第4話 黄泉(ヨミ)からの侵入者
あの不穏な夕暮れから、数日が過ぎた。
学園は表向き、平穏な日常を取り戻していた。
昼休み。第1食堂。
ここは騎士科も工匠科も利用できる数少ない共用スペースだが、見えない境界線が存在する。窓際の景色の良い席は騎士科が占拠し、俺たち工匠科は出入り口付近の騒がしい席で、安いB定食をかきこむのが常だ。
「クロウ君、あーん!」
……ただし、この例外を除いては。
「……ミコト。お前、自分のクラスに戻れよ。騎士科の連中の視線が痛いんだが」
「えー、やだ。だってクロウ君の隣が一番落ち着くんだもん」
俺の隣にぴったりとくっついて座っているのは、新入生総代の稲佐ミコトだ。
今日も今日とて、彼女の規格外の胸部装甲が俺の二の腕に押し付けられている。周囲の男子生徒からの嫉妬と殺意の視線が、物理的な痛みを伴って突き刺さる。
「それにね、今日はクロウ君にお礼がしたくて! 実家の神社から、すごーくいいお守り持ってきたの!」
「お守り?」
「うん! 『縁結び』のお守り! これを持ってると、運命の人と結ばれるんだって!」
ミコトは頬を赤らめながら、可愛らしいピンク色の錦袋を差し出してきた。
……それはお礼じゃなくて、別の意図があるんじゃないか?
俺がため息をつきながらそれを受け取ろうとした、その時。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
突如、耳をつんざくようなサイレンが食堂内に鳴り響いた。
火災報知機ではない。これは――『敵襲警報』だ。
「え? な、なに? 訓練?」
「まさか。こんな時間に訓練なんて予定にないぞ!」
生徒たちがざわめき始める。
俺の神経が一瞬で戦闘モードに切り替わった。箸を置き、周囲の状況を確認する。
食堂の大型モニターがノイズに覆われ、次の瞬間、禍々しい紋章――『逆さの鳥居』が映し出された。
『――聴け、驕り高ぶった神機使いのウジ虫ども』
スピーカーから流れてきたのは、加工された不気味な音声だった。
『我々は『黄泉比良坂』。この腐った学園を浄化するために来た』
「テロリスト……!?」
「嘘だろ、ここが出雲の重要施設だって知ってて……!」
悲鳴が上がる。だが、本当の恐怖はここからだった。
「きゃあっ!? 体が……重い!?」
「れ、霊子が……練れない!? 式盤が反応しないぞ!」
食堂にいた騎士科の生徒たちが、次々と床に膝をつき始めた。
彼らの体に纏っていた霊子の光が、かき消えるように霧散していく。
(……広域神術妨害か。しかも、かなり強力な)
俺は冷静に分析する。
空気中のエーテル濃度が極端に低下している。これでは、どんなエリート騎士も、ただのひ弱な学生に過ぎない。
俺のような元から霊子を持たない人間には、何の影響もないが。
バンッ!! ババンッ!!
乾いた破裂音が響き、食堂のガラス窓が砕け散った。
訓練用の模擬弾ではない。本物の火薬の匂い。**実弾**だ。
「ひっ……!」
「う、撃ってきやがった!?」
パニックに陥り、出口へ殺到する生徒たち。
だが、ドアの向こうから現れたのは、黒い戦闘服に身を包み、自動小銃を構えた武装集団だった。
神術が封じられた今、旧式の銃火器は最強の凶器と化す。
「動くな! 抵抗する者は射殺する!」
テロリストの一人が叫ぶ。
生徒たちは悲鳴を上げて床に伏せた。
「いたぞ! ターゲットの一人、稲佐家の娘だ!」
男たちの視線が、俺の隣にいるミコトに向けられた。
出雲大社の宮司一族である彼女は、格好の人質だ。
「え……わ、私……?」
「チッ、面倒な……!」
俺はとっさにミコトの手首を掴み、近くの頑丈な調理カウンターの裏へと引きずり込んだ。
ダァァァンッ!
直後、俺たちがいた場所に銃弾が撃ち込まれ、床のタイルが弾け飛ぶ。
「きゃあっ! く、クロウ君っ……!」
「静かにしろ。頭を下げるんだ」
震えるミコトの体を抱き寄せ、小さくなる。
柔らかい感触を堪能している場合じゃない。俺はポケットから愛用のモンキーレンチを取り出し、グリップを握りしめた。
……実弾相手に、これ一本でどう切り抜けるか。
その時。
武装集団の後ろから、ゆっくりと歩いてくる人影があった。
白衣ではない。全身を覆う黒い強化スーツ。だが、その顔は見覚えがありすぎた。
「やあ、生徒諸君。行儀よくしているね」
柔和な笑み。
工匠科主任教官、大国ヌシ。
「た、大国先生!? どうして先生がテロリストと……!」
「助けてください先生! こいつらが!」
工匠科の生徒たちが縋るように叫ぶ。
だが、大国先生は冷酷な目で彼らを見下ろした。
「助ける? 何を言っているんだい。私が彼らを招き入れたんだよ」
先生が右腕を上げた。
ウィィィン……という駆動音と共に、その腕が肘から先で縦に割れ、内部からグロテスクな回転式機関砲が現れた。
「なっ……サイボーグ!?」
「違法改造だぞ! あんなもの持ち込んで……!」
騎士科の生徒が絶句する。人体を機械化する技術は、倫理的な問題から厳しく規制されているはずだ。
「ふん。神術の才能がないというだけで、我々はゴミのように扱われてきた。だが、見ろ! この鋼の力を! 神術に頼り切った君たちエリートは、今や私の前では無力な肉塊に過ぎない!」
大国は歪んだ笑みを浮かべ、ガトリングガンの銃口を天井に向けた。
ドオォォォン!!
威嚇射撃の轟音が食堂を揺らす。
「さあ、選別を始めようか。『黄泉』へ堕ちるべき者と、そうでない者をね」
テロリストたちが生徒を一人ずつ引きずり出し始めた。
カウンターの裏で、ミコトが俺の服を強く握りしめる。
「クロウ君……どうしよう……私、霊子が全然練れない……」
「大丈夫だ。落ち着け」
俺はミコトの震える背中を撫でながら、冷静に状況を計算していた。
敵の数は約20名。全員が実弾火器を装備。リーダーはサイボーグ化した大国。
対してこちらの戦力は、ジャミングで無力化された騎士たちと、丸腰の工匠科生。
(……正面突破は不可能だな)
俺は決断した。
「ミコト。俺の合図で、一人で裏口へ走れ。絶対に振り返るなよ」
「えっ? クロウ君は!?」
「俺は少し、忘れ物を取りに行く」
俺はニヤリと笑ってみせた。
それは、いつもの「やる気のない整備士」の顔ではない。
かつて戦場で「死神」と呼ばれた、少年傭兵の顔だった。
「……さて。久しぶりに、本職(殺し)に戻るとするか」




