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「はーい、お客さんの人数は揃ってますかー? そして、お手元にドリンクもオッケーですかー?」
シブヤの「ハンドレットナイン通り」に店を構える〈居酒屋白魚〉の宴会場に六十人近くの〈冒険者〉が集まっていた。
半分は〈S.D.F.〉と〈天使の家〉の〈冒険者〉で残りの半分は〈グッドファイス〉の面々である。
「えー、本日はですねー。片翼の天使ギルファー様とリカルドさんの奢りとなっておりまして。最初のメニューはこちらの方で用意させていただきましたけどー、この後はお品書きを見てごちゅーもんお願いしますねー。あとですねー、ドリンクの方も食事メニューの反対側に飲み放題のメニューがありますんでそちらから頼んでいただけますかねー」
あの後、熾烈や苛烈といった言葉が易しく見えるほどの合同訓練を終えた頃には空に星が出始めていた。
夜間行軍というのは日中のそれとは訳が違う。
もっとも、〈帰還呪文〉を使用すれば各自のホームへと帰ることは可能ではあったのだが、どうせならそう距離が離れていないシブヤで一泊していけばいいのではないか、との事から〈グッドファイス〉をシブヤへと招待する事となり、それならば同じ釜の飯を食べるのが最適だろうというギルファーの提案にリグレット、ルーシェの両者が同意し、その連絡を受けたリカルドが全力で手配を掛けた結果が今のこの状況である。
〈居酒屋白魚〉はシブヤではどこよりも先に大々的に「ビール」を売り出した飲食店だ。その名を「シブヤビール」と言い〈醸造職人〉が苦心して生み出した一品である。
元々あまり飲まない人物からは「すげぇ、ビールだ」。
嗜む程度の人からは「これはもう本物ですよ」。
一部の飲兵衛からは「本物ではない。これをビールと呼称するのは些か覚えが悪い。――が、それはそれとしてこれは良い物だ。三樽ほど届けておいてほしい。あぁ、金貨なら言い値で用意しよう」。
と、一定の評価を得ている代物であり、人気はかなり高い。〈居酒屋白魚〉はこの「シブヤビール」をシブヤ内の飲食店に卸してはいるが、飲み放題を実施しているが故にシブヤで随一の飲食店である。
それに、この店は店長は〈S.D.F.〉のM・Dだが、副店長には〈大地人〉が就いている。そして、店員は〈冒険者〉と〈大地人〉が入り乱れていて、シブヤという〈冒険者〉と〈大地人〉の垣根が無い街を具現するような店のために、常に人が集う店となっている。
「いーですかー? それでは! 〈冒険者〉の皆様! 私、不肖〈大地人〉のハナの乾杯の合図でお願いします。それではではっ! かーんぱーっい!」
少女が高らかに宣言をすると、応えるような乾杯の大合唱が響き、宴会場の空気を圧する。その圧を逃がすように開けられた襖から現れた〈大地人〉の店員がテーブル狭しと料理を配膳を始める。
テーブルには唐揚げやポテトフライ、枝豆に冷奴。シーザーサラダに出汁巻き卵、漬物。と、これでもかというレベルで居酒屋メニューが並ぶ。
そして、それを合図に宴会場の各テーブルでは歓談の花が咲く。
「やっぱさっきの連携って不味かったですよね」「〈アンカーハウル〉の〈中伝〉の巻物だれか余ってない? 譲って欲しいんだけど」「その装備ってシブヤの〈手作業〉品? うーん、可愛い……」「あの場所いろんなモンスター出てきて面白いな」「誰だ唐揚げにレモン掛けたの」「一気飲みは止めろ。急性アルコール中毒で神殿送りとか洒落ならん」「なぁなぁ〈S.D.F.〉の可愛い女の子紹介してくれよ。うち? 冗談言うなよ。うちに可愛い女なん――はい、スイマセン、ゴメンナサイ」「来週さ、馬術庭園とかでパーティ組まない?」「誰だって言ってんだ、唐揚げにレモン掛てんの」「アキバだと天秤祭関係ってもう盛り上がってるの?」「ソウ様最高に格好いいんだから!」「レイネシア姫やっぱあれすげー美人だよ。北欧系マジ北欧系」「正直なところさ、国数英理社の五教科って勉強しといたほうがよくないかな」「すだちだから、唐揚げに掛けてんの」「〈刀匠〉になりたいけどどうすればいいんだか……」「うわ、地元一緒じゃんか。麺屋天昇のラーメン食いてー」「フレ登録していい? おっけ、サンキュ」
