それは既にもう来ている
少しずつですが、ユウミの中にある“異変”が動き始めます。
引き続きお楽しみいただけたら嬉しいです。
森の奥へと足を踏み入れる。
一歩進むごとに、違和感が広がっていった。
静かすぎる。
風は吹いている。
木々も揺れている。
だが――
気配がない。
本来あるはずの、小動物の気配すら感じない。
代わりに、この森を満たしているのは――
“圧”。
見えない何かが、森全体を覆っている。
「……妙だ」
ユウミは小さく呟いた。
その違和感の正体に気づくよりも先に――
ドクン――
心臓が鳴る。
一歩、進め。
そんな感覚が、内側から流れ込んでくる。
「……導かれている、ということか」
ユウミはわずかに眉をひそめる。
気に入らない感覚だ。
だが――悪くもない。
足を止める理由にはならない。
そのときだった。
ガサッ――!!
横から気配が走る。
ユウミは反射的に身を引いた。
目の前を通り過ぎたのは――ゴブリン。
だが、さっきまでの個体とは明らかに違う。
目が濁っている。
焦点が合っていない。
口元から涎を垂らしながら、こちらを見ている。
「……さっきのとは、違うな」
ユウミはわずかに目を細めた。
動きも、気配も、明らかに別物だった。
ゴブリンが、ニタリと笑う。
その瞬間、確信する。
普通ではない。
次の瞬間、ゴブリンが飛びかかってくる。
速い。
先ほどの個体とは比較にならない。
だが――
見える。
ユウミは踏み込む。
攻撃を紙一重で回避し、そのまま腕を叩き折った。
だが、止まらない。
痛みを感じていないのか、そのまま突っ込んでくる。
「……面倒だ」
ユウミは冷静に頭部を叩き砕いた。
ようやく動きが止まる。
静寂が戻る。
血の匂いが、周囲に広がっていた。
「……嫌な気配だ」
そのとき。
ふと、視界の端に違和感が走る。
草の奥に、不自然な影が見えた。
「……なんだ」
ユウミはゆっくりと近づく。
そこに倒れていたのは――人間だった。
武器や装備を見る限り、戦う人間だとわかる。
だが――すでに息はない。
全身に、深い傷。
「……やられたか」
ユウミは周囲に目を向ける。
地面には、引きずられた跡。
ゴブリンの仕業と見て間違いない。
「……」
ユウミは一瞬、目を閉じた。
「……ごめん、見せてもらうよ」
そう呟き、腰のポーチに手を伸ばした。
中を確認する。
食料。
布。
そして――数本の小瓶。
その中の一つが、淡く光を帯びていた。
「……薬か?」
ユウミはそれを手に取り、静かに観察する。
直感でわかる。
使える。
一瞬だけ、手が止まる。
だが――
「悪いけど貰っていくよ。無駄にはしないからね」
そう言って、それを自分のポーチにしまった。
その瞬間。
ゾワッ――
背筋に寒気が走った。
視線を感じる。
一つではない。
二つ。
三つ。
四つ――
「……囲まれている」
ユウミは静かに状況を把握する。
草むらの奥。
木の影。
至るところから、同じ“目”がこちらを見ていた。
濁った瞳。
歪んだ笑み。
異常なゴブリンの群れ。
「……数が多い」
だが、恐怖はない。
あるのは――判断だけだ。
ドクン――!!
心臓が、強く鳴る。
警告。
「……来るか」
次の瞬間。
ゴブリンたちが一斉に動いた。
四方から迫る。
逃げ場はない。
だが――
「……いいね」
ユウミは静かに構えた。
最初の一体。
顎を打ち抜く。
二体目。
蹴りで弾き飛ばす。
三体目。
腕を掴み、地面に叩きつける。
だが――終わらない。
「……多すぎる」
徐々に押されていく。
一撃を避けきれない。
肩に衝撃が走り、血が滲む。
「……まだまだ」
ユウミは歯を食いしばる。
まだ動ける。
だが――
このままでは削られる。
そのとき。
ドクン――ドクン――ドクン――
激しく鳴る心臓。
さっきとは違う。
“早く”。
そんな感覚が流れ込んでくる。
「……あっちか」
ユウミは視線を森の奥へ向ける。
そこだけ、異様に“濃い”。
「……わかったよ」
小さく息を吐く。
「片付けるのは後だ」
そう言い残し、ユウミは地面を蹴った。
走る。
背後から気配が迫る。
追ってきている。
木々を抜け、枝を払い、地面を蹴る。
呼吸が荒くなる。
だが――止まらない。
止まる理由がない。
導かれている。
その先へ。
そのとき。
視界の端に違和感が映る。
「……あれは」
草に覆われた斜面。
一見、ただの地形。
だが――そこだけ空気が違う。
ユウミは近づき、草を掻き分けた。
そこにあったのは――洞窟。
「……ここか」
振り返る。
すぐそこまで来ている。
濁った目の群れ。
「……ここしかない」
迷いはない。
ユウミは洞窟へ飛び込んだ。
その瞬間――
外の気配が、途切れる。
静寂。
暗闇。
そして――
ドクン……
ゆっくりと、深く鳴る心臓。
さっきまでとは違う。
“奥へ来い”。
そんな感覚。
「……行ってみるか」
ユウミは息を整えながら、静かに呟いた。
その先にいる“何か”を感じながら――
ユウミは、暗闇の奥へと進んだ。
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