな間違いに」


 もう、流石に相手にするのも馬鹿らしくなってきた。と†ラグナロク†が溜息交じりに呟く。それに同調するようにリカルドも溜息を吐く。

 『現実世界から異世界に行く』『ゲームの世界に取り込まれる』。

 今の現状はまさにそれだ。それは疑う余地もない。小説や漫画、アニメなどで使い古された設定であり一度は誰しもが、少なくとも〈エルダー・テイル〉をプレイしているような人間ならば自分の立場で空想することがある事だろう。その空想では自分の主観での物語が進行する。つまり、自分が主人公の物語だ。

 しかし、今現在の状況は絶対的にそうではない。

 〈エルダー・テイル〉には主人公なんてものはいない。紅い瞳を持ち人類を脅かす魔王なんていなければ、それと戦う勇者もいない。悪鬼羅刹の力が封印された主人公もいない。もちろん、魔王が討たれてハッピーエンドなんてものもない。そもそもMMOは全員が主人公だ。

 それを〈ブレーメン〉と〈リライズ〉は勘違いしている。

 この世界では自分たちが主人公だ。だから、他人の家のタンスを漁る勇者のように、地球を守るために建物を壊す嵐のように、何をしてもいいのだ、と。だが、それは間違いだと二人は知っている。いや、そう気付かされた。この世界では(・・)自分は主人公ではないのだ、と。この世界でも(・・)自分は主人公なのだ、と。

 シブヤを救う為に真っ先に動いた一人のロールプレイヤーに。


「だよなぁ。間違いに気付いてないんならまだ救いはある馬鹿だけど、気付いてるのに認めたくないってんならどうしようもねぇな。ここじゃ馬鹿は治療法が確立されたはずなんだけど」

「馬鹿は死ななきゃ治らないってやつ? それじゃ、あんたの馬鹿も治ってないとおかしいでしょう。……で、戯言はさておきどうするの? そっちで対応するの? ヒーローさん」

「対応するさ。ヒーローは格好良くなきゃ駄目だしな」

「ま、そうでなきゃ私がここであんたをぶん殴ってるわ」


 何処か挑戦的で命令じみた口調で投げかけられた言葉に対してリカルドは怯む事無く即答する。リカルドにとって彼女の前ではたとえ相手が何であれ、そう答えなくてはいけない。

 あの時、正義の味方の役柄を選択した時点でそれ以外の答えは無い。

 †ラグナロク†もそれを承知の上で聞いた事柄だ。

 表側と裏側という互いの立場を明確にするために。

 ただ、その即答ぶりに満足したかのように上機嫌で頭の上でピコピコと犬耳を動かした彼女は言葉を続ける。


「それと教えておくわ。〈リライズ〉に新しく六人加入したみたい。名前はなんだったかな、ボ……ボ……。……うん、ボス=リンクスとかいう奴が頭」


 九十レベル以上の冒険者が七パーティ、四十人弱所属している〈S.D.F.〉はシブヤではトップクラスの戦力を保有している。一時のギルド勧誘の熱が引いた今ではこれ以上九十レベルを増やすのは中々難しい。〈リライズ〉はリカルドが把握しているだけで九十レベルは八人だった。それに六人追加されるとなると十四人。それに〈ブレーメン〉が加わるとなると〈S.D.F.〉でも本腰を上げなくてはいけない人数だ。

 だが、そんなことよりもリカルドにはその名前に聞き覚えがあった。


「あー、それあれだわ。旦那が前に言ってた奴らだ。アキバのブラックリストにでも入れられて流れてきたんかね」

「やっぱりね……。『会合』にも出てたんだけど、ギルの事が出ると反応してたからもしかしたらとか思ってたけど……。でもさ、そうなってる時点でギルの手の平の上だって事に気付かないもんかなぁ」

「ラグ、お前それは無理だろ」

「自分で答えるのもなんだけど、その通りよね。……最近のギルはどう? 相変わらず?」

「そうさなぁ……。〈ホネスティ〉の下部ギルドのギルマスの女の子が旦那にちょっかい出してて、それを目にしたうちのリグレットがちょっと積極的になって調査という名目のデートの約束取り付けてたり? まぁ、相変わらずだな」


 あの一件からちょくちょくシブヤに顔を出すようになった酒飲み友達を思い出す。シブヤビールをえらく気に入ったらしく、M・Dにアキバでも販売できないか交渉に精を出している。

 そうすると『シブヤビール改良プロジェクト』の筆頭研究員であるギルファーとの接点は自然と多くなり、それに目にして危機感を抱いたリグレットを筆頭とした面々がやや積極的になったのは〈S.D.F.〉内ではちょっとした大事件だったりする。


「ふ、ふーん……。〈ホネスティ〉の下部ギルドの女? はともかくだけど、あのクソ女は一度ぶちのめしてやらないと駄目みたいね」

「流石に隊長を襲撃されると俺らも動かざるを得ないからやめとけ、ラグ。うちとそっちで戦争をやるには早すぎる」

「わ、分かってるわよ。私の立ち位置で唯一不満があるところと言ったらそこよね。ギルと街中で会っても迂闊に会話できないんだもの」


 駄々をこねる子供の様に足をばたつかせる†ラグナロク†はようやく年相応の少女に見える。

 リカルドが〈大災害〉以降で後悔することがあるとすればそこだ。

 自分よりも年下の彼女に悪役を押し付けた。もっとも彼女からすれば押し付けられたのではなく自分で選んだ、と言うだろう。だが、それでも、


「なに馬鹿なこと考えてるのよ。そんなんだからドーテーなのよ、アンタ」

「……そのネタ引っ張るの止めない?」


 自分が何を考えていたかを察した†ラグナロク†が茶化してくる。こういうあたり、どうにも敵わないものだ、と月を見上げてため息をつく。


「うん、まぁなんだ。この件は旦那にも連絡入れとくわ。それで殆ど解決するだろうし。……そんで、二つ目ってなんだ?」

「んー、それがちょっと問題でね? うちのラチェットがハーフレイドのクエスト発見しちゃってさ。モンスターのレベル下限は八十五。上限はちょっと解らないけど、私たちの記憶じゃあ今まで無かったクエストだから〈大災害〉以降のだと思ってるんだけど」