話の内容は雑多であり、戦闘に関するものや趣味に関するもの、サブ職業についてやそれこそどうでもいいもの。ただ、共通しているのは皆が一様に笑顔という事だ。
それは、部活動の合宿が終了したときの開放感に近いものがある。
中・低レベルの〈冒険者〉は全体的に中学生から高校生程度の年齢層が一番多いため得てしてそういう空気になってしまうものだろう。(もっとも〈ホネスティ〉には十歳の〈冒険者〉がいるとの事だが現在のレベルは九十二らしく一概に年齢が低い事が中・低レベルというわけではないが)
少なくとも、合同訓練は互いに想定していた訓練を超えるものとなったのだからその開放感も肯ける。同じギルド内でも互いに切磋琢磨していくものだが、別のプレイヤータウンの別のギルドと共にとなれば格好悪いところを見せたくないのが人の心理であり、それが相乗効果で掛け合わされれば訓練の密度は高くなるのは必定だ。
それは実際に合同訓練を行った彼らだけではなく、結果として望んでいた以上のものを経験させる事が出来た引率側、リグレットやルーシェにとっても良い事だ。
「あっちの部屋は元気ッスねー」
「そりゃあ仕方ないでしょ、村雨丸さん。〈手料理〉で美味いもん食えるようになったって言ってもやっぱそれなりにあのレベルからすれば値は張るだろうし。それが食い放題飲み放題ってなればそりゃーもう。ご馳走様です、司令にギルさんって感じだ」
その様子を肴に宴会場から少し離れた個室では引率組、即ちリグレット、海里、コノハ、アキヨシ、影月、萬、村雨丸が腰を下ろしていた。
最初は彼らと同じ宴会場で、と考えていたがこういう席でまで引率の目を気にさせるのも無粋ではないかとの一言から別に部屋を用意した訳である。
「萬~? 自分の支払いは自分で用意しておいたほうがいいと思うけど」「へ? 今日は流石に司令の奢りだろ?」「いやいや、そんな事ありえないだろ。うちの司令が出すのは〈グッドファイス〉の人たちの分だろうし」「そうだな。そう気前良く払ってくれるならもっとモテてるって」「ですねー。まぁ、モテないのはそれだけじゃないわけですけど」「もっとも、ギルファー様なら私たちの分まで支払ってしまうのでしょうがそこまで甘えるわけにはいかないでしょう?」「ですね。ギルさんならさらっと全額負担してくれるでしょうけど、恋する乙女としてはギルさんにあまり迷惑かけたくないですしね!」「ち、ちが」「仕方ない。隊長の恋路の為にも自分の飲み食い分は支払うかー」「だ、だから!」「……恋する乙女ッスか?」「あぁ、簡単に言うとね村雨丸君。うちの隊長はギルさんに熱烈ぞっこんラブだから」「アキヨシ、貴方は死にたいのね? そうなのね? そう理解しました」
もっとも、彼らも引率者という重圧から開放されれば話の内容にそう差は出てこない。
それも当然の事でやはり全体的に〈冒険者〉の年齢層は低いことが関係している。〈S.D.F.〉内では「シブヤビール」の開発者であるM・Dが三十五歳を公言していて最年長となっており、次いでリカルドやリグレットらが続くが彼らも二十台半ばといった年齢だ。八番隊を除いてもっとも多いのが二十代前半。つまりちょうど大学生あたりの年齢となり、彼らは子供たちから見れば幾分大人だが、大人から見ればまだまだ子供という厄介な立ち位置だ。だが、逆に言えばそれは大人でありながら子供である事を許される黄金の時代でもあった。しかし、超高齢化社会だった向こうの世界に比べて圧倒的に『大人』の絶対数が少ないこの世界では大人でありながら子供でいられるなどと言う甘えは許されない。なぜなら、年齢層の低下に伴って大人と子供の境目の年齢が二十歳前後よりも低下しているからだ。大学生は既に大人の中核となっている実情がある。
そして、〈大地人〉の視線というものもある。彼らは彼らで〈冒険者〉を尊敬と同時に畏怖しているようで、シブヤではその視線も大分和らいできているがそれでも自分たちより上に見ている。そうなってくると結局「格好悪いところは見せらんねぇな」というところに落ち着く。結局のところ、それこそが〈S.D.F.〉というギルドの本質だ。
シブヤを守るのは自分たちの居場所ぐらいは守れないなんて単純に格好悪いからだ。たった一人の男に全てを背負わせるなんて、格好悪くて涙が出てくる。
