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「あー、やっぱ先客ッスよ先輩」

「うーん、そりゃまぁここは今思えば昔から良い狩場だったしねぇ。先客がいるのはしょうがないでしょ」


 自分の前を歩いていた後輩、村雨丸にそう返しながら茂みから一歩踏み出してぐるりと周囲を見渡す。

 休憩中なのか、先ほどまで戦闘音を響かせていたと思われるパーティがそのパーティ毎に分かれて地面に腰を下ろしポーションなどの回復薬や、サンドウィッチのような軽食を口に運んでいるのが見て取れる。その装備から、ステータスを見るまでも無く中級レベルの〈冒険者〉だと判断できた。そして、その各グループに一人ないし二人いる自分と同レベル――九十レベルの〈冒険者〉の姿も確認する。

 自分のところの諜報部門も中々どうして捨てたものじゃないな、と感心の吐息を一つ漏らす。


「とりあえず私たちは貴方達の敵じゃない。だから、ひとまずは話がしたいんだけどリーダーは誰?」


 村雨丸の前に一歩出ることで自分がこちら側のリーダーである事を示しながら、両手の平をひらひらと上げてこちらに敵意が無いことを訴える。実際、こういったポーズを取っていても瞬時に攻撃に移れたりもするものだが、たとえ形だけでもこういうものは大事だ。

 自分が投げかけた言葉に相手方の視線は一組の男女に集まり、その女性の方が隣の男性へと視線を移した。


「うん、そこのお兄さんがリーダーでいいの?」

「――いや、私はその様な器ではない」


 完全なる否定の言葉に、え、とつい声が漏れる。

 ならば、と隣の女性に視線を向けて再度口を開こうとしたところで男性の言葉が続いた。


「確かに以前の私ならば皆を導き、天界へと続く天の階へと誘う事も可能だっただろう。なるほど、それならばこの集団の長として認識されるのも理解できる。しかし今の私は所詮、翼をもがれ天より堕ちた化性の類に過ぎん。こうして人の似姿を保ってはいるが、逆にそれが今の私の総てだ。ほら、こんなモノが人の上に立つリーダーである筈が無かろう?」


 確かに。

 いや、何が確かなのか解らないけれどこの男性は頭がおかしいということは理解した。おそらくはロールプレイヤーの類だろう。自分のギルドにも何人か所属しているがここまでの筋金入りはかなり稀少だと思う。彼に比べれば特長的な語尾をつけているだけでロールプレイだ、と公言する〈冒険者〉が薄く見える。


「何を言ってるんですか、ギルファー様。貴方以外にシブヤの皆から信任を得ている人などいないですよ」

「違うさ、リグレットさん。確かに私はシブヤの皆の耳目をよく集めている。だが、それは私が滑稽な程に道化に過ぎないからだ。人は常に誰かを下に見る。その最下層に在るのが私であるというだけだよ」

「それこそ違います。少なくとも私たち〈S.D.F.〉の隊員(メンバー)はギルファー様に尊意を抱いています」


 だが、隣にいた彼女や周囲の彼の馴染みと思われる〈冒険者〉達は彼の特徴的な言動をまったくといっていいほどに意に介していない。慣れているとみるべきか、見てみぬ振りをしているとみるべきか。

 しかし、今はそんな事に意識を割いている状況ではない。男性と女性が交わす言葉を聞いて、さてどうしたものかと思案する。

 ロールプレイヤーの男性……ギルファーという人物はシブヤへと出入りしている〈冒険者〉からよく名を聞く人物の名と同じであり、〈大災害〉以前からシブヤをホームとしていた頭のおかしい電波系ロールプレイヤーだったはずだ。先ほどの言葉から察するに今現在もそれを貫き通しているようだ。

 そして、ギルファーの隣に立つ女性が口にした〈S.D.F.〉というギルド名はシブヤをホームとするソレだ。あの〈鉄壁〉リカルドをギルドマスターとする彼らはシブヤの街を自警し、現状ではシブヤの第一ギルドかそれに次ぐ存在。

 こちらが敵意を見せなければ襲い掛かってくることはないだろう。だからといって、楽観視は出来ない。

 〈大災害〉から結構な月日が経ったが、依然としてアキバとシブヤの関係性は曖昧だ。

 なにせ、シブヤからすればアキバは〈大災害〉直後に自分たちを見捨てた街だ。いや、見捨てたのではなく他人のことを考えている場合ではなかっただけではあるが、確固たる事実としてシブヤからアキバに移動してきた〈冒険者〉の数は多い。〈大災害〉当時から今もなおシブヤに残る〈冒険者〉からすれば自分達やプレイヤータウンを捨てたと取られてもおかしくは無い。


