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第3話 無印の声、夜に響く

その夜、学園の塔に霧が降りた。

 遠征から戻った勇者候補生たちはそれぞれ治療を受け、再び日常を取り戻そうとしていた。

 だが、ひとりだけ眠れぬ者がいた。


 リオン・グレイス。


 彼は寮の屋上に立ち、冷たい風を受けていた。

 夜空には十の光輪——神々の印がゆるやかに瞬いている。

 それぞれが異なる色を放ち、この世界の均衡を示していた。

 けれど、リオンの目には違って見えた。


 ひとつ。

 どの色にも染まらぬ“影の輪”が、星の狭間に浮かんでいる。


「……やっぱり、あったのか」


 彼の中でざわつく感覚。

 遠征のときに感じた“乱れ”が、今も身体の奥で波打っている。

 まるで、誰かが囁いているように。


――聞こえるか。


 リオンの呼吸が止まった。

 その声は外からではない。頭の奥底、意識の深淵から直接響いてくる。


「……誰だ?」


――我を知らぬか。

――我は“十一”の座にある者。

――名を持たぬ神、空白を司るもの。


 静寂の夜に、言葉が流れ込む。

 リオンの心臓が強く脈打つ。


「十一……? 神は十柱のはずだ」


――記録はそう書かれている。

――だが忘れられた。

――十が光ならば、我は影。十が加護ならば、我は拒絶。

――選ばれなかった者たちの“無”を司る神。


 リオンの視界が歪む。

 足元に、光でも闇でもない灰色の波が広がっていく。

 世界の輪郭がぼやけ、音が遠ざかる。


――汝の中に、我の欠片がある。

――汝は“無印”ではない。

――選ばれなかったのではない。選ばれることを拒んだ。


「……俺が……?」


――十の神々が揺らぐ。世界の理が崩れる。

――それを正すのは、我と契りし者のみ。

――“物語を壊せ、そして書き換えよ”。


 声が途切れた瞬間、霧が散った。

 リオンは屋上に膝をつき、荒い息を吐く。

 掌には、淡く揺らめく灰色の紋章が刻まれていた。


 それはどの加護にも似ていない。

 神の記録にも存在しない印。


「……無の……印……?」


 夜風が吹き抜ける。

 下の階から聞こえる笑い声や灯りが、遠く感じられた。


 ——自分は、もうあの中には戻れない。


 そう思った瞬間、リオンは微かに笑った。

 悲しみでも、恐怖でもない。

 ただ、自分という存在を初めて“認識”した笑みだった。


「神々の物語に、俺が介入する……か」


 月明かりが灰色に染まる。

 静かな夜の空で、十一の光輪がゆらりと揺れた。

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