だから、守る。自分たちの居場所を。そしてそれは自分が所属するギルドだけで完結しない。例えば隣のギルドハウス。例えば向かいの〈大地人〉の店。例えば食料を売りに来る〈大地人〉の行商人。例えば知己の〈冒険者〉。そうやって自分たちの居場所を確認した結果、シブヤの街そのものを居場所と定め、ギルドに所属する事のなかった男が立ち上げたギルドこそが即ち〈Shibuya.Defence.Force.〉。
例えそれが自称であれ、口にした時点でそれを背負う覚悟があるということだ。もちろんその旗に集ったギルドメンバーもそこに至った経緯はどうあれ志を同じくする。
「宴会場にビールをピッチャーで四つ追加ですー」「テツさん、唐揚げと刺身持ってってー」「追加オーダーでもちもち五味ピッツァ七枚でーす」「ハナちゃーん? 魚焦げてんだけどなー?」「あれあれ? だって焦げたほうがおいしくないですか!?」「どんな理屈だ! なんでハナちゃんは料理人スキル高いのにダメな子なんだ!」「大個室にポテトサラダ五人前追加ー」「バーズ君、在庫確認行ってきてくれー。えぇい〈冒険者〉の胃袋はどうなってんだ!」「なぁに、まだまだ序の口だぜ副店長。ピークはあと一時間後だ。……マユちゃんとクリアちゃんに応援頼んだほうがいいかもしれんね」
そうして〈大災害〉から活動を続けてきた結果の一つがこの店の厨房なのだ。
■
今回〈居酒屋白魚〉で借りた部屋は全部で三つ。
中・低レベル組が使う宴会場。引率組が使う大個室。
そして、最後の一つが主に会談や商談、様々な取決めなどに用いられるVIP室だ。
「今回はこのような席を用意していただきありがとうございます」
「なに、気にすることはないさルーシェ嬢。私としては皆が笑いあえる世界ならばそれで良い」
「そーいうこった。こういうバカ騒ぎの為だけに俺らは生きてるようなもんだしな。生きててくれてありがとう、なんてフレーズは今時流行んねぇぜ」
そのVIP室の席についているのは〈S.D.F.〉のギルドマスターリカルドに〈天使の家〉のギルドマスター片翼の天使ギルファー。〈グッドファイス〉のギルドマスタールーシェの三人だ。
彼ら三人もまた、引率組と同じ理由で彼らから離れて食事をしている。
「……でも、大丈夫なんですか? ギルファーさんのギルドってこう言っちゃなんだけど零細というか弱小というか。総勢五人のギルドで九十以上がギルファーさん一人なんでしょ? お金の余裕って正直あんまり無いんじゃ」
並べられた料理に舌鼓を打ちながらルーシェは自分たちギルドの食事分は出しますよ、と続けた。
「私たちのホームに招待したのだから、今回のホストは私たちだルーシェ嬢。気持ちだけ有難く受け取っておこう。君は優しいな」
「いえいえ、優しいとかそんな」
金貨はモンスターを倒せばほぼ無制限に手に入れることが出来るといってもそれは無限に持っているというわけではない。
ダムに幾ら水が貯められていようが水道の蛇口を全開にしても一度に汲みだせる水量に限度があるのと一緒だ。それでも、九十レベルを抱えているようなギルドや生産特化ギルドならば蛇口の数を増やす事で多量の金額を生み出すこともできるだろう。
「気にする事ねーってことよ、ルーシェ。ロデの旦那とかヴァンヴォエールとかのアキバの生産系ギルドに素材アイテム売り払っててギルの旦那は案外金持ってっから。それに、ギルの旦那の言葉は少なくともシブヤのこっち側じゃ絶対だ。旦那が払うってんならありがたく受け取っておけって。……まぁ、代わりと言っちゃなんだけどよ」
あんたの意見が聞きたいと前置き、やや真面目な面持ちとなったリカルドはギルファーに一度だけ目配せをして次の言葉を紡ぐ。
「モンスターのリポップの仕組みってどう思う?」
「リポップ……ですか?」
それは、ゲーム上で当然のように行われるシステムだ。
モンスターを倒した数だけ、モンスターの総数が減るというのならばこの世界に恐らくモンスターは存在しないだろう。オフラインのゲームならばそういうゲームもありかとも思えるがオンラインゲームでそんな事をしてしまえば新規参入プレイヤーは見込めない。もちろん、期間限定やイベント限定などのハイエンドコンテンツなど様々な例外は存在する。
