第5話 観測される者
訓練場の結界が再び安定を取り戻すまで、丸一日が費やされた。
水晶の破壊、結界の揺らぎ、そして“第十一の光輪”の目撃。
どれも学園始まって以来の異常事態だった。
翌朝、リオン・グレイスは神殿関係者から呼び出しを受けた。
「リオン・グレイス君。昨日の訓練において、周囲に異常な魔力反応が観測された。君の立ち位置が中心だったそうだが……心当たりは?」
応接室に立つのは、白衣をまとった神殿監視官――マルク・ヴェルナー。
神々の加護を数値として観測する、〈神学監査局〉の調査官だった。
「ありません。僕は補助員として水晶の点検をしていただけです」
「ふむ。記録魔法の映像では、君の周囲に“灰色の波紋”が広がっている。
……灰色。十の属性のいずれにも該当しない波長だ」
マルクの言葉に、室内の空気が微かに張りつめた。
同席していた教師たちの中には、あからさまに眉をひそめる者もいる。
「無属性、ということですか?」
そう問うリオンに、マルクは静かに首を振る。
「“無属性”は理論上、存在しない。
あらゆる魔力は何かしらの属性に属する。
だからこそ、我々はこう呼ぶ。“測定不能”と」
その言葉は、どこか遠い記憶を刺激した。
あの夜、屋上で響いた声。
“無にして観測の外にあるもの”――
(……俺のこと、なのか?)
視線を落としたリオンの脳裏で、灰色の波紋が静かに広がる。
だが、マルクが次に口にした名前が、その思考を断ち切った。
「この場には、もう一人、証言者がいる。セリア・アルフェン嬢。入ってくれ」
扉が開き、セリアが一歩、部屋に入る。
白い制服の裾が揺れ、金の髪が朝光を弾いた。
「昨日の件で、あなたが中心にいたと報告を受けています。
リオン・グレイス君を見かけたのは確かですね?」
「はい。ただ……彼が暴走を起こしたようには見えませんでした」
セリアの声は落ち着いていた。
だが、瞳の奥には確かな困惑がある。
――見てしまったのだ。
十の加護を超える、もう一つの“光”を。
「彼の周囲で何が起きていた?」
「魔力の流れが、止まりました。すべてが“無”になったように。
……そして、その中心に彼がいました」
マルクは記録板に何かを書き込みながら、リオンをじっと見た。
「面白い。ならば――暫定的に、“観測対象”とする。
神殿は君を経過観察下に置く。
安心したまえ、拘束ではない。監視だ」
「……監視、ですか」
「神々の理に“例外”が現れた。それだけのことだ」
言葉を終えると、マルクは部屋を出て行った。
扉が閉まる音がやけに重く響く。
静寂の中、セリアが小さく息をついた。
「ごめんなさい。私の証言で、あなたが巻き込まれることになるなんて……」
「気にしなくていいですよ。どのみち、誰かが見てたはずです」
リオンはそう言いながらも、内心の焦りを隠せなかった。
“観測対象”――それは、神々の物語に取り込まれたという意味だ。
そして。
部屋を出たリオンの耳に、あの声が再び届いた。
――観測の始まりは、終焉の宣告。
――だが、恐れるな。
――我が名は“無”。
選ばれなかったお前にこそ、物語を託す。
その瞬間、足元の影が微かに揺らめいた。
誰にも見えない灰色の紋が、床に浮かんでは消える。
神に選ばれなかった少年が、
“神々に観測される存在”へと変わる――その第一歩だった。




