私、悪役令嬢でした。
良くある感じの悪役令嬢モノを書いてみました。
ある時、急に気がついた。
私は“悪役令嬢”なのだと――。
フォルティープレ侯爵家が令嬢エリザベート。
それが私。
濃い金色の髪と翡翠色の瞳の、割りと美人な方ではないかと思う容姿。
優しい両親と兄に、蝶よ花よと育てられ、大抵の我が儘は叶えられてきた。
そして、クリストフ第二王子殿下の婚約者でもある。
この国には公爵家が五つあるが、クリストフ殿下と釣り合う年齢の令嬢は一人しかおらず、既に第一王子殿下の婚約者であったため、家格は下がるが、四つある侯爵家の中から我が家が選ばれた。
八歳の頃に婚約者として顔を合わせ、今年で九年目だ。
クリストフ殿下はあまり感情を表に出す事の少ない方だが、政略による婚約とはいえ穏やかな関係を築けていると思っている。
話は変わるが、我が国では王侯貴族は十五歳になる年の春から十八歳になる年の冬まで、国立の学園に通わねばならない。
近年、その学園を舞台にした恋愛小説が令嬢たちの間で好まれている。
身分の低い令嬢が持ち前の明るさで高位貴族令息の心の闇を取り払い、恋仲になるというものだ。
とある一冊が大流行してから、主人公が低位貴族の庶子から成り上がるものや、王子や令息の婚約者から酷くいじめられるものなど、手を変え品を変え、似たような本がわんさと出版されている。
舞台化されているものもあり、中々盛況なようだ。
それはさておき、今年の春になって一つ下の学年に編入した令嬢がいる。
アストル男爵令嬢アンナ様。
小柄で愛らしい顔立ちの、庇護欲を掻き立てる雰囲気を持った令嬢だ。
庶子だが男爵家と関わらず平民として暮らしていたところを、身内にに不幸があったため急遽引き取られたそうだ。
そしてそのアンナ様だが、元平民だからなのか、非常に距離が近い。
誰に対しても近いのだが、特に位の高い殿方にはべったりということもあり、彼らの婚約者たちには煙たがられ、注意されているところを何度か見かけたことがある。
素直に聞き入れて態度を改めてくれれば良かったのだが、そういった様子は窺えず、令嬢たちの悪感情が少しずつ強まっている。
私も一度、高位貴族の務めとして彼女に注意をしに行ったのだが、恐い酷いそんなつもりじゃないのに、と泣いて走り去られてしまった。
それ以降は怯えさせるのも本意ではないので、なるべく近寄らないようにしている。
さて、話を冒頭に戻すのだが、アンナ様がクリストフ殿下と共にいるのを何度も見かけて、私は気がついた。
私は“悪役令嬢”だったのだと。
近年流行っていた小説はまさしく、予言の書であったのだと――。
「エリーは発想が柔軟だね」
そう言って、兄は穏やかな笑顔を浮かべたままティーカップに口を付けた。
「笑い事ではありませんのよ、ルーカスお兄様」
大変な事態に気付いてしまったと兄の部屋を訪れたのだが、真剣に取り合ってくれない兄に、私は頬を膨らませた。
そんな私の様子を見て笑う兄に、もう、と怒ってから、私もティーカップに口を付けた。
このままでは、小説のように追放や幽閉に処されたり、私だけならともかく、我が家が没落してしまうかもしれないというのに。
我が家が没落してしまったら、新たな統治者が決まるまで領民に迷惑がかかる。
すぐに後任が決まれば多少混乱する程度で済むだろうが、長く決まらずに、その間放置されてしまう事も有り得るだろう。
そうなれば流通も滞ってしまうから、民にとっては死活問題だ。
全くもって笑い事ではない。
「それで、その話は私以外にもしたのかい? クリストフ殿下には?」
「いいえ。まだ誰にも話しておりませんし、クリストフ殿下も、お見かけする時にはいつもアンナ様がいらっしゃるので、ここしばらくはお話どころか挨拶も出来ておりませんわ。遠くから会釈して、すぐにその場を離れておりますの」
不用意に近づいてアンナ様に泣かれても困るので、離れた場所からクリストフ殿下を少し眺める程度だ。
「そうか。それだときっと、大荒れだろうな」
「ええ、大荒れほどではありませんが、学園内は少々荒んだ雰囲気ですわね」
天井を仰ぐ兄に、頷きを返す。
急に話の方向が変わったように思えたが、昔から賢い兄の思考は理解出来ない事も多かったので、あまり気にしない事にしている。