それでも、今のリカルドが口にしたのは通常ゾーンの雑魚モンスター事だ。それがリポップしないなんて事はありえない。そんな事例をルーシェは聞いた事がない。
「うーん……〈エルダー・テイル〉においてはそう設定されているからリポップされるんじゃないの? だってほら、モンスターは絶滅しました、じゃ終わりでしょ?」
「いや、それはそうだ。……じゃなくてだなぁ。言葉が悪かったか。リポップするモンスターってどうやって決まってると思う?」
「どうって……」
そんな事を考えたことはなかった。そういうものだと思っていたからそういうものだと認識していた。
言うなれば蛇口なんかと同じだ。蛇口を捻れば水が出る。これはそういうものだと知っているからであり、蛇口を捻ればどうして水が出るのかまでは知らない。なぜなら、それはその道に進まない限りは別に知る必要がなかったからだ。
そこに彼らは踏み込もうとしている。
「俺たちはまぁ、シブヤ近辺のゾーンのモンスターの生態調査みたいなのをやってるわけなんだけどな。最近……というか、ザントリーフの一件でゴブリン王が戴冠してからこっちゴブリン系のモンスターの平均レベルが上がってきてる傾向にあるわけさ。今日の結果もそんな感じだ」
「そうだな。過去の資料と照らし合わせてはいないが、ざっと見たところでモンスター全体の平均レベルで一ないし二。ゴブリン族に限れば三ないし四程度の上げ幅といったところか。私が確認した中ではコノハ嬢が間引いた中に平均プラス七のモンスターがいた筈だ」
「えっと、それはつまりどういうこと?」
ルーシェは二人が言おうとしている事を薄々理解した。そして同時に背中になにか寒いものを感じる。それは〈大災害〉以降に何度も経験した『自分が知っている世界』が少しずつ音を立てて崩れていく感覚だ。
「例えばの話だルーシェ嬢。レベル二十のモンスターしか出現しないゾーンがあるとする。そこでは幾らモンスターを屠ろうとも新たに現れるのは屠った数だけのレベル二十のモンスターだ。だがしかし、そこで何らかの方法で経験値を得て力を蓄えたレベル二十一のモンスター、仮にハイモンスターと呼ぼう。彼が現れた。そのハイモンスターが倒された場合、彼の穴埋めに出現するモンスターはレベル二十なのかハイモンスターなのかという事だ。前者ならばそういうシステムがあるのだろう。このゾーンでは設定されたレベル・種別のモンスターしか出現しない、と。それならばなんら問題は無い。――だが、後者である場合は問題だ」
「倒されたモンスターと同じレベルのモンスターがリポップするってシステムだった場合だ。そんなシステムだった場合はさ。敵のレベルが上がっちまったら終わりさ。モンスターも〈冒険者〉と同じ力を得たって事だろ? レベルを上げて、死んでもそれを引き継いでリポップするってことはさ」
確かに、それはその通りだ。それはこの世界で〈冒険者〉だけに許された特権だ。そして〈冒険者〉を〈冒険者〉足らしめている特権でもある。
もし、この世界で〈冒険者〉が幾ら強靭なステータスを誇ろうともHPゼロが『神殿送り』ではなく『本当の死』を与えるデスゲームになっていたとしたら今の自分はここにはいない。おそらく〈大災害〉から一週間以内に死んでいるか、そもそもアキバの街で引きこもっているだろう。同じように外へ出る〈冒険者〉事態が皆無になるはずだ。横行していたPK行為も激減していたはずだ。それだって殺しても生き返るから成立していたのだ。最近では幾百の死を経験すれば現実へと帰れるという〈望郷派〉なる宗教的な派閥が出来たとも聞くがそれとも違う話だ。
「恐怖だ。恐怖以外の何物でもない。今現在のゴブリン共が全体的に強くなってるのはゴブリン王が戴冠したからだろう。それはしょうがない。『ゴブリン王の帰還』はあの時の俺たちだけじゃ数が足りなかったってのもあったし、あんたらアキバの連中は足場作りにいっぱいいっぱいだっただろうしな」
「……数が足りなかった?」
「その言葉通りだよ、ルーシェ嬢。我々シブヤの〈冒険者〉は『ゴブリン王の帰還』の関連クエストをこなしていたという事だ」
リカルドの言葉を遮るようについ発した言葉への返答はギルファーからだった。
「そんな、まさか」
