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第14話:賢者の塔の光と、絆の糸車

レムナント大陸の村は、不気味な静寂に包まれていた。

家々の窓は閉じられ、人々は表情のない顔で、ただ虚ろな瞳を虚空に向けている。彼らの瞳に、かつて宿っていたはずの喜怒哀楽は、完全に消え失せていた。

村の中央に立つリオスは、その光景に胸を締め付けられていた。この場所は、ヴァイスとの戦いで見た帝都の崩壊とは違う、静かで、しかし魂を蝕むような絶望に満ちていた。

「…ひどすぎる。こんなことが…」

「この塔そのものが、世界の歪みを増幅させている」

隣に立つルクスは、リオスの右腕に輝く「異晶」に視線を向け、淡々と告げた。彼女の視線の先には、村の背後にそびえ立つ、巨大なノイズの塊と化した「賢者の塔」がある。

塔の頂上から立ち上る黒いノイズの渦は、この村の異変の原因であることを雄弁に物語っていた。

「《絆を紡ぐ糸車》の封印を解くには、あの塔のシステムを正常に戻す必要がある。だが、内部には強力な『ノイズ』が待ち構えている」

ルクスの言葉を聞きながら、リオスは固く拳を握りしめた。脳裏に蘇るのは、ヴァイスとの激闘、そして仲間たちと分断される直前の、温かい記憶。ミオの屈託のない笑顔、アデルの頼もしい横顔、そしてソラの優しい声。

(俺は、もう二度と、大切なものを失ったりしない…!)

彼の胸の中で輝く「絆の光」が、その決意に呼応するように、眩い輝きを放った。

「行くぞ、ルクス」

リオスは、大剣を構え、塔へと向かう。彼の心は、怒り、悲しみ、そして、仲間たちとの絆を再び取り戻すという、確固たる希望に満ちていた。

「…待て」

ルクスがリオスの腕を掴む。その眼差しは、静かだが、強い意志を宿していた。

「無闇に突っ込むな。この塔のノイズは、貴方の『異晶』の破壊的な力に強く反応する。下手に攻撃すれば、ノイズが暴走し、村人たちの感情データは完全に消滅するかもしれない」

その言葉に、リオスは足を止めた。彼の心に焦りが生まれる。

「じゃあ…どうすればいいんだ?俺の力は、これしかないんだ…!」

ルクスは、静かにリオスの手から離れ、自らの手の中に、光の粒子を集め始めた。粒子は徐々に形を成し、半透明で淡く輝く、一本の片手剣へと姿を変えていく。それは、物理的な剣ではない。彼女自身の意志と、「正の感情」が具現化した、『観測者のオブザーバーズ・ソード』だった。

「私の剣は、ノイズの構成要素を『観測』し、その根源にある歪みを『安定』させる。貴方の剣は、その安定した歪みを『消滅』させるためのもの。二つの剣が、一つになって初めて、この塔を攻略できる」

ルクスの言葉は、二人の剣が持つ意味、そして、彼らの運命的な連携を示唆していた。

賢者の塔の門が、重々しい音を立てて開く。

内部に一歩足を踏み入れた瞬間、外界の穏やかな光景は消え失せ、リオスたちの目の前には、無数のピクセルで構成された、幻覚のような空間が広がっていた。床は不規則に点滅し、壁には意味をなさないプログラムコードが流れている。

「やはり…世界の歪みは、この塔で増幅されていたか」

ルクスが呟いた瞬間、空間が大きく揺れた。床から、無数の黒い影が這い上がり、剣と盾を構えた骸骨騎士の姿を形成する。

《ノイズ・アブソープション》

それは、かつてリオスが戦った魔物の姿を模しているが、その身体はピクセルで構成され、不気味な電子音を発している。

リオスは、大剣を振るい、眼前の骸骨騎士を真っ二つに斬り裂いた。だが、斬られた騎士は、瞬時にピクセルとなって再生する。

「無駄だ! 物理的な攻撃では、奴らは倒せない!」

ルクスが叫ぶ。彼女は、手にした『観測者の剣』を、目の前の《ノイズ・アブソープション》へと突き刺した。

剣が触れた瞬間、骸骨騎士を覆っていた黒いノイズが、まるで浄化されるかのように淡い光を放ち始める。不気味だった電子音は、次第に安定した音へと変化していった。

「今だ! リオス!」

ルクスの声が、リオスの耳に届く。

リオスは、ルクスが安定化させた骸骨騎士の胸に、自身の「異晶」の力を込めた大剣を突き立てた。

消滅アナイアレイション

光が弾け、骸骨騎士は存在そのものをデータから抹消された。

「すごい…!」

リオスは、ルクスとの連携の可能性を肌で感じていた。彼の破壊の力は、ルクスの安定化の力と組み合わさることで、真価を発揮するのだ。

塔の中層へと進むにつれ、現れる《ノイズ・アブソープション》は、より強力で、そしてより醜悪な姿へと変わっていく。それは、村人たちが抱えていた、様々な「負の感情」の具現化だった。

「これは…『絶望』のデータ…!」

ルクスが、空間の歪みを読み解きながら呟く。

目の前に現れたのは、巨大な蜘蛛のような姿をした《ノイズ・アブソープション》。その目は、無数の赤い光を放ち、リオスとルクスの心を直接蝕もうと、精神攻撃を仕掛けてくる。

リオスは、その絶望に一瞬、剣を引いてしまった。過去に経験した、仲間を失うかもしれないという絶望の記憶が、彼の心に蘇る。

「…怯むな!」

ルクスの声が、彼の耳に響く。彼女は、自らの『観測者の剣』で、絶望のノイズを斬り裂き、リオスの心の闇を打ち払おうとしていた。

ルクスの剣が放つ光は、リオスの心を襲う負の感情を打ち消し、彼の「絆の光」を再び輝かせた。

(違う、俺は、一人じゃない…! みんなの絆が、俺の中にたしかにあるんだ!)

リオスは、絶望を振り払い、再び大剣を構えた。

「これは…俺とみんなの、希望の光だ!」

リオスとルクスの二つの剣が、まるで光の軌跡を描くように、塔の空間を駆け抜ける。

破壊の剣と、安定の剣。

二つの剣の光が一つになった時、賢者の塔に深く根付いたノイズは、ついにその沈黙を破り、最上階への道が開かれた。


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