「エリー……。……いや、いい……。学園がそんな状態なのなら、件の令嬢と距離を取るのは間違っていないね。あとはなるべく誰かと行動するんだよ。出来れば常に。周りに人がいない状況で一人きりになってはいけないよ」
「常に、は難しいかもしれませんが、わかりましたわ」
主人公ではなく、悪役令嬢の私に一人になるなとは兄もおかしな事を言うが、きっと友人たちと過ごせるのも今だけかもしれないと気を回してくれたのだろう。
刑に処されれば、家族にも友人にも会うことは難しくなるのだから。
その後、兄が用事が出来たと言うので、私は自身の部屋へと戻ったのだった。
兄に相談してから、二月ほど経った。
私は兄の忠告通りに、なるべく一人にならないように過ごしていた。
断罪はやはり、様々な小説と同じく卒業記念パーティーで行われるのだろうかなどと、ぼんやり考えている。
卒業まで後一年半ほど。
それまでは友人たちとなるべく多くの思い出を作れたら良い。
そんな風に思っていたのだが、その時は思っていたよりずっと早く訪れた。
夏も盛りに入る頃、学園では休暇前に授業の一環で社交パーティーが行われる。
授業の一環と言っても、とても気軽な雰囲気のものだ。
私も友人たちと会話に花を咲かせていたのだが、大きな声で呼び掛けられ、会場全体が静まり返った。
「エリザベート様……! クリストフ様からお話があります……!」
その声の主は、私から少し離れた場所で、クリストフ殿下と並び立っていた。
第二王子殿下とその隣に噂の的の男爵令嬢、第二王子殿下の側近たちが後ろに付き、対峙するのは第二王子殿下の婚約者。
こんなもの、大声が無くとも注目するなという方が無理である。
これから断罪が始まるのだろうと理解したが、如何せん、卒業記念パーティーを断罪の舞台と想定していたため、完全に予想外でたじろいでしまった。
しかし、クリストフ様は困惑した表情で口元を押さえているし、側近の中にも頭を押さえていたり、天井を見上げている者がいるので、あちらにとっても予定外だったのだろうか。
一人こちらを睨んでいるアンナ様が先走ったのかもしれない。
「えっと……、アンナ嬢、昨日も言ったが、話はパーティーの後でいいんじゃないか? わざわざここで見世物になることはないだろう?」
「いいえ! 今ここで、皆さんの前ではっきりさせた方がいいと思うんです! でないと、私……恐くて……!」
クリストフ様がやんわりと場所を改めるよう諭すが、アンナ様は目に涙を浮かべてこの場での糾弾を主張した。
クリストフ殿下は一つ息を吐くと、こちらに向き直った。
「エリザベート、少し伺いたいのだが、四日前の放課後はどこにいただろうか?」
「四日前ですか? えっと、その日は……。そうですわ、友人と図書室へ赴いた後、園内のカフェでケーキと会話を楽しんで、そのまま帰宅しましたわ」
「嘘です! 西校舎で私を階段の上から突き飛ばしたじゃないですか!」
クリストフ殿下の質問に答えると、アンナ様から即座に否定されてしまった。
しかし、その内容に喉は締め付けられたように詰まってしまい、すぐに反論の声が出せなかった。
周りからは息を飲む音や非難の声、困惑した声などが聞こえてくる。
「私、すっごくすっごく恐くて……! だからクリストフ様に助けてくださいってお願いしたんです!」
涙目でこちらを睨みつけながら、アンナ様がクリストフ殿下に更に近寄り、その腕に縋り付いた。
「私、ちゃんと見たんですから! 階段の上から私を見下ろして走り去っていくエリザベート様を! ちゃんと謝ってくれれば……、すっごく痛かったし恐かったですけど、許してあげます!」
アンナ様の謝罪要求に、周りの視線は全てこちらに向いていた。
その肌を突き刺すような冷たい視線に身は竦み、喉は張り付いたように音を出せない。
小説の悪役令嬢は凄い。
この様な視線に晒されても、しっかりと反論し、毅然と振る舞っていたのだから。
己の血の気が引く音を聞きながらも、何か反論せねばと口を開けようとしたその時だった。
「いや、エリザベートの言い分に間違いはない」
救いの言葉が、相対しているはずのクリストフ殿下から発せられた。