 〈ノウアスフィアの開墾〉は新パッチである。今までの例に漏れず新パッチで新しいクエストが実装されるのは自明の理だ。そして下限レベルが八十五のクエストと言えば難関中の難関、現状では最高難度として設定されている筈であり、そこで得る事ができるアイテムは幻想級が含まれているだろう。もしかしたらレベルキャップ上昇に合わせて〈幻想級〉の一つ上のランクの物である可能性も否定できない。

 シブヤの自警などを行っていると言っても結局のところ〈大災害〉以降の戦闘を忌避しなかった〈冒険者〉なのだ。リカルドは僅かに逸る気持ちを抑えて†ラグナロク†へと言葉を投げかける。クリアを目指すとなれば例え最高難度であってもハーフレイドの人数ならば自前で集める事は出来るだろう。

 しかし〈ACT〉と共にとなると難しい話になる。〈S.D.F.〉と〈ACT〉は公然の敵対ギルドだからだ。

 実際問題、こうしてリカルドが†ラグナロク†と会っているという事を知っている〈S.D.F.〉のメンバーはこの看板を一緒に立ち上げたM・D、ライサンダー、ぱぷりか、推定有罪の四人だけ。

 それ以外のメンバーにとっては〈ACT〉は戦うべき相手であり、敵なのだ。それが間違いというわけではない。そう認識させているのだから、そう認識していて正解だ。

 だから、彼女の言っている事は。


「……それはつまり、攻略の手を貸せってのか?」

「そ。アキバやミナミの連中にかっさわれる前にね。ほら、うちの六人とそっちの五人にギル入れればちょうど十二人じゃない」


 つまり、そういう事だ。

 現状のシブヤを作り上げた十二人。

 シブヤの住人を騙し続けている十二人でハーフレイドを攻略しようと言っているのだ。


「……まぁ、ラグの頼みなら仕方ないか」


 片翼の天使ギルファーが如何なる存在であろうとも、そう簡単に〈冒険者〉と〈大地人〉が手を取り合う訳がない。ギルファーが行ったのは自分以外に興味を向けさせるという一点なのだから。

 一時的に持ち直したとしても、このままではシブヤはまた瓦解する。ギルファーを追うように〈S.D.F.〉と〈ACT〉が産声を上げたが、それでもこの街は廃墟となる。

 それは、駄目だ。そして、その十二人は一計を案じた。

 それは奇しくもアキバとイースタル領主会議が手を結んだのと同じもの。

 アキバはイースタル領主会議の参加中に偶発的に発生した『ゴブリン王の帰還』という〈冒険者〉と〈大地人〉の共通の敵が現れた事で手を取り合った事が出来たと言ってもいい。もちろんアキバの“腹ぐろ眼鏡”が『ゴブリン王の帰還』のクエストを巧みに誘導し〈大地人〉の危機感を煽り、そういう風に仕向けたという噂が無い訳ではない。だが、運が良かったというのが大方の見解である。

 一方でシブヤはそんな偶然を頼る余裕は無かった。そんなものを悠長に待っていたらこの街が崩壊していたからだ。

 だから〈冒険者〉と〈大地人〉にとって共通の悪を仕立て上げる道を選んだ。

 手を上げたのは〈ACT〉という旗を掲げていた六人。彼らはシブヤの街を守るために自ら悪役となり、PK以外の悪逆の限りを尽くした。〈冒険者〉と〈大地人〉の区別無く暴虐をもって支配しようとして見せた。シブヤという舞台にヒールが現れたのならば、構図としてベビーフェイスの出現は必然となる。そして、それを担う役を背負ったのが〈S.D.F.〉。

 すべてはたった十二人が描いた脚本の上に成り立つ街。それがシブヤの最大の秘密なのだ。

 もっとも、アキバのクラスティやシロエといった一部の傑物はシブヤの街の異常性に気付いていると思われる。

 なにせ、日陰とは言え悪行ギルドが大手を振って存在しているのはシブヤぐらいのものなのだからだ。日陰者に甘んじているとはいえ、市民権を得ているなんて事が他のプレイヤータウンでまかり通るはずがないのだから。

 誤算としてはそんな〈ACT〉の存在が〈リライズ〉や〈ブレーメン〉という悪性ギルドにも市民権を与えてしまったという事だ。だが、逆に彼らの存在によって〈S.D.F.〉の存在が支持されているというのも皮肉なものである。


「一応、時期としては天秤祭の後らへんかなって考えてるわ」

「……まぁ、そうだろうな。祭りの最中に関係の無い外野が動くと目立っちまうしな。祭りが終わって皆が皆祭りん中で何があったかを取りまとめてばたついてる時に行くのが一番いいだろ」

「そうね、日取りは時期は追って連絡するから。じゃ、私は先に帰るから放置プレイね、リカルド」


 そう口にして†ラグナロク†は腰を上げる。

 なんだかんだで、二人が帰るところはシブヤなのだ。一緒に仲良く帰るという脚本は無い。


「……そりゃいいけどさ。このゾーンさ、あと十五分で幽霊系モンスがポップするの知ってて言ってるんだよな?」

「当たり前でしょ」

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