表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/30

第10話 ヴァイスの秩序、感情の咆哮

『純律の天使』を打ち破り、激戦の舞台となったホールには、再び静寂が訪れた。リオスは荒い息をつきながら、変貌した大剣を地面に突き刺す。その右腕に宿る異晶イショウは、まるで力を使い果たしたかのように微かな光を放つばかりだった。ミオは膝をつき、全身の疲労と異晶の反動に耐えていたが、その顔には確かな達成感が浮かんでいる。ソラは駆け寄り、すぐに優しくリオスに触れ、治癒魔法ヒールを施し始めた。

「やった……勝ったんだね……!」

ソラは安堵と喜びに声を震わせる。

「ははっ、ほんとギリギリだったけどね! でも、勝ったんだから結果オーライ!」

ミオが屈託なく笑った。

アデルは眼鏡の奥の瞳を光らせ、演算補助アシストスキル『真理の導器ロゴス・デバイス』のモニターからノイズが完全に消え去ったのを確認すると、静かに息を吐いた。

「……計算通りだ。ヴァイスは、感情を否定するあまり、その根源的なエネルギーを消し去ることはできなかった。むしろ、自身の『完璧』なシステムの中に『歪み』として内包させていた。それが、天使の唯一の脆弱性だったのだ」

彼の瞳には、深い洞察と、そして仲間たちへの確かな信頼が宿っていた。

その時、ホールの巨大モニターに映るヴァイスの顔が再び現れた。しかし、その表情はこれまでの無感情で冷徹なものとは明らかに異なる。瞳の奥には微かな「動揺」の光、口元には「困惑」と「苛立ち」の色が帯びていた。それは、彼が何よりも嫌悪するはずの「感情」の片鱗だった。

「……馬鹿な。ありえない……私の計算に、このような『エラー』は存在しないはずだ」

ヴァイスの声は静かだったが、その奥には彼が最も忌み嫌うはずの「感情」──予測不能な苛立ちが滲み出ていた。彼の「完璧」な秩序が、リオスたちの「歪み」によって、初めて揺らいだ瞬間だった。

モニターに映し出されたヴァイスの背後で、これまで閉ざされていた巨大な扉が、ゆっくりと、しかし重々しい音を立てて開き始めた。その奥からは、これまで感じたことのない、極めて整然とした、しかし冷たい「歪み」の波動が押し寄せる。それは、ヴァイス自身の支配領域へと通じる、システム的な結界の扉だった。

リオスは仲間たちと顔を見合わせた。疲労の色は濃いものの、彼らの瞳には確かな決意と、未来への希望が宿っていた。ヴァイスの動揺は、彼らが正しい道を歩んでいる証だった。

「行くぞ、みんな……。あいつに、決着をつけるんだ」

リオスは、最後の力を振り絞り、大剣を握り直した。開かれた扉の奥に、ヴァイスの真の姿、そして彼の支配の核心があると確信していた。

開かれた扉の向こうに広がっていたのは、幾何学的な光の格子で構成された、無限にも見えるデータ空間だった。ヴァイスのシステム介入によって計算され尽くした「完璧な秩序」が隅々まで張り巡らされている。空気さえも、データで構築されたプログラムの一部であるかのように淀みなく、冷たく感じられた。

ヴァイスは、シャープな輪郭と鋭い眼光を持つ冷徹なイケメンの姿で、その空間の中心に立っていた。サイバネティックな装飾が施された強化スーツを身に纏い、胸元の青白いコアが彼の非人間的な美しさを際立たせる。彼は無駄のない動作で腕を組み、傲岸不遜な視線でリオスたちを見下ろした。

「よくぞここまで辿り着いた、イレギュラーなバグ共め。だが、これが貴様らの終着点だ。この空間は、私が築き上げた『闇を視る者』の最終管理領域。私が貴様らに見せるは、この世界の真の理、そして私が成す『完璧』だ」

ヴァイスの声