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神機(ジンキ)工廠の特異点 ~Fランク整備士の俺、実は伝説の傭兵につき  作者: Nami


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第1話 神の国のグリスモンキー


 西暦2092年。

 日本海から吹き付ける鉛色の風が、巨大な鋼鉄の壁を叩いている。

 かつて「神話の国」と呼ばれた島根県・出雲は、今や人類防衛の最前線となる要塞都市『IZUMO』へと変貌を遂げていた。

 都市の中央には、エネルギー障壁シールドを発生させる超高層タワー『天の御柱(旧出雲大社)』がそびえ立ち、その膝元にある宍道湖上には、国内屈指のエリート養成機関が浮かんでいる。

 国立出雲神機ジンキ工科高校。

 霊子エーテル駆動骨格――通称『神機』を操る騎士ナイトを育てるための学園だ。

 だが、この学園には残酷なまでの階級制度が存在する。

 神術適性を持ち、華やかな白の制服に身を包む**「騎士科ナイト」。

 適性を持たず、彼らの機体の整備や雑用を押し付けられる「工匠科スミス」**。

 俺、黒鉄くろがねクロウは、その後者の「Fランク」として、今日この学園の門をくぐった。

     * * *

「――新入生代表、稲佐ミコト。登壇願います」

 厳かなアナウンスが講堂に響く。

 入学式。壇上に上がったのは、今年の首席入学者にして、出雲大社の宮司一族である稲佐いなさミコトだった。

 艶やかな黒髪をポニーテールにまとめ、小柄な体躯には不釣り合いなほど豊満な胸部を揺らして歩く少女。

 可憐だ。そして、強い。

 彼女から立ち昇る霊子の光は、肉眼でも視認できるほど濃密だ。

(……やれやれ。あんな張り詰めた状態でよく歩けるな)

 俺は列の最後尾、油汚れの目立たない濃紺の作業着(工匠科制服)のポケットに手を突っ込みながら、欠伸を噛み殺した。

 実は式の直前、舞台裏で彼女が泣きそうな顔でパニックになっていたのを知っている。

『ど、どうしよう……式盤デバイスの同期がうまくいかない……!』

『……貸してみろ』

『えっ? あ、あなた工匠科の……?』

『いいから。初期設定の周波数がズレてるだけだ』

 俺は彼女の腕輪型デバイスを奪い取り、指先で端子に触れた。

 俺の特異体質――『管理者権限アドミニストレータ』。

 物体としてのデバイスではなく、その奥にある「システムコード」を直接視認し、書き換える力。

 俺は0.5秒でエラーコードを削除し、彼女に返した。

『直ったぞ。行ってこい、エリート様』

『あ、あのっ! 名前は!?』

 名前も告げずに立ち去ったが……まさか、あんなドジっ子が新入生総代だったとは。

 壇上のミコトは、完璧な祝辞を述べながらも、チラチラと視線を客席――正確には、最後尾の俺の方へ送ってきている気がする。

(面倒なことにならなきゃいいが)

 俺はこの学園に、英雄になるために入ったわけじゃない。

 過去の戦歴――傭兵として血と硝煙にまみれた記憶を隠し、平穏な整備士として生きるために来たのだから。

     * * *

 放課後。第3実習格納庫。

「おい、そこの工匠科グリスモンキー。さっさとそのコンテナを運べ」

「……はいはい、ただいま」

 俺は自分の体重よりも重い弾薬ケースを軽々と持ち上げた。

 一見するとヒョロリとした体格に見えるが、作業着の下には、過酷な戦場で鍛え上げられた鋼鉄の筋肉が隠されている。この程度の重量、小指一本でも持てる。

「ったく、これだからFランクは困るんだ。動作がトロい」

「悪いな。俺のOSが旧式なもんでね」

 騎士科の生徒たちの嘲笑を受け流しつつ、俺は視線を格納庫の中央へと向けた。

 そこには、一際巨大な人だかりができている。

 出雲を牛耳る『八雲重工』の令嬢にして、学園最強の生徒会長、八雲やくもセシリアの専用機の調整が行われている最中だった。

 機体名『アマテラス』。

 真紅の塗装に、流線型のフォルム。美しい機体だが……。

「数値は正常です! これ以上、どこを直せと言うんですか!」

「でも、反応が遅いのよ! これじゃコンマ1秒の遅れで死ぬわ!」

 コックピットから降りたセシリアが、銀髪を振り乱してメーカーの技師たちを怒鳴りつけている。

 彼女の感覚は正しい。

 遠目に聞いている俺の耳にも、あのエンジンの駆動音ノイズは不快だった。まるで喉に小骨が刺さったまま歌っているような、微細な「バグ」がある。

(……無視だ。関わればロクなことにならない)

 俺は顔を背けようとした。

 だが、その時。

「み、見つけたーっ!」

 格納庫の入り口から、弾丸のような勢いで飛び込んでくる影があった。

 黒髪ポニーテール、そして暴力的なまでに揺れる巨乳。

 新入生総代、稲佐ミコトだ。

「え?」

「やっと見つけた! 朝はありがとう、お礼も言えなくて……!」

 ミコトは一直線に俺の元へ駆け寄り、勢い余って俺の腕に抱きついた。

 柔らかい感触と、甘い匂いが押し寄せる。

 周囲の空気が凍りついた。

「おい……あれ、稲佐さんじゃないか?」

「なんで1年のトップエリートが、あんな汚い工匠科に抱きついてるんだ?」

「殺すか? あの男」

 殺意の視線が突き刺さる。

 さらに悪いことに、騒ぎを聞きつけた「もう一人のエリート」が、不機嫌そうにこちらへ歩いてきた。

「騒がしいわね……。あら、稲佐さん? そこで何をしているの?」

 八雲セシリアだ。

 その視線は氷のように冷たい。絶対零度の瞳が、ミコトと、その下にいる俺を見下ろしている。

「あ、会長! この人です! 私のデバイスを直してくれた凄腕の整備士さんは!」

「整備士……? そのFランクが?」

 セシリアは俺を値踏みするように一瞥し、鼻で笑った。

「冗談でしょう。メーカーの正規技師ですら私の『アマテラス』を調整できないのに、こんな薄汚れた生徒に何ができるというの?」

「本当ですって! ねえ、クロウ君!」

 ミコトが俺を見上げる。

 ……やれやれ。こうなっては逃げられないか。

 俺は溜息を一つ吐き、セシリアの背後にある赤い機体を指差した。

「あんたの機体、第3伝達管のコード記述に『無限ループ(バグ)』があるぞ」

「は?」

「メーカーの設計ミスだ。最新の出力を、旧来のOSで無理やり制御しようとしてボトルネックが起きてる。……聞こえないか? あの悲鳴が」

 俺は近くにあった共用コンソールを叩いた。

 アクセス権限、偽装。管理者モード、展開。

 網膜に流れる膨大なソースコードの中から、たった1行のエラーを見つけ出し、削除する。

 所要時間、0.2秒。

 ――ヒュオオオオオオオン……!

 次の瞬間、『アマテラス』のエンジン音が激変した。

 濁りのない、澄み渡るような高音。

 モニターの出力係数が、一気に理論限界値レッドゾーンまで跳ね上がる。

「なっ……!?」

 技師たちが腰を抜かし、セシリアが目を見開いて固まる。

 俺はコンソールから手を離し、ミコトの頭をポンと撫でた。

「そういうことだ。……行くぞ、ミコト。これ以上ここにいると、面倒な女に捕まりそうだ」

「あ、うん! 待ってよ師匠ー!」

 俺は呆然とするセシリアを放置して、格納庫を出ようとした。

 だが。

「――待ちなさい!」

 背後から、切羽詰まった、それでいて熱を帯びた声が響いた。

「あなた、名前は!? ……私の機体カラダをあんな風にした責任、取ってもらうわよ!」

 やれやれ。

 どうやら俺の「平穏な高校生活」は、入学初日にして完全に終了してしまったらしい。



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