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重ねる

 初めて間引きに関わる、生まれ変わりの怪談を読んだ時、僕はその話にとても惹かれた。どうしてなのかは、自分でも分からなかった。その怪談の大まかな筋は、以下のようなものだった。


 貧乏なあまり、生まれてきた子供を殺し続けた夫婦がいた。しばらくが過ぎて、少し裕福になり、ようやくその夫婦には子供を養う余裕が生まれ、子供を育て始めた。ある晩、子供をおんぶして夫が歩いていると、突然に子供がこんな事を言う。

 「おとうが、わしを殺した夜も、ちょうどこんな月だったね」

 夫は僧侶になった。


 その話を学校の先生に話すと、「昔は、そういう事がよくあったみたいだね」と、そう言った。もちろん、よくあったというのは、怪談の部分じゃない。貧乏なあまり子供を殺してしまう、という部分だ。

 「ちょっと内容は違うけど、累って有名な怪談もあるよ。江戸時代の頃は、なんと人口がほとんど増えていないらしいのだけど、それはそれほど多く子供の間引きが行われていたって事でもある」

 その時、僕がどんな表情をしていたのかは分からないけど、先生はそう言い終った後で少しだけ慌てた素振りを見せた。いや、僕の表情の所為なんかじゃなくて、子供に語るべき話じゃないと思ったからなのかもしれないけど。先生は、それから続けてこんな事を言ってきた。

 「いや、もちろんそれは、それだけ時代が厳しかったからだよ? 恐らくは、食糧生産が追いつかなかったのだね。もしかしたら、江戸時代、社会は深刻な人口増加と食糧問題の矛盾を抱えていたのかもしれない」

 「なんですか、それは?」

 僕がそう質問をすると、先生はまた説明をした。

 「人口はねずみ算的に増えるけど、食糧は加算的にしか増えない。それで、人口増加が制限されていたのかもしれないって話だよ。平たく言うと、あまり食べ物を生産できなかったから、人口を増やせなかった。結果的に、間引きなんかも行われていたって事だ。

 実は今のアフリカは、似たような問題を抱えているかもしれない、と言われているのだけどね」

 僕はそれを聞き終えた時、自然とこう言っていた。自分でも無意識に、口を開いていたんだ。

 「それって、お年寄りの人達は、全く無事だったのですか?」

 多分、子供がそんな扱いを受けていたのなら、お年寄りだって、とそう思ったのじゃないかと思う。すると、先生は、

 「もちろん、お年寄りにだって、同じ様な話があるよ。姥捨て山とかって聞いた事がないかい? 口減らしの為に、お婆ちゃんを山に捨てるって話だ。

 厳しい時代では、社会において、弱い存在が犠牲になっていたって事なのかもしれない。生き残らせるのなら、働き手を残すしかないから、仕方ない話だけど」

 と、そう教えてくれた。

 ――仕方ない話だけど。僕はその時、何故かその言葉を心の中で反復した。


 いつの頃からだろう?

 時々、同じ夢を見る。こんな夢だ。


 押入れに隠れていた。

 遊んでいたんだ。暗闇が心地良かった。そのうちに物音がした。わずかに開いている押入れの戸の隙間。そこに目を当ててみると、外にお爺ちゃんがいるのが見えた。もう一人誰かがいるよう。お爺ちゃんはその誰かと話していて、そして水を飲んだ。それから、それから……

 その先は覚えていない。

 起きたら忘れてしまうのか、それとも本当にその先がないのかは分からない。だけど、何か妙な感触がある事だけは確かだ。重い、感じが。

 僕はそれを悪夢だと思っている。


 僕には、子供の頃、お爺ちゃんがいたらしい。一緒に住んでいたのだとか。だけど、僕はほとんどお爺ちゃんを覚えていない。そして、僕の家には父親もいない。僕が小さな頃に死んでしまった。お爺ちゃんの記憶は少しはあるけど、父親の記憶は全くない。

 そんな事情だったから、お母さんが、女手一つで僕を育ててくれた。それが、どれだけ大変な事だったのか、子供の自分にでもよく分かった。だから僕は、お母さんにとても感謝している。だけどお母さんは、僕が感謝するのを、そんなに喜ばない。


 ……どうしてなのだろう?


 少子化。高齢化社会。

 他の先進国でも問題になっているけど、日本は特に深刻らしい。僕はそれに無関心だった。少しずつ年を重ねて、その意味を理解できるようになっても、特に気にしてはこなかったんだ。だけど、ある日にそのニュースを知って、変わった。

 介護疲れによる殺人。

 それがそのニュースの内容だった。そして、高齢化社会について少し考えるようになった。昔。江戸時代の頃。食糧の生産量が足らなかったから、人口を増やす事ができなかった。それで子供がたくさん死んだ。殺されもした。それは、間引きに纏わる怪談なんかに痕跡として残っている。調べてみると、その頃は子供は半ば人間として扱われていなかったらしい。だから、怪談の中に登場する夫婦は、子供を殺していても捕まったりはしなかった(犯罪だったかどかはまでは、分からない)。もちろん、罪悪感はあったようだから、それが悪い事だという認識はあったのだろうけど… それはそれでも、現代の倫理観と照らし合わせて観れば、かなり異なっている。

