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神機(ジンキ)工廠の特異点 ~Fランク整備士の俺、実は伝説の傭兵につき  作者: Nami


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第2話 Fランクの教室と、舞い降りた天女


 国立出雲神機工科高校の校舎は、明確な階層構造ヒエラルキーによって分断されている。

 宍道湖の絶景を一望できる、陽光降り注ぐ上層階は、エリートである「騎士科ナイト」の教室。

 対して、日光などろくに入らない地下階層。機械油と鉄錆の匂いが充満する場所こそが、俺たち「工匠科スミス」の巣窟だ。

 4月の昼休み。

 工匠科1年F組の教室は、澱んだ空気に包まれていた。

「はぁ……また騎士科の奴らにパシリにされたよ」

「俺なんか、整備した機体にオイルを一滴垂らしただけで殴られたぜ」

 クラスメイトたちが死んだ魚のような目で愚痴をこぼしている。

 彼らは入学早々、自分たちがこの学園の「底辺」であることを理解させられ、心を折られていた。

(平和だな)

 俺、黒鉄クロウは、教室の最後列で頬杖をつきながら、そんな光景を他人事のように眺めていた。

 弾丸が飛び交い、泥水を啜って飢えを凌ぐ戦場に比べれば、ここは天国だ。

 誰にも期待されず、誰にも注目されず、ただ静かに給料(単位)をもらって生きる。それこそが俺の望むライフスタイル――。

 ガララララッ!!

 突如、教室の引き戸が乱暴に開かれた。

 錆びついたレールが悲鳴を上げ、教室中の視線が入り口に集中する。

「――み、見つけたーっ!」

 薄暗い教室に、場違いなほどの「光」が射し込んだ。

 純白に金のラインが入った制服。艶やかな黒髪ポニーテール。

 そして、制服のボタンが弾け飛びそうなほどの、暴力的な質量の胸部装甲。

 新入生総代、稲佐ミコトだった。

「い、稲佐さん!?」

「なんで騎士科のトップエリートがこんなゴミ溜めに!?」

 クラスメイトたちが驚愕で椅子から転げ落ちる中、ミコトは教室を見渡し、俺を見つけるなり満面の笑みを浮かべた。

「クロウ君! お昼、一緒に食べよ!」

 彼女は迷いなく教室を横断し、俺の机の前までやってくると、なんの躊躇もなく俺の前の席(空席)に椅子を逆向きにして座った。

 距離が近い。

 机の上に広げられた彼女の豊かな双丘が、重力に負けてプルンとたわんでいる。

「……おい、ミコト。お前、自分が何をしてるのか分かってるのか?」

「え? お昼ご飯だよ? ほら見て、私、早起きしてお弁当作ったんだ!」

 ミコトは可愛らしい包みの弁当箱を広げた。

 中身は、意外にも家庭的な卵焼きや唐揚げ。ただし、量が男子運動部並みに多い。

「ここは工匠科の教室だぞ。お前みたいなエリートがいる場所じゃない」

「えー、関係ないよそんなの。だってクロウ君、私の師匠だもん!」

「誰が師匠だ」

「だって、あんな一瞬でデバイス直しちゃうなんて魔法みたいだったし! 私、クロウ君のこと、もっと知りたいなーって!」

 無邪気すぎる。

 彼女には、この学園の歪んだ階級意識が微塵もないらしい。

 それは美徳だが、同時にトラブルの種でもある。

「おい、見ろよ……」

「稲佐さんが、あんなFランクの男に……」

 廊下には、ミコトを追ってきた騎士科の取り巻き連中が集まり始めていた。

 彼らの視線には、明確な嫉妬と敵意が混じっている。

「おい、そこの工匠科!」

 一人の男子生徒が、ズカズカと教室に入ってきた。

 胸にはAクラスのバッジ。体格はいいが、足運びが素人だ。

「稲佐さんから離れろ。薄汚い油の匂いが移るだろう」

「……俺もそう言ったんだがな。本人が聞かないんだ」

「口答えするな、Fランク!」

 男子生徒が俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。

 ミコトが慌てて立ち上がる。

「ちょっと、やめてよ! クロウ君は私の友達で――」

「稲佐さんは騙されてるんだ! こいつ、何か汚い手を使ったんだろう? デバイスをハッキングして好感度を操作したとか!」

 言いがかりも甚だしい。

 俺は掴みかかってきた男の手首を、視線一つ動かさずに軽く弾いた。

 パシッ、と乾いた音が響く。

「なっ……!?」

「触るな。作業着が汚れる」

「き、貴様ぁ……!」

 男が激昂し、腰のホルスターに手を伸ばした。

 学園内での神機パワードスーツ着用は禁止されているが、護身用の簡易式盤スタンロッドは携帯が許可されている。

 青白い電撃がバチバチと音を立てる。

「Fランク風情が……教育してやるよ!」

 教室中が悲鳴を上げる。

 だが、俺は溜息交じりに、男の持っているロッドを一瞥した。

「……安全装置セーフティ、外れてないぞ」

「は?」

「それと、出力調整ダイヤルが最大になってる。その型式のロッド、最大出力で起動するとコンデンサが焼き切れて爆発する欠陥があるんだが……知らなかったか?」

 俺はハッタリをかました。

 いや、正確にはハッタリではない。俺が今、こっそりと手元の端末から彼らのロッドにアクセスし、**「そうなるように」**プログラムを書き換えただけだ。

「う、嘘だろ……?」

「試してみるか? 俺は構わないが、君の右手が炭になっても知らないぞ」

 俺が冷めた瞳で告げると、男は顔を青ざめさせ、ロッドを取り落とした。

 カラン、と乾いた音が教室に響く。

「く、くそっ! 覚えてろよ!」

 男は捨て台詞を吐いて逃げ出した。取り巻きたちも、蜘蛛の子を散らすように去っていく。

(……やれやれ。昼飯時くらい静かにさせろ)

 俺が小さく肩を回すと、目の前でミコトが目をキラキラさせていた。

「すごい! すごーい! 今の何!? 戦わずして勝つ、みたいな!?」

「ただの知識だ。……ほら、弁当食うんだろ。さっさと食え」

「うん! あ、これクロウ君にあげる! あーん!」

 ミコトが箸で唐揚げをつまみ、俺の口元に突き出してくる。

 クラスメイトたちの「爆発しろ」という視線が痛い。

 だが、俺の平穏はまだ戻ってこないらしい。

 校内放送のスピーカーから、凛とした、しかし絶対的な命令を含んだ美声が響き渡った。

『――工匠科1年、黒鉄クロウ。至急、生徒会室まで来なさい』

 名指しだ。しかも、声の主は間違いなく生徒会長、八雲セシリア。

『繰り返すわ。今すぐ来なさい。……これ以上、稲佐さんとイチャイチャしていると、校舎ごとその教室を氷漬けにするわよ』

 放送室を私物化して脅迫してきた。

 ミコトが「むー!」と頬を膨らませる。

「また会長だ……。クロウ君、人気者だね」

「……お前らのせいで、俺は全校生徒の敵になりそうなんだが」

 俺は食べかけのパンを口に放り込み、席を立った。

 どうやら、午後の授業をサボる言い訳だけはできたようだ。


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