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誰もいない水族館で溺れる夢  作者: 言諮 アイ


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第5章 沈む、君の声

目が覚めた瞬間、胸の奥がズキンと疼いた。昨夜の水族館、遼の消えそうな姿、冷たい手の感触。全部が頭の中にこびりついてる。ゴボッ、ゴボッって水の音が、耳の奥で響いてる気がする。枕を触ると、びっしょり濡れてる。汗じゃない。水だ。鼻の奥に、塩水の匂いが濃く残ってる。ベッドの上で拳を握りしめながら、俺は呟いた。


「遼、ちゃんとそこにいるよな?」


声は静かな部屋に吸い込まれる。時計は朝の5時半。外はまだ薄暗い。いつもなら二度寝する時間だけど、今日は体が勝手に動く。制服に着替えて、顔を洗う。水道の水が手のひらを滑る感触が、昨夜の遼の手を思い出させる。鏡に映る俺の顔、目が赤くて、なんかやつれてる。寝不足だ。まあ、仕方ない。あいつのことが頭から離れないんだから。


今日はアクア・シェルターの最終日。閉館の日だ。看板にそう書いてあった。遼が消える前に、絶対にもう一度会わなきゃいけない。胸の奥で、なんか熱いものが燃えてる。怖いけど、逃げられない。遼を放っておけない。


学校に行く途中、雨が降り始めた。傘は持ってるけど、さす気になれなかった。濡れた制服が肌に張り付く感触が、なんか心地いい。道端の水たまりに映る空が、まるで水槽の底みたいだ。制服の袖、昨日と同じくびっしょり濡れてる。なんでだ? 昨夜、水族館を出た時も濡れてた。まるで、遼の存在が俺の体に染み込んでるみたいだ。


教室に入ると、いつものざわめき。クラスメイトの声が、遠くで響く波の音みたいに聞こえる。窓際の席に座って、炭酸水のペットボトルを開ける。プシュッという音が、ちょっとだけ心を落ち着けてくれる。スマホの待ち受け、兄貴と俺の写真をチラッと見る。笑ってる兄貴の顔が、胸を締め付ける。あの事故の日、俺は何もできなかった。ただ、兄貴が水に沈んでくのを見てただけ。遼も、同じだったんだ。声を出したのに、届かなかった。


「三崎、なんかマジでやばい顔してるぞ。大丈夫?」


隣の席の奴が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。名前、思い出せねえ。まあ、いいや。


「別に。ちょっと考え事」


そう言って、窓の外に目をやる。海が遠くに見える。この町、ほんと静かだ。まるで時間が止まってるみたい。いや、止まってるのは俺の心か? 遼のあの言葉、「もう長くはいられない」。あいつ、ほんとに消えるのか? そんなの、絶対に許さない。


昼休み、図書室に行った。昨日なくなってた生徒会誌、また探したけど、やっぱりない。司書の先生に聞いても、「そんなノート、見たことないよ」って。遼の存在が、まるでこの世界から消えてるみたいだ。胸の奥が、キリキリ疼く。遼、お前、ほんとにそこにいるよな?


放課後、俺は水族館に向かった。今日は閉館日。門は閉まってるはずなのに、なぜか開いてる。シャッターが半分下りてて、隙間から薄暗い通路が見える。非常灯の緑が、床に揺れる水の影を映してる。ゴボッ、ゴボッ。水槽の水が動く音が、静寂を破る。鼻の奥に、塩水の匂いが濃くなる。でも、なんか違う。いつもより重い、記憶みたいな匂いだ。


クラゲの展示エリアに着くと、心臓がバクバクしてる。遼、いるよな? いるよな? 水槽の前に立つ。青白い光が、ふわふわ漂うクラゲを照らしてる。でも、遼はいない。誰もいない。ゴボッ、ゴボッ。水の音だけが響く。俺は水槽に額を押し付けて、叫んだ。


「遼! 出てこいよ! 約束しただろ!」


返事はない。静寂が、耳を圧迫する。胸の奥が、締め付けられるように痛い。あいつ、ほんとに消えたのか? そんなの、ありえないだろ。俺は拳を握りしめて、水槽を睨んだ。


そしたら、突然、水槽の光が揺れた。まるで、水が俺に応えるみたいに。ゴボッ、ゴボッって音が、耳の奥で大きくなる。クラゲの水槽が、なんか歪んでる。ガラスが、波打つみたいに揺れてる。え、なんだ? 俺の目がおかしいのか?


次の瞬間、足元がぐらっと揺れた。まるで、水の中に引きずり込まれるみたいに、体が沈む。冷たい水が、俺の全身を包む。息ができない。いや、息はしてるのに、なんか違う。まるで、夢の中に落ちていくみたいだ。


目を開けると、そこは水族館じゃなかった。プールエリアだ。でも、なんか変だ。照明が暗くて、水面が不自然に揺れてる。ゴボッ、ゴボッ。水の音が、頭の中に響く。そしたら、目の前に遼がいた。白い制服、濡れた黒髪。でも、いつもと違う。遼の目が、めっちゃ怯えてる。


「遼!」


俺が叫ぶと、遼が振り返った。その瞬間、プールの水面に誰かが沈んでいくのが見えた。子供だ。中学生くらいの男の子。必死で手を伸ばしてる。でも、遼はただ立ち尽くしてる。いや、違う。遼は叫んでる。口を大きく開けて、必死で叫んでる。


「助けて! 誰か!」


でも、声が聞こえない。まるで、水の中に閉じ込められたみたいに、遼の声が泡になって消えていく。誰も気づかない。プールの周りにいる大人たち、誰も振り向かない。遼の手が、震えてる。子供が沈んでいく。遼は叫び続けてるのに、誰にも届かない。


「こんなにも、叫んでたのに……」


俺の声が、震えた。遼の目が、俺を見つめる。涙が、クラゲの光みたいに揺れてる。遼は、声を出せなかったんじゃない。出してたんだ。なのに、誰にも届かなかった。それが、あいつを水族館に縛り付けてたんだ。


「遼!」


俺は叫んで、遼に手を伸ばした。冷たい水が、俺の体を締め付ける。でも、構わない。俺は遼に触れたい。絶対に。指先が、遼の手に触れる。冷たいけど、確かにそこにある。遼の目が、俺を見つめる。


「陽翔……」


遼の声が、かすかに聞こえた。次の瞬間、プールの水がヒビ割れるみたいに崩れた。ガラスの破片みたいに、水がキラキラ光って落ちていく。俺と遼は、クラゲの水槽の前に立ってる。現実の水族館に戻ってた。


「遼、お前の声、俺には届いてる!」


俺は叫んだ。喉が裂けるくらい、叫んだ。遼の目が、一瞬だけ光る。まるで、俺の声が届いたみたいに。


「だったら、今度は俺が叫ぶよ。お前のこと、俺が証明してやる!」


俺の声に、遼が小さく笑った。その笑顔が、めっちゃくちゃ眩しくて、俺は思わず目を逸らした。胸の奥が、熱くて、苦しくて、でも温かい。


「陽翔、ありがとう」


遼の手が、俺の手を握り返す。冷たいけど、確かにそこにある。クラゲの光が、俺たちを包む。まるで、水槽の中にいるみたいに。遼の目が、俺を見つめる。悲しそうで、でもどこか温かい。


「本当は、誰かに生きててほしいって思ってた」


遼の声が、胸の奥に染み込む。俺は思わず、遼の手を強く握った。


「じゃあ、俺が隣にいるから」


その言葉に、遼の目が揺れた。涙が、クラゲの光に溶けるみたいに落ちる。俺は遼の頬にそっと触れた。冷たいけど、確かにそこにある。遼は小さく笑って、俺の手を握り返した。


「ここを出て、外で会おう」


遼の声が、かすかに聞こえた。次の瞬間、水族館が静止した。水の音が止まり、クラゲの動きが止まる。俺と遼だけが、そこにいる。クラゲの光が、俺たちを包む。まるで、夢が終わるみたいに。


目が覚めると、俺は水族館の床に倒れてた。制服はびっしょり濡れてる。非常灯の緑が、弱々しく点滅してる。遼の姿は、どこにもない。でも、胸の奥に、あいつの声が残ってる。


「陽翔、ありがとう」


俺は拳を握りしめて、呟いた。


「遼、待ってろ。俺、絶対お前を見つける」


水族館を出ると、夜の空気が冷たかった。見上げた空には、月が水面に映るみたいに光ってる。家に帰って、ベッドに倒れ込む。耳の奥で、遼の声が響く。


「君の声、あったかいね」


俺は目を閉じて、そっと呟いた。


「遼、俺、お前の声を絶対忘れない」


夢の中で、またあの水族館。クラゲの光。遼の笑顔。そして、俺の叫び。俺は知ってる。遼はそこにいる。俺が信じてる限り、絶対に。

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