「……は? え? クリストフ様? 何を言って……」
「済まないが、腕を離してもらえるか。何度か言ったが、この様な接触は好ましいものではない」
困惑しているアンナ様の手をやんわりと己の腕から離し、クリストフ殿下はアンナ様から少し距離を取った。
「あの、クリストフ殿下、発言を信じて頂き、有り難う存じます。……ですが、なぜ……」
クリストフ殿下が必ずしも敵ではないとわかり、先程まで役割を放棄していた喉から声を出すことが出来るようになった。
だが、今気にするべきは己の喉でも戻り始めた血の気でもなく、クリストフ殿下の発言の意味なのだ。
「ああ、簡単なことだ。ここ二ヶ月ほど、君には影を付けていた。報告も逐一させていたし、その記録も持参している」
事も無げにそう言うと、クリストフ殿下は後ろに控えていた側近の一人に手を差し出し、書類束を受け取った。
クリストフ殿下は書類を手に、つらつらと話し始める。
「元々ね、春から学園内で小さな問題が頻発していただろう? それで少々注視してはいたんだけれどね。影を付けることにしたのは君の兄君のルーカス殿から連絡を受けたからなんだよ。曰く、妹が自分は悪役令嬢だったと言い出したと。何を言い出したのかと少し頭を抱えてしまったけれどもね、それで理解したんだよね。最近君と話せていないし、見かけても遠くから会釈だけしてすぐに去っていってしまって、何故だろうと思っていたからね。しかも代わりとでも言わんばかりにアンナ嬢が付きまとってくる。おかしいと思っていたところに来た連絡だ。どんなに納得がいかなくても信じるしかない話だなと。全くもって不可解だったし受け入れ難かったけどね本当に。だが、それでこれはしっかりと調査すべき事態だと考えて、君とアンナ嬢に影を付けさせてもらった。だから、アンナ嬢からは数多くの被害を訴えられていたけれど、どれも自作自演や誇張されたものだとわかっていたよ。少しマナーを注意されただけで、誰それから酷いことを言われたとよく言いに来て、少々面倒ではあったけどね。自ら証拠を積み上げてくれてご苦労な事だったよ。物語のヒロインになりたかったようだけど、火のない所に煙を立てても不審がられるだけなんだよね。まあ、無理矢理にでも君と接触しようとしなかったのは良かったけれど」
こんなに話すクリストフ殿下は見たことがなかった。
時々、視線や指で側近たちに何か指示を出しているようだったが、淀みなく話し続けていた。
流れるように話すクリストフ殿下に口を挟める者もおらず、誰もが呆気に取られているが、それを気にかけず彼は更に言葉を重ねる。
「それでね、君が何故、自分が悪役令嬢だなんて思い込んだのかっていうのも調べがついてね。今そこに集まってもらったんだけれど、この令嬢たちが原因なんだよね。原因と言うと少し語弊があるのだけれど」
クリストフ殿下がすっと視線を向けた先を見ると、確かに幾人もの令嬢が集められていた。
皆一様に困惑していて、何故自分たちに焦点が当てられたのか、誰一人わかっていない表情である。
「彼女たちが一体どうしたと仰るのですか?」
「彼女らは皆、謎の手紙を受け取っているんだ」
私の問いに、クリストフ殿下は簡潔に答えを口にした。
令嬢たちは手紙という言葉を聞き、はっとして周囲を見渡した。
令嬢たちは謎の手紙という言葉だけで何かを理解したようだが、手紙の内容を知らない私には理解しようがなかった。
「その手紙にはね、君とアンナ嬢を同時に見かけた時、小説のようだ、と呟いて欲しいと書かれてあったのさ。報酬も同封されてね。彼女らは意味が理解出来ないながらも、手紙に書かれた事を実行した。送り主の記載がないために同封されていた報酬を返して断る事も出来ないし、何より、悪さを働くよう言われた訳でもないからね。そして周りで何度も呟かれた言葉を無意識に拾って、君は自分を“悪役令嬢”だと思い込んだのさ」
クリストフ殿下の説明を聞いて、何だかとても埋まりたくなった。
もしくはベッドで布団にくるまって叫びたい気分だ。
顔に熱が集まるのを感じながら、された説明に感謝を述べた。
クリストフ殿下は一つ頷くと、助言をくれた。
「君は頭が良いのに、時々変な方向に飛んだ思考をする時があるから、今後は気を付けようね」
「かしこまりました」
ああ、今晩は羞恥で眠れないかもしれない。
「それでその件の手紙なんだが、彼女らから回収して筆跡鑑定も済んでいてね。普段の文字とは少し変えてあるみたいだけど、アンナ嬢のものだと断定されたよ」
その場の視線が一斉にアンナ様へ向いた。
アンナ様はびくりと体を震わせ、視線をさ迷わせている。
「わ、私、そんな手紙なんて……」
「まあ知らないと言う他ないよね。これは洗脳の証拠だ。明確にエリザベートを狙った、ね。貴族になった元平民。王子とその婚約者。流行りの小説にそれぞれの立場を当てはめれば、自分が割り振られる役は自ずとわかる。そうやってエリザベートに悪役を押し付けて、自分はヒロイン気取り? でも、そんな稚拙な計画が上手くいくと本当に思っていたのかい? 思っていたとしたら随分とおめでたい事だ。私は読んだことがないのだけれど、悪役令嬢の最後は大体追放か一家没落らしいね。それを踏まえれば、処罰を回避しようとするよね、普通は。それともなにか? 自分は悪役令嬢なのだからヒロインをいじめないとって考えるとでも思った? 無いよね、普通に。そうだよね、エリザベート」
容赦なくアンナ様を責め立てるクリストフ殿下の姿に、顔に集まっていた熱も治まり平常心を取り戻したところで、またこちらに話が振られた。
「ええ、そうですわね。追放はともかく、我が家が没落してしまったら民に迷惑がかかってしまいますもの。いじめなど行いませんし、クリストフ殿下が望まれるのなら、潔く身を引いて私一人の瑕疵で済むようにと考えておりましたわ」
「身は引かなくていいからね」
何だかとても食い気味に考えを拒否された気がした。
その事にまた少し顔に熱が戻ってきたような感じがする。
今は照れたり恥じらったりする場面ではないのだから、もう少し自重しろ、私の感情。
「まあ、洗脳といってもこの程度だと厳罰には問えなかったんだけども、自作自演が悪手だったね。小説の様にいじめられなかったのが気に入らなかったのかな? それまでの些細なものならともかく、階段を自ら転げ落ちたと報告を受けた時には驚いて、聞き間違いかと聞き返してしまったよ。しかも、エリザベートにやられた、エリザベートを見たとはっきり証言するとはね。誰にやられたかわからないとか犯人は見ていないって言っておけば、勘違いだったで謝罪して許してもらえたかもしれないのに。まあエリザベートが許しても私が許さないんだけれどね。何にせよ、すごい事をやらかしたものだ。男爵令嬢が計画的犯行で侯爵令嬢に冤罪を着せたんだ。しかも、ただの侯爵令嬢じゃない。第二王子の婚約者の侯爵令嬢だ。王家に準ずる者にこの様な真似をして、ただで済むとは思わないように。連れていけ」
クリストフ殿下の命が下ると同時に、先程からアンナ様の後ろに控えていた騎士たちがアンナ様を拘束する。
アンナ様はクリストフ殿下の話に集中していて、近付いて来ていた騎士たちに気付いていなかったようだ。
抵抗も空しく、アンナ様は速やかに連行されていった。
「さて! 騒がせてしまって済まなかったね。皆、この後も思い思いに楽しんでくれ」
クリストフ殿下が一つ手を叩いて、解散を告げる。
この後の話題は今回の捕り物で持ちきりだろう。
この話の中心人物である私は、この後周りから根掘り葉掘り話を聞かれるのだろうと考え、少々居心地の悪さを感じていた。
「エリザベート。少し良いだろうか」
差し伸べられた救いの手を取らぬ者などいるのだろうか。
一も二もなく、私はクリストフ殿下に付いていった。
クリストフ殿下に手を引かれ、テラスに出る。
夏とはいえ夜風は涼しく、熱のこもっていた体を冷ましてくれた。
「見世物にしてしまって済まなかったね、リズ」
「い、いえ、殿下のせいではございませんから……」
リズというのは、クリストフ殿下と二人きりの時にだけ使われる私の愛称だ。
家族や友人らは私をエリーと呼ぶので、この呼び方をするのは彼だけである。
普段は涼やかな彼が、この呼び方をする時は何だか甘く感じて、気のせいだとは思いつつも少し落ち着かない。
「二人きりの時はクリスと呼んでくれと言っているのに……。今回の事はきちんと書面にして、侯爵家にも送らせてもらうから、望む処罰があればきちんと言うんだよ」
「処罰だなんて……。ちょっと恥ずかしい勘違いをしただけで、私は何も被害を被っておりませんし……」
「いや、今しがた思い切り被害にあったよね。洗脳も虚偽告訴も歴とした犯罪だ。人が良すぎるのも問題だよ。その辺り、ちゃんと考えて。わかったね?」
「はい……」
被害にあった実感があまり湧かないのだが、高位貴族に席を置くものが犯罪をなあなあで済ませてしまうのも確かに問題だ。
といっても、望む処罰というのも思い付かないので、これは帰宅したら兄の部屋を訪問せねばならないだろう。
来年になれば王子妃教育が始まるというのに、自分で自分のこの先が思いやられるというものだ。
ううむと思い悩んでいたら、不意に腰が抱き寄せられた。
「で、殿下?!」
「クリス、だよ。どうかしたかい?」
「少々距離が近いのでは……?!」
「テラスに二人きりで、婚約者を抱き寄せる事に何か問題があるかい?」
そう言われると、世間一般的に全く問題は無いのだが、私の心臓的にはとても大きな問題が発生しているのだから問題はあるのだが。
じっと見つめられると、言葉が詰まって何も言えなかった。
「今年度に入って、君がよそよそしくなってしまったものだから、私は君に何か嫌われるような事をしてしまったのだろうかと思っていた。考えても思い当たる事はないし、どうしたものかと悩んでいたのだが、その時に丁度、ルーカス殿から手紙が届いてね。原因がわかって、その時は胸を撫で下ろしたんだけれども、本当にアンナ嬢の事だけかな? それとも他に何かあるのだろうか? 私は君に何かしたかい?」
眉根を寄せて、じっとこちらを見つめてくる真剣な眼差しに、すっと羞恥心が搔き消えた。
「いいえ、何も。何もされておりませんわ。ただ私が、私の心が、弱かっただけなのです」
「リズ……?」
そう、今回の事は私の心が弱かっただけの話だ。
泣かれたら困るだなんて言ってアンナ様に忠告しなかったのも、そうしてクリストフ殿下に酷い事を言う女だと思われたくなかっただけ。
腕を組んで仲睦まじくしている様も見たくなかったし、近寄ってクリストフ殿下に邪魔だと拒絶されたくもなかった。
悪役令嬢だというのも、没落回避という、二人に近寄らないための大義名分を掲げるために、都合良く思い込んだだけだろう。
俯く私の頭をクリストフ殿下の手が優しく撫でた。
「私が思い悩んだように、君にも辛い思いをさせてしまっていたんだね。済まなかった」
「いいえ! 殿下が謝る事など何も……!」
「クリスと呼んでくれと言ってるだろう。三回目だよ」
「……クリス、様」
観念して愛称で呼ぶと、クリストフ殿下はにこりと微笑んで頷いた。
「それにしても、あんな杜撰な計画で僕らの間に割り込めると思われるなんて、これはちょっと考えものだね。王族たるもの、あまり感情を表に出すべきではないのだけれど、これからはもっと、君との仲を周りに見せつけていかねばならないかな」
「見せつける、ですか? そう申されましても、政略結婚なのですからご無理をなさらなくても良いのでは……?」
今まで通り、不和はないと示すだけで良いのでは無いかと思う。
私としてはクリストフ殿下をお慕いしているので、親しく過ごせたらそれはとても嬉しいのだが、今までの穏やかな関係性でも不満は無い。
それよりもクリストフ殿下が無理をして共にいて下さっているのだとわかる方が辛い。
そう思って言葉を返したのだが、クリストフ殿下の顔から、今まで見たことも無いほど感情が抜け落ちた。
「政略結婚、か……。……ふ、ふふ。そうか、ならばやはりもっと感情を顕にしていかなくてはいけないな。一先ずはリズ、君に思い知ってもらおう」
クリストフ殿下は不敵に笑うと、私を更にぐっと抱き寄せて、くるりと回った。
この時、クリストフ殿下の笑みと急に浮いた体に驚いていただけの私に、今後彼からの溺愛が待っているなど、知る余地もなかった。
……なかった筈である。
お読みいただき、ありがとうございます!
もっと短い話のつもりで書き始めたのに、王子がめちゃくちゃ喋りだして、びっくりしました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです!