「そんなことで嘘をついて私たちに何の益があるというのだ。もっとも私たちとて積極的にゴブリン族を倒していたわけではないさ。近辺の村へ〈大地人〉を保護しに行った際にそこを襲おうとしていたゴブリン族と戦い、彼らの穴蔵を数か所潰しただけに過ぎない。流れを堰き止める事が出来なかった、という点では我々もアキバも大差ないだろう」
穴蔵。つまり彼らの巣穴を数か所潰すという程度ならば『ゴブリン王の帰還』一連の流れの中では確かに微々たるものだろう。ゲーム時代ならば同じようなクエストが数十は発布されその数だけのパーティが野山を駆け回りゴブリン族を倒して歩き、その流れのままにゴブリン王の討伐となっていた。
ゴブリン王の戴冠を防げなかったという点ではシブヤとアキバに違いはない。そうギルファーは口にした。
確かに結果だけで見ればその通りだが、その結果に至る道筋が全く違えば話は別だろう。
ルーシェは頭をガツンと叩かれる衝撃を味わう。
彼らは。
シブヤの街に住む彼らは、アキバの街に住む自分たちとはあらゆる点で違いすぎる、と。
『ゴブリン王の帰還』の時期はアキバでは〈円卓会議〉が設立して発明ラッシュの頃からだ。確かに、停滞していた街の空気は一気に加速してアキバは大きな流れの中にあった。そして、アキバの住人達はその全てが、と言っていい程にその流れに乗っていた。酔いしれていた。
その中に、シブヤの住人も含まれていると勝手に思い込んでいた。
未だにシブヤはアキバの下部組織と見ている〈冒険者〉も多い。シブヤはアキバの別荘だと揶揄する〈冒険者〉も多い。シブヤに残っている〈冒険者〉を見下すアキバの〈冒険者〉も多い。
けれど、それは間違いだと気付かされる。
どれだけ自分たちは上から目線で彼らを見ていたのか、と。
〈S.D.F.〉にしてもそうだ。〈ホネスティ〉の下部組織である自分たちが近寄れば接点を持てるだろうというのも大した驕りだ。
「まぁまぁ、過ぎた事を言っても始まらんだろ。終わった話はいいのさ。それに、あれは別に誰の責任でもねーさ。けどよ。戴冠によって底上げされたレベルでゴブリン共のレベルが固定されたら終わりだ。もし、ゴブリン王が討たれたとしても訓練っつー手段を得たゴブリン共がそれを継続していったらどうする? 俺たちはいいさ。モンスターのレベルが高くなれば得られる総経験値も上がるしな。正直、同じレベルのゴブリンぐらいならどうにでもなるだろ。最悪殺されても殺しかえせばいいだけだ。でもな〈大地人〉は終わりだ。どうしようもない。抗う術が無い」
「でも、それは……」
「あり得ない、なんて答えはねーのよルーシェ。その言葉を使いたかったらこの現状を否定する事から始めないと駄目だろ、やっぱ。『〈エルダー・テイル〉に迷い込むなんて事はあり得ない。あり得ない事が起きた以上はあり得ないなんて事はあり得ない。だから、この世界の全てを疑うべきだ』そこの天使の言葉な。――それでさ。モンスターのリポップについてどう思う?」
ルーシェは思考を巡らせる。
あまりにも、大きすぎて爆発しそうだ。けれど、これはもしかしたら世界全てを揺るがす問題足りえる。
「……私だけじゃ判断は出来ないけど。確かにリカルドの言う『モンスターの〈冒険者〉化』も一理あるって思う……かな。この話は上に話してもいいの?」
「あぁ。大まかな傾向として〈円卓会議〉の方には話してるからかまわねぇよ。……いいか、俺らはシブヤしか守らねぇ。アキバはあんたらアキバの住人で守れ。分かってるとは思うけどここでいうアキバってのはアキバの街だけじゃねぇぞ? アキバがアキバであるために必要なもの全て、だ。その為の情報なんざ幾らでもくれてやるさ」
そう口にするリカルドの眼には確かな光が灯っている。それは今までシブヤの街を守ってきたという自負だ。
強い。強い光だ。
「さて、難しい話はこれぐらいで良いだろう。ルーシェ嬢の望みもほぼ叶ったと言えるだろうし、これ以上こんな話をしていては料理が冷めきってしまう。それは料理に対する冒涜だ」
「だな。残すとM・Dの奴うるせーし」
話はここで終わりだ、と重くなっていた空気を掻き消して食事を始める二人を目の前にしたルーシェは敵わないな、と小さく呟きを漏らして彼らに倣って料理に舌鼓を打った。