「……と、リグレットさんとの会話を楽しむのも悪くないが、客人を蔑ろにするのは〈道化師〉としては下の下か。私も修練が足りんな。

 ――大方の予想は付くが話を聞こう。私たちの敵ではないというのならば、君たちは自らをどう名乗るのかな? 〈グッドファイス〉のルーシェ嬢」


 この世界で自己紹介というものに価値は有れどその意味は薄い。基本的にステータスを見れば相手の名前がわかる。もっとも、情報を隠匿する類のマジックアイテムの存在もちらほら耳にするが。

 ただ、初対面である相手が自分の名前を呼んだのだから自分も同じ事をしても罰は当たるまいと、男性へと視線を向けて彼のステータスを想起させた。


「そうね、私は〈ホネスティ〉の下部ギルド〈グッドファイス〉のギルマスで、貴方達の同類」


 〈ホネスティ〉の名前が口から出たところで相手方の〈冒険者〉からどよめきが起きる。

 アキバをホームとする戦闘系ギルドの中では二番目の構成員数を誇るギルド〈ホネスティ〉。〈大災害〉後すぐは積極的に他の中小ギルドを取り込んでいったが構成員が七百名を越えた辺りから方針を変更した。あまりにも組織が大きくなりすぎると動きが鈍くなり、情報の伝達速度も遅くなる。それを嫌い〈ホネスティ〉を頭に据える形にして各分野ごとに外部ギルド化することにしたのだ。

 その外部ギルドの一つが〈グッドファイス〉。元〈ホネスティ〉の幹部であるルーシェがギルドマスターを務める教育系ギルドだ。


「そんなところが程よい着地点だと思うけど、期待に応えられたかしら?」


 そう口にしながら、相手の名前を読み取る。

 所属ギルド〈天使の家〉。

 名前――


「ギ……えっと、その……片翼の天使ギルファー……さん?」

「ギルファーと省略して構わないよ、ルーシェ嬢。どうやらこの世界の〈冒険者〉は私のフルネームを呼ぶのに些か抵抗があるようだからな」

「あぁ、いえ、そうですね。では、ギルファーさん、と。えぇ。そうではなくですね、私たちも貴方達と同じで中・低レベルの〈冒険者〉の戦闘訓練が目的なんです。まぁ、今回に限れば遠征もその一つではあるんですが」


 ギルファーは腕を組み、なるほど、と一つ呟きをもらした後に口を開く。


「では追加だ、ルーシェ嬢」

「追加?」


 何を追加するというのだろうか。何に追加するというのだろうか。その意図が汲み取れずつい鸚鵡返しに言葉が漏れる。


「そう、追加だよルーシェ嬢。君たちの目的に私たちと友誼を結ぶという内容を追加しよう」


 願ってもない。

 この世界では〈情報〉というものは莫大な価値を持っている。今現在のアキバでの情報媒体は新聞が関の山だ。得られる情報は限られ、その新聞を作り出すのも〈筆写師〉や〈小説家〉などといった生産系職業にしか大量生産の手間の関係で行えない。では、新聞でしか情報をやり取りできないかといえばそれは違う。

 言葉がある。

 アキバの伝説〈クレセントバーガー〉もその発想も然りだが、口コミによって生まれた伝説だ。その当時の〈冒険者〉が新しい情報に飢えていた、というのもあるだろう。現在でもアキバ内にはさまざまな噂が巡っている。

 曰く、〈記録の地平線〉の腹ぐろ眼鏡はロリコンだ。爆発しろ。

 曰く、βテスト時代のレシピが存在している。

 曰く、〈狂戦士〉クラスティはレイネシア姫といくとこまでいっている。爆発しろ。

 曰く、アキバのとある廃ビルには落ち武者がいる。

 曰く、ソウジロウはもういい。爆発しろ。

 曰く、〈一膳屋〉が醤油と味噌を作り上げた。

 など、心底どうでもいい情報から聞く人が聞けば重要なものまでその中身は多種多様だ。……殆どが僻みややっかみの類だ。健全だと思う。非常に健全だ。

 では、その言葉は相対した相手としか交わせないか、といえばそうではない。

 〈念話〉だ。

 フレンドリストに登録された相手と会話する事ができる言うなれば通話専用携帯電話だ。携帯電話なんだから通話専用の枕詞はおかしいと思うが、そう言われている以上仕方が無い。

 そして、それがそのまま中・低レベルと高・廃レベルの〈冒険者〉との情報量の差に繋がっていく。

 他のプレイヤータウンとの往来が難しくなっている以上、〈大災害〉以降に増えるフレンドは必然自分と同じプレイヤータウンを根城にする〈冒険者〉だ。それも悪い事ではないが、それはそれで一つの閉じた世界の中での広がりだ。たとえ違うギルドの〈冒険者〉であってもアキバという街の中である以上はその世界はある一定以上の広がりを見せない。

 今現在の異なる世界とはすなわち他のプレイヤータウンだ。

 〈クレセントバーガー〉の伝説は同じく〈円卓会議〉の一席に名を連ねる〈三ヶ月同盟〉のものだが、実際は〈記録の地平線〉のにゃん太という〈大災害〉時にはススキノに居た〈冒険者〉が持ち込んだ新手法――今では〈手料理〉などと呼ばれている技術によるものであり、それはつまり異なる世界から持ち込まれた技術だ。

 アキバとススキノに比べればシブヤとの距離は月とスッポンだ。それでも、アキバとシブヤで流れるルールは明確に異なっている。


「……悪い話ではないかな。そっちの〈S.D.F.〉のお姉さんもそれでいいかしら?」

「はい、私たちの方に異論は。司令に報告はしますが二つ返事でしょうし」


 今回の自分たちの任務は確かに低レベルの〈冒険者〉の戦闘訓練と遠征は目的ではある。ただ、それだけが目的ではなく、どちらかと言えばそれは偽装だ。

 〈狂戦士〉や〈黒剣〉のように攻撃力に特化した〈守護戦士〉ではないものの、こと防御においてはその二人を遥かに凌ぐとされる〈守護戦士〉リカルド。戦闘を終結させる力で見てみれば圧倒的に劣るとされるがその実力は本物だ。

 そんな彼の結成した〈S.D.F.〉との接触と接点の構築。そうする事で〈ホネスティ〉の屋台骨を補強するのが目的だ。

 アキバの戦闘系ギルドは〈D.D.D〉に〈黒剣騎士団〉、〈西風の旅団〉と各々のギルドマスターの知名度は非常に高い。それに比べると〈ホネスティ〉のギルドマスターであるアインスはやや知名度に劣る。もちろん〈大災害〉以前から今日までの功績では彼ら三人に負けずとも劣らない。

 アインス自身は別段気にした素振りを見せないし、実際問題まったく気にしていないだろう。彼はそういう人間だ。

 だが、ギルドメンバーが気にしないか、と言えばそうではない。

 この辺りが複雑なところだ。

 自分たちが低く見られるのは構わないが、自分たちのリーダーであるアインスが地味だなんだと噂されるのは納得がいかない。そういった集団が〈ホネスティ〉なのだ。


「ありがとう、リグレットさん。それじゃあ、どうします? 友誼を結ぶって言っても……」

「なに、簡単だ。可能性を秘めた魂の輝き(スピリチュアルカラー)を持つ者達はランダムでパーティを決めればいい。轡を並べて戦えば自然と友愛は結ばれよう」

「えー……はい、はい。言いたい事はわかりました」

「そうですね、人数も同じ程度ですし半分半分の構成でいいかと。海里、アキヨシ、影月はパーティの編成を。コノハ、萬は先ほどと同じで動いてください」


 片翼の天使ギルファーの濃さにやや圧倒されていたが、目の前できびきびと指示を出す女性――リグレットもアキバでそれなりの有名人だ。知名度で言えば〈円卓会議〉参加ギルドの幹部と同程度だろう。

 だが〈大災害〉以前の記憶ではリグレット(その名前)は〈シルバーソード〉の所属だったと思う。〈ホネスティ〉らと並び、レイドコンテンツを先頭で駆け抜けたギルド。〈戦乙女〉というパーティ内の男性キャラを鼓舞するレアなサブ職業だったのでよく覚えている。〈円卓会議〉への参加を断り、ススキノ方面へと向かった際にギルドから離れたものもいる、と聞いてはいたがその一人だろう。

 一体、〈S.D.F.〉にはどれだけの人材が集まっているのだろうか。

 少なくとも組織的、計画的に低レベル〈冒険者〉の訓練を行うだけの余裕があることは伺える。そんなギルドがアキバにどれほどあるのだろうか。


「――それじゃ、村雨丸。うちの方もパーティを編成して。さ、〈S.D.F.〉と〈天使の家〉の皆にに負けないように頑張りなさい」


 やっぱりシブヤとは積極的に交流を持つべきね、と心の中で思う。


「駄目だ」


 否定された。


「その在り方では駄目だルーシェ嬢。今一度言おう。〈S.D.F.〉も〈グッドファイス〉の皆もよく聞いてくれ」


 ギルファーが屹立した二メートルほどの岩の上に飛び乗る。

 その行動につい視線が向く。


「頑張るとは魂を逆回転させる行い。逆回転とは即ち負の感情を魂へと注ぐ暴挙だ。それでは駄目だ。一応は魂も回転させよう。一応の結果も出よう。だが、無理に回転させれば魂が壊れるのもまた道理。それ故に、頑張るとは魂持つ者として控えるべき事柄だ。

 魂に注ぐべきは正の感情だ。喜び楽しむ。――つまり、笑う事。世界に喜びを見出し、楽しさで笑う。それこそが魂の輝き(スピリチュアルカラー)を高める最良の方法なのだから。なに、自分一人では無理だと言うのならば私を頼るといい。〈道化師〉とは人を笑わせるために世界に価値を認められているのだから。

 ――さぁ、魂の修錬を始めよう」

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