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誰もいない水族館で溺れる夢  作者: 言諮 アイ


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第3章 泡になった声

朝、目が覚めた瞬間、頭の中に水の音が響いてた。ゴボッ、ゴボッ。クラゲの水槽の光、遼の声、全部が夢の続きみたいにこびりついてる。枕を触ると、また濡れてる。汗じゃない。水だ。鼻の奥に、塩水の匂いが残ってる。俺はベッドの上で拳を握りしめた。


「遼、ちゃんとそこにいるんだよな?」


呟いた声は、静かな部屋に吸い込まれる。時計は6時半。いつもならまだ寝ぼけてる時間なのに、今日は体が勝手に動く。制服に着替えて、顔を洗う。水道の水が手のひらを滑る感触が、昨夜の水族館を思い出させる。鏡に映る俺の顔、なんかやつれてるな。まあ、仕方ない。あいつのことが頭から離れないんだから。


学校に行く途中、雨上がりの空気が湿っぽく肌にまとわりつく。道端の水たまりに映る空が、まるで水槽の底みたいだ。制服の袖、昨日と同じく少し湿ってる。なんでだ? 雨、降ってなかったはずなのに。指で触ると、冷たい感触がリアルすぎて、ゾクッとする。


教室に入ると、いつものざわめき。クラスメイトの声が、遠くで響く波の音みたいに聞こえる。窓際の席に座って、炭酸水のペットボトルを開ける。プシュッという音が、ちょっとだけ心を落ち着けてくれる。スマホの待ち受け、兄貴と俺の写真をチラッと見る。笑ってる兄貴の顔が、胸を締め付ける。


「三崎、なんか最近変だな。寝不足?」


隣の席の奴が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。名前、思い出せねえ。まあ、いいや。


「別に。ちょっと考え事」


そう言って、窓の外に目をやる。海が遠くに見える。この町、ほんと静かだ。まるで時間が止まってるみたい。いや、止まってるのは俺の心か? 遼のあの笑顔、悲しそうな目。あいつ、なんであんな場所にいるんだ?


昼休み、図書室に行った。昨日見つけた新聞の切り抜き、あれの続きを探したかった。古いファイルを開くと、2年前のアクア・シェルターの記事が目に入る。『プールエリアで中学生が溺れる事故。詳細不明』。それだけ。名前も、状況も、なにも出てない。モヤモヤする。遼、あの事故と関係あるのか?


「志月遼って、どんな奴だったんだ?」


担任に聞いてみたけど、曖昧な答えしか返ってこなかった。


「志月くんね……うーん、ちょっと事情があって、学校に来てないんだ。詳しくは言えないけど」


事情ってなんだよ。隠してるのか? それとも、ほんとに誰も知らないのか? 胸の奥がざわつく。遼の存在が、まるで水面に浮かぶ泡みたいに掴めない。


放課後、俺はまた水族館に向かった。門は、いつも通り開いてる。薄暗い通路、非常灯の緑が床に揺れる。ゴボッ、ゴボッ。水槽の水が動く音が、静寂を破る。鼻の奥に、塩水と何か懐かしい匂いが混じる。怖いはずなのに、なんでこんなに落ち着くんだ?


クラゲの展示エリアに着くと、心臓が少し速くなる。遼、いるよな? いるよな? 水槽の前に立つ。青白い光が、ふわふわ漂うクラゲを照らしてる。そしたら、背後でかすかな足音。振り返ると、遼がいた。


「また来てくれた」


遼の声は、静かで、でもどこか切なそう。白い制服、濡れたみたいに光る黒髪。透明な瞳が、俺をまっすぐ見つめる。でも、今日の遼、なんか昨日より薄い。まるで、光に透けてるみたいだ。


「当たり前だろ。約束したじゃん」


俺は笑って、遼の隣に立つ。水槽の光が、俺たちの影を揺らす。遼は静かにクラゲを見つめてる。なんか、いつもより儚く見える。


「なあ、遼。昔、ここで何かあったんだろ?」


俺の質問に、遼の肩がピクリと動いた。そしたら、彼がぽつりと呟いた。


「あの時、声が出なかったんだ」


その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねる。声が出なかった? なんだそれ。事故のことか? 聞こうとしたけど、遼の目があまりにも悲しそうで、言葉が喉に詰まった。


「遼……」


俺はただ、遼の名前を呼ぶことしかできなかった。彼は水槽を見つめたまま、静かに続ける。


「叫ぼうとしたんだ。でも、喉が詰まって、何も……誰にも届かなかった」


その声は、まるで水の底から響いてくるみたいだった。俺は思わず、遼の肩に手を伸ばした。でも、指先が空を切る。遼の姿が、ふっと揺れた。光に溶けるみたいに、輪郭がぼやける。


「おい、遼! 待て!」


叫んだ瞬間、遼の姿が完全に消えた。クラゲの水槽だけが、静かに光を放ってる。床には、濡れた足跡が点々と続いてる。でも、その足跡は水槽の前でぷつりと途切れてた。まるで、誰かが水の中に沈んだみたいに。


「くそっ、なんだよこれ……」


心臓がバクバクしてる。怖いのか? いや、怖いだけじゃない。胸の奥で、遼の声が響いてる。あいつの悲しそうな目、消えそうな姿。俺、なんでこんなに焦ってるんだ?


家に帰っても、水の音が耳から離れない。シャワーを浴びても、頭の中でゴボッ、ゴボッって音が響く。ベッドに倒れ込んで、目を閉じる。そしたら、またあの夢。クラゲの水槽の前、遼が立ってる。でも、今度は彼が口を動かしてる。声は聞こえないけど、唇の動きでわかる。


「助けて」


その瞬間、俺はハッと目を開けた。寝汗でシャツがびっしょり。時計は深夜の2時。心臓がまだドキドキしてる。


「あいつ、助けてって……」


翌日、学校で遼のことをもっと知りたくて、図書室に直行した。古い生徒会誌や記録を漁ると、遼の名前を見つけた。『志月遼、クラゲの観察記録』。細かい字で、クラゲの動きや光の変化がびっしり書いてある。なんか、遼らしいな。静かで、でもめっちゃ真剣。


最後のページに、こう書いてあった。


『この声が、誰かに届きますように』


胸がギュッと締め付けられる。遼、ずっと誰かに届けたかったんだ。声を出せなかったって、あの事故のことだろ? でも、なんで誰も気づかなかったんだ?


放課後、俺はまた水族館に行った。門は開いてる。薄暗い通路、クラゲの水槽。遼はそこにいた。でも、今日の遼はもっと薄い。まるで、クラゲみたいにふわふわ浮いてる。


「遼、お前……消えそうじゃん」


俺の声に、遼は小さく笑った。


「もう、長くはいられないかもしれない」


その言葉に、俺の心臓がキリッと締まる。消える? 冗談だろ? でも、遼の目は本気だ。悲しそうで、でもどこか諦めてる。


「ふざけんな! 消えるとか、勝手に決めんなよ!」


思わず叫んだ。遼は驚いたみたいに目を見開いて、それから静かに言った。


「君は、ほんと変な人だね」


「変なのはお前だろ! なんでそんな顔で笑うんだよ!」


俺の声が、通路に響く。遼は水槽の方に目をやって、ぽつりと呟いた。


「僕、誰かに『いていい』って言われたかっただけなんだ」


その言葉が、胸の奥に突き刺さる。いていい? そんなの、当たり前だろ。俺は思わず、遼に手を伸ばした。でも、また指先が空を切る。遼の姿が、クラゲの光に溶けるみたいに揺れる。


「遼! お前、どこ行くんだよ!」


叫んだ瞬間、水族館が急に暗くなった。非常灯がチカチカ点滅して、水槽の光が歪む。ゴボッ、ゴボッ。水の音が、耳の奥で大きくなる。まるで、俺が水の中に沈んでいくみたいだ。


「遼!」


俺は必死で叫ぶ。そしたら、遼が振り返った。クラゲの水槽の中に、彼の姿がゆっくり溶けていく。まるで、水に飲み込まれるみたいに。


「お前の声、ちゃんと聞こえてる!」


俺は叫んだ。全身で、喉が裂けるくらい叫んだ。遼の目が、一瞬だけ光る。まるで、俺の声が届いたみたいに。


「君の声、あったかいね」


遼の声が、かすかに聞こえた。次の瞬間、水族館が静止した。水の音が止まり、クラゲの動きが止まる。俺と遼だけが、そこにいる。


「遼、ちゃんとそこにいるよな?」


俺は手を伸ばす。指先が、遼の手に触れる。冷たいけど、確かにそこにある。遼は小さく笑って、俺の手を握り返した。


「うん。君がいてくれるなら、僕も」


その瞬間、胸の奥が熱くなる。怖いのに、嬉しい。遼の存在が、俺の心に染み込んでくる。まるで、水槽の光が俺たちを包むみたいに。


水族館を出ると、夜の空気が冷たかった。制服はびっしょり濡れてる。見上げた空には、月が水面に映るみたいに光ってる。家に帰って、ベッドに倒れ込む。耳の奥で、遼の声が響く。


「君の声、あったかいね」


俺は目を閉じて、そっと呟いた。


「遼、俺、お前の声を絶対忘れない」


夢の中で、またあの水族館。クラゲの光。遼の笑顔。そして、俺の叫び。俺は知ってる。遼はそこにいる。俺が信じてる限り、絶対に。

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