第1話 勇者候補生と、補助員の少年
朝の鐘が三度鳴り響くと、魔導学園の一日が始まる。
塔の上空には淡い光の輪が浮かび、神々の印が空に刻まれていた。
広大な訓練場では、勇者候補生たちが魔法の訓練に励んでいた。
炎を操る者、雷を纏う者、光の剣を振るう者。
彼らは皆、神に選ばれた存在——十柱の神々の加護を受けし“勇者候補”である。
その輝きの群れの外側で、ひとりの少年が静かに木箱を運んでいた。
魔法石、補給薬、結界の触媒。誰も目を向けない場所で、誰よりも早く動く影。
少年の名は、リオン・グレイス。
勇者候補を支える“補助員”の一人。
そして、神に選ばれなかった者。
――無印。
その呼び名が、彼の全てを示していた。
「おい、無印。そこの魔石、早く運べ」
「……はい」
短く返事をして、リオンは魔石を両手で抱える。
彼の声を聞き取れる者はほとんどいない。
まるで空気のような存在。だが、誰よりも正確に、誰よりも静かに動く。
今日の訓練は、光属性の加護を持つセリア・アルフェンの指導による実技。
柔らかな金髪が風に揺れ、周囲の生徒たちが羨望の眼差しを向ける。
リオンも遠くからその光景を眺めていた。
ふと、訓練場の魔法陣が一瞬、かすかに軋む。
リオンの目がわずかに揺れた。
結界の流れが、乱れている。
「——危ない!」
声を上げるより先に、炎の魔法が暴発した。
生徒たちが悲鳴を上げる中、リオンはためらわず走り出した。
熱風が吹き荒れ、砂塵が舞う。
その中心で、リオンは手を伸ばす。
「……止まれ」
空気が、静まった。
風の音が消え、燃え盛る炎がまるで時を失ったように凍りつく。
次の瞬間、すべてが霧散した。
「な……何が起きた?」
「誰だ、今の……?」
呆然とする生徒たちの視線の中で、リオンは淡々と魔法陣を修復していた。
焦げた石板を拭き取り、乱れた結界線を引き直す。
「お、おい無印。まぐれだろ、今の……?」
「……そうかもしれません」
小さく答えて、また沈黙する。
何事もなかったかのように。
その中で、ひとりだけ笑みを浮かべる少女がいた。
セリア・アルフェン。光の神に選ばれた勇者候補。
「あなた、やっぱり……ただの補助員じゃないのね」
リオンは答えず、視線を落とす。
だが、セリアの瞳は確かに見ていた。
彼の中に宿る“何か”——
神の加護ではない、別の力の気配を。
この日、誰も気づかなかった。
静かな無印の少年が、やがて神々の物語に介入する存在になることを。




