ユリディースの独白
私が目覚めると、「一日の始まり」が始まる。
この一日は、永遠に終わらない。
死者に安息があるなどというのは、誰かがでっち上げた冗談に違いない。
忘却の河を渡ってしまった私には、生者が一時なりと我を忘れることができる
眠りが与えられていない。
肉体が滅び、魂だけとなった存在は、休みなき意識の運動を強要される。
それが地獄というものだ。
冥界の王ハーデースが赦せば、大概の人は、この意識の絶え間ない運動という責め苦を逃れ、
無へと還ってゆく。
私は、その無を恐れた。
無の代わりに永遠の繰り返しを切望した。
意識の運動だけではなく、幻影でも構わない、肉体の感触を求めた。
ついには、飽きたらず五感の全てを欲しがった。
私はハーデースとある取り引きをしてその全てを得た。
私は自らの思うがままのものを見、聞き、触り、味わう技を魂そのものに刻み込んだ。
より生者らしく振る舞う為に一時的に意識を無化する術をも
ハーデースより教えられ、会得していた。
私の意識が無化している間、此れがこの世界の「一日の終わり」なのだ。
偽りの眠りから目覚めた私が始めに行う行為は、肉体の感触を、
これも見えない手で確かめることだった。
生者の中には、すでに失なわれた四肢の記憶が、ある切っ掛けで突然甦り、
ない腕を伸ばしてものを掴もうとする幻影肢なる心の動きを生ずる者が居るらしいが、
差し詰め私は存在の全てが幻影肢といってよいのかもしれない。
寝台の上に起き上がった私は、まず、ブロンドの長い髪に触れてみる。
髪は朝の柔らかな光を含み黄金色に輝いている。
触れると程好い弾力としっとりとした潤いが不可視の指先を通じて魂をも潤す。
次いで指先はちんまりとしてはいるが鼻梁の高い鼻へ、
ニンフの誰もが羨む少し上唇の捲れ上がった薄紅の唇をなぞる。
唇から細長い首、こんもりと盛り上がった両の乳房、そのなだらかな丘から
柔らかな白い腹部、金色の豊かな茂みへと指を這わす。
その指そのものも幻影なのだが、私は更に指を愛しい男のものと思い込む。
永遠に繰り返される虚しき愛撫が、かつてこの世界で一度だけあった
愛しい人による愛撫に変わることを夢見ながら。