1話:地獄の始まり
今になっても思い出してしまう。
何度も何度も。嫌というほどに。
花が咲き乱れる森の中。私とお母様しか知らない、秘密の場所だ。
いつものように「舞」の練習が終わった後のこと。
「舞桜、あなたにこれを託します」
そう言ってお母様は「舞」の継承者の印である緋扇を私にさしだしてくる。
「お母様、私はまだ11歳。小学生なんですよ?私が緋扇を頂くにはいくら何でも早すぎます」
ぐいっとお母様に緋扇を押し返す。
「そうかしら?舞桜になら私はいいと思ってるんだけどなぁ。自慢の娘だしね!」
「......買いかぶりすぎですよ」
と拒絶の意を示すのだが
「もうっ!なら命令!受け取りなさい!」
ビクリ、と身体がふるえる。
──命令
大人の言うその言葉には人形である私は絶対に逆らえない。
緋巫女として、小さい頃からそう、育てられてきたから。
「わかり…ました」
私が大人しく緋扇を受け取ると「よしっ!」と満足そうに頷くお母様。
「そうだ、舞桜刀は大切にしてる?」
刀とはつい最近頂いた黒い刀身のアヤメという銘の刀だ。
「はい。もちろんです。お母様」
「ならばよしっ!私のしなきゃいけないこともここまでかな?」
そんなどこか不安になるようなことを言いながらぎゅっと私を抱きしめてくれる。
とても暖かくて、心地良い。安心する。
「舞桜、私はいつまでもあなたのことが大好きよ」
「私も、大好きです。お母様」
ぎゅっと小さな身体で抱きつくようにしてそう言う私。
──その日、お母様は死んだ。
お母様との稽古を終えて神社に戻る。
「じゃ、私は出かけてくるから。お留守番、お願いね」
「はい。お母様」
「あ、そうだ。舞桜にプレゼントがあるの忘れてた」
そう言って私の髪に何かを結びつける。
赤い、リボンだ。
「うん。思った通り似合ってるね」
嬉しそうに笑うお母様に対して私はそっとリボンに触れる。
......胸が、温かい
「いつも頑張ってる舞桜にプレゼント。いいでしょ?」
「はい。ありがとうございます。お母様」
「うん。喜んでくれてよかった。
...それじゃ、お出かけ、行ってくるわね」
少し心配そうな顔をしながらそう言い残し、神社から出ていくお母様。
今日は侵入者に対応するための護衛役の人間しかいない。
つまり、神社としてはおやすみの日。来客もいない。
自室に戻った私は静かに眠りにつく。
特にすることもない以上眠って体を休めるのがいいだろう。
「おい!どうなってるっ!状況はっ!?」
神社の中に響く混乱した声で目が覚める。
「......何があったの?」
ガラリ、と襖を開けて近くにいる大人の人に状況を聞く。
「ひ、緋巫女様っ!」
片膝を付いて挨拶をしてくるのを
「いいから、簡潔に状況教えて」
と静止する。
「現在隣町に数百体の霊が集まっている模様であります。
すべての霊は山に向かって進行しているのが確認されております」
「隣町...」
お母様が向かった場所だ。
「分かった。私が行く」
「し、しかしっ!」
「神社の護衛を0にするわけにはいかないでしょ。最小人数で事件の対処をするなら私が出向くのが1番いい。違う?」
「それは...そうなのですが」
「今はぐだぐだ言い合いしてる場合じゃねぇ!人数足りてねぇんだ!
人手は一人でも多い方がいい。緋巫女様が出向くってんならありがたいことだろうが」
と横槍を入れてくれる。
「しかし...」
それでも食い下がらない男に
「新米のおまえは知らんだろうが、緋巫女様は俺らなんかじゃ比べもんにならん力がある。
子どもだからって心配すんのはわかるけどな、今は状況が状況だ。ちっとは融通きかせろ」
「は、はい...」
とようやく納得してくれた。
こんなことで時間を使っている暇などないのに。
私は急いで刀...お母様からもらったアヤメ、を手に取る。
11歳の私にとって長過ぎるはずの刀身。
でも、妙に手に馴染む。
「緋巫様!後ろに乗ってください!」
言われるがままバイクの後ろに乗る。
「飛ばします。しっかり捕まっていてくださいね。」
ブゥンッ!と一気に加速して山道を降りていく。
整備されているとはいえ山。
ガタガタと揺れるため振り下ろされないように必死にしがみつく。
街に出たころ、ふと空を見上げる。
...異様なまでに澄み切った、雲一つ無い空。
綺麗な月が姿を見せている。
胸がざわつく。嫌な予感がする。
──お母様っ!どうか無事で...。
人々の逃げ回る姿、恐怖の叫び。
ガシャンッ!と大きな物が壊れる音。
平たく言ってもめちゃくちゃだ。
しかし、いちいち市民を助けている暇なんてない。
相手の大元の目的、それを解決しなければ状況は変わらない。
霊が集まっている山の麓までついた。
吐き気がするほど霊力に満ちている。
数百体...誇張ではないのだろう。
「緋巫女様。我々は市民の避難を優先します。足手まといでしょうし」
「分かった。そっちは任せる」
「......ご武運を」
それだけ言い残すとバイクに跨って街の方へ戻っていく。
「っ!」
ズバッ!ともう何度目かの霊を斬り伏せる。
キリがないっ!
何処もかしこも霊、霊、霊。
何度斬り伏せても無限に湧いてくる。
そもそもどうしてこいつらはこんな何もないような山を目指して集まってきているんだろうかな?
「だ、誰かっ!助けてっ!」
少女の悲鳴。
声の方を見ると今まさに男の霊が少女に拳を突き刺す寸前だった。
──一閃
男の霊を真っ二つに切り裂く。
「......平気?」
そう言って優しく手を差し伸べる。
綺麗な銀髪、紫紺の瞳。日本人ではなさそう。大方親とはぐれて彷徨っていたのだろう。
「は、はい。ありがとうございますっ!」
私と同じくらいの年齢に見えるがその割には丁寧な口調でお礼を言ってくる。
けど怖いのだろう。声が震えている。
「今ここはとても危険だから。早く降りること。いいね?」
落ち着かせるために優しくそう言いながら、私はお母様からもらったリボンをほどく。
「は、はい」
ギュとリボンを握りしめ、リボンを中心にした霊を近寄らせない結界を作る。
...あくまでも間に合せのもの。でもないよりはマシなはずだ。
私は少女の髪にお母様がしてくれたようにリボンを結びつける。
「ここから真っ直ぐ降りて、街についたら多分、男の人がいるはず。その人に声をかけて。緋巫女って言えば多分理解してくれるから」
「ひみ…こ?」
誰かにリボンを結びつけるなど初めてのことで、少し苦戦しながら結びつける。
「そう。それとこれはお守りだから。あなたを守ってくれるはずだよ。
──ほら、行って」
「...は、はい。分かりました。ありがとうございますっ!」
お礼を言い残して転けそうになりながらも急いで山を駆け降りる少女。
何処か、私に似た雰囲気を感じる子だった。
歳の割に大人びているところとかが特に。
...さて、私も早くこの状況をどうにかしないとね。