 つまり、時代によって、その社会がどんな環境にあるかによって、人間の倫理観というものは変わってしまうんだ。

 介護疲れによる殺人のニュースは、殺人犯に対しての同情のような雰囲気を匂わせているように僕には思えた。もしかしたら、僕の気のせいかもしれないけれど。

 高齢化社会。

 このまま時代が突き進んでいくと、僕らの社会の倫理観はどうなるのだろう? よほど徹底した対策を国が立てなければ、恐らくこういった事件が増えていく事は避けられないのだと思う。なら…


 後もう少しで高校を卒業するという頃になって、母親の体調が慢性的に悪くなり始めた。今までの過労が祟っただけ。少し休めば回復すると思っていたのだけど、お母さんの体調は回復をしなかった。そして、大きな病院で検査を行って、お母さんが、重い不治の病に侵されている事が判明したのだった。

 僕は進学する事を諦め、働き始める道を選んだ。もちろん、お母さんの医療費を稼がなくてはならないからだ。

 今まで、さんざん苦労をかけてきたんだ。恩返しをしなくちゃならないだろう。僕にはそんな思いがあった。けど。

 「あなたはそんな無理をしなくて良いのよ」

 お母さんから出てきた台詞は、そんなものだった。

 「放っておくなんて事が、できるはずないだろう?」

 僕は半ば呆れながら、そう返した。照れ隠しのつもりで、世間体だとか社会の常識だとかいった事を匂わしたつもりだったけど、もちろん、お母さんを本気で心配していた。だから、少し怒ってもいた。

 これくらいは、息子に甘えて欲しかったのかもしれない。

 僕がそんな生き方を選んだ事について、お母さんは本心では喜んでくれていると僕は思っていた。でも、お母さんは、それを喜ばなかった。いや、その言い方は正確じゃないかもしれない。喜んでもいたけど、自分の息子の負担になりたくない、という思いの方が強かったんだ。

 お母さんはよくこんな事を言った。

 「私は、あなたに、そんな無理をさせるような人間じゃないのよ」

 とか。

 「こんなに寝てばかりいて、申し訳なくって…」

 とか。

 そしてそれは、どうやら本音のようだった。


 ある日、そんなお母さんが自殺をした。

 病室で、首を吊っていたのだ。遺書には、病苦から逃れたかったから、とだけ書かれてあった。息子の負担になりたくなかった、とは一言も書かれてなかったけど、恐らく、それは僕に罪の意識を抱かせない為だろう。

 僕の人生は、それで空虚になった。

 誰もいない家。本当に誰もいなくなってしまった家。

 僕は生き方をなくしていた。

 その誰もいない家で考えた。どうして、お母さんはあんなに頑なに、自分を否定したがったのだろう?

 考えるうちに、僕はあの夢を思い出した。押入れの中から見た光景。もしも、あの続きがあったのなら……。


 なんとなく、僕は押入れの中に入ってみた。

 膝を抱えて目を閉じる。夢の中で僕は、ちょうどこんな感じで座っていたんだ。身体が大きくなってしまったから、今はかなり窮屈だけど。

 そのうちに眠くなってきた。

 うとうととしていると、しばらくが経って物音が聞こえた。夢の中と同じだった。ただ一つ違う点があるとするのなら、それは僕が成長しているという事だろうか。

 押入れの隙間。

 僕はそこに目を当ててみた。

 お爺ちゃんがいた。僕は目を大きくする。本当に夢と同じだ。お爺ちゃんは誰かと話していた。声が聞こえてくる。

 「お父さん。だから、お願い…」

 お爺ちゃんはそれから、その誰かから薬と水を受け取っていた。お爺ちゃんはゆっくりと頷くと、それを飲んだ。そしてそれから、いつから吊るしてあったのか、輪を結んだ縄に手をかけた。首を入れる。

 僕は驚いて、押入れの戸を開けた。

 「待って!」

 そう叫ぶ。お爺ちゃんと、そして横にいたお母さんは、僕を見るととても驚いた顔を見せ、そしてその後で直ぐに消えてしまった。僕はしばらくその場に立ち尽くした。

 部屋は、いつの間にか暗くなっていて、陽が沈んでいた。

 不意に背後で声がした。

 「あなたにだけは、知られたくなかった……」

 それは間違いなくお母さんの声だった。

 僕は振り返る事ができなかった。

 「そう。私は、お父さんに頼んで死んでもらった。あなたの父親が死んで、とてもじゃないけど、生活していく事ができなかったから。お爺ちゃんが負担になったから。

 私は、人殺しなの」

 声はそう続けた。

 「だけど、だから私は何度も言った。私はあなたの負担になるような人間じゃないのよ、と」

 僕はこう返した。

 「そんな事ない。それは、お母さんの所為じゃない。お母さん。僕はあなたに死んで欲しくなかった」

 しばらくの間があった。

 そして、完全に部屋が暗闇に染まる直前くらいに、お母さんはこう言った。


 「ありがとう」


 それから静寂が訪れた。

 僕は部屋の電灯を点けた。明るくなった部屋には、誰の気配もなかった。その部屋の中で僕は考えた。

 もし仮に、これから結婚して僕に子供ができるとしよう。歳を取って、僕自身が子供の負担になったその時に、僕は子供の為に死ぬ事ができるのだろうか?


 お爺ちゃんのいた位置に立ち、その影と思いを、僕は自分自身に重ねてみた。

前に投稿した”かさね”ってホラーに理屈を加え、それに合わせて筋や設定を変えて書き直したものです。

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