水餃子
その瞬間が見たくて、わたしは頬杖をついて、正面に座る彼を見つめる。
水餃子は彼の好物だ。普段はほとんど料理をしないのに、今夜、ほんの気まぐれで、わたしは水餃子を作った。
スープの表面に散らされた刻み葱の緑が、視覚的にかなり効果的。澄んだスープは、底にいくにつれて白く濁っている。具を詰めすぎた水餃子も、そのスープに浸かるとつやが出て、かなりおいしそうに、上品に見えていた。湯気は料理ベタなわたしの味方で、食欲をかきたてる。
彼が、スープの中に白いれんげを無造作に沈めた。
「熱いよ」
無頓着に、れんげですくった水餃子の一つを口に放り込もうとして、彼は手を止める。
「ほんとだ。すっげー、湯気」
小さなれんげの上にたつ湯気に、彼は目を輝かせる。それから彼は大きく息を吸い込むと、バースデーケーキのキャンドルを吹き消すときのように、ふうっ、と水餃子に息を吹きかけた。彼の起こした風は、わたしの鼻に水餃子の匂いを届ける。ほんのちょっぴりだけ、彼の幸せな匂いが混じっている。
でも、彼が熱々の食を冷まそうとしたのは、その一回きりだ。
「えっ、もう食べちゃうの?」
「だって早く食いたいじゃん」
そう言いながら、彼は水餃子を口に運ぶ。
湯気ごとれんげが彼の唇にのみこまれる、その瞬間に、わたしはどきどきする。火傷も心配だけれど、もっと別な理由からだ。おはしでもフォークでもなくて、彼の口がれんげを含んでいる姿は、どうしてか、妙に色っぽい。
熱さを克服し、水餃子をほおばった彼がわたしを見る。わたしを見ながら、それをゆっくりと咀嚼する。わたしは彼を見返し、満たされた気分になる。
「……うん、うまいよ。おまえも食べたら?」
うん、と返事はしたものの、二個目に伸びた彼の手の中にあるれんげを見て、わたしはそっと息を止める。
彼はれんげをスープにつけて少し迷ったあと、底に沈んでいた水餃子をすくい上げた。今度は、彼はそれに息を吹きかけず、まっすぐに口に運ぼうとする。
れんげが彼の口に今まさに吸い込まれようとしたとき、彼の唇が微笑みを形作った。
「おまえさー、今度はハンバーグ作ってよ」
わたしが彼の口元から目を転じると、彼がさらに深く笑った。
「いいけど、わたし、あんまり料理得意じゃないよ?」
「そんなことない。これがウマイんだから、ハンバーグも絶対ウマイって」
「そうかな? たしかに、同じひき肉料理だから……あっ!」
わたしが大きな間違いにやっとのことで気づいても、彼は素知らぬ顔だ。
彼は、水餃子を口の中に入れる。その色っぽい唇でれんげをくわえたまま、彼はわたしを見て、幸せそうに笑う。
……豚肉のかわりに牛肉使っちゃったけど、まあ、いっか。
彼がれんげで食べる姿も見られたし、彼が、笑ってくれたから。
読んでくださって、どうもありがとうございました。