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オルフェウスの帰還  作者: 望都 光雄
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審問と謁見

やがて二人は難なく宮殿の入り口に辿り着いた。

以前と変わりなく、黒く厳めしい門扉の両側にもケルベロスが徘徊していたが、

恋人たちの姿を認めると、尻尾を振りつつ、お座りをして二人を出迎えた。

扉を開けると、其所には漆黒の闇があるばかりである。

オルフェウスの記憶では、緋色の絨毯が敷かれていて、

両側には燭台の列が続き、煌々と灯りが灯り、その灯りに照らされた玉座に

ハーデースとペルセポネーが座っているはずであった。

恐る恐る足を踏み出してみると、どうやらその先に奈落の底が

口を開いて待っているわけでもなさそうである。

オルフェウスは、離ればなれにならないように、

ユリディースの手を固く握り締めると歩き始めた。

道なき道を行く、というよりは、二人の進むところが道となった。

実は、この闇の内には多くの魂がひしめき合い、恋人たちの姿を注視していた。

ユリディースだけが、このことに気付いていた。

魂の眼差し、とりわけ男たちのそれは、肉体を持たぬが故に尚更、

ユリディースの軀にまとわりつき、宙吊りとなった達成されることのない欲情が、

彼女にすがり付いた。

「あなたが歩めば道はできる。先を急ぎましょう。」

オルフェウスは、ユリディースに背を押され、足早に先へと進んだ。

その刹那、天上より一筋の光が差し込み、二人を照らした。

木槌を叩く音が闇に響く。

咳払いの後、嗄れた声が、正面より聞こえてきた。

「此れより、審問を始める。罪状を読み上げよ。」

「汝、オルフェウス。冥界より生還せし後、オルフェウス教なるものを唱えたり。

この説くところによれば、霊魂は不滅なるものにして、肉体は仮の宿りと説く。

よって、霊魂は微かなる前世の記憶を留めながらも

新たな肉体において輪廻転生するという。

罪はそれを説いたことに非ず。

死せる伴侶、ユリディースを引き合いに出し、前世の記憶を保持したまま、

冥界より生の世界に蘇る秘儀を広言せしことなり。

この秘儀を手に入れようとする者たちは、地上での欲望を諦め、

精進潔斎せし為、かつて活気に満ち溢れ、様々な物語を産みし地上は生気を失い、

人間劇場を支持せし、神々もまた、愉しからず。

地上の灯を消し、冥界の如くに為した罪は軽からず。」

この法官の言動は、オルフェウスに自らが教祖となった教団の迫害の場を思い出させた。

彼の中で封印されていた記憶が鎌首をもたげた。

オルフェウスは、姿の見えぬ法官に向かって問い掛けた。

「我が与えられし罰は如何なるものにごさいましょうや?」

その時、更なる高みから、法官たちの事務的にして、無味乾燥な言葉をはね除け、

ハーデースの威厳ある声が(いかずち)の如く落ちてきた。

「汝に罪はない!黒い陰気な法服を纏った法官など、わしはこの場に呼んだ憶えはない。

地上が暗くなり、冥界が明るくなろうと、何の差し障りがある。

汝ら法官もこの冥界の住人ではないか!

堅苦しい議論は抜きにして己の観覧席に戻るがよい!」

(やが)て法廷の厳粛な気配が消えて、蝋燭の炎が辺りを照らし出した。

正面に玉座が現れ、王、ハーデースと后、ペルセポネーが姿を見せた。

王と后に対して、二人はその場に膝まずいた。

「そこなる若人よ。何用でここに参った?

ここは生者が徘徊する世界ではない。何故じゃ?」

オルフェウスは、顔を俯けたまま応えた。

「正直に申し上げると、それは私にもわかりません。

目覚めたら、この地に居りましたる次第で。」

「自ら望んでこの地にきたのではないと?」

ハーデースは、ユリディースに目配せしながら問い質した。

「この人は、私を地上に連れ帰る為にやって来たのです。」

「アケロンの河をよく渡れたものよのう。」

「王よ。この男は生者の身で在りながら忘却もせず河を渡り、

大胆にも死者を地上に連れ帰るという禁忌を犯す、他に例のない罪人にございますぞ。」

「こやつを渡した河守も重罪に値しますな。」

法官たちの性懲りのない発言に、再びハーデースが怒った。

「法官どもは黙っておれ、この世界で魂を裁く権利を持つのは、わしだけじゃ。

つべこべぬかすなら、この場から摘まみ出すぞ!」

一転して、穏やかな声音で王は、再び、オルフェウスに話し掛けた。

「それにしても忘却の河の渡し守はわしが信頼しておる忠義者じゃ。

如何にして彼を説得したのか?」

「それは。」と又もユリディースが応えようすると、后のペルセポネーが口を挟んだ。

「そなたは黙っておれ。王はオルフェウスに尋ねておるのじゃ。」

その後、穏やかな口調で彼女はオルフェウスに声を掛けた。

「如何に説得したのじゃ?」オルフェウスは傍らの竪琴を手に取ると、

玉座の二人にこう言った。

「然らば、渡し守にその時聴かせた詩曲をこの場で披露致しましょう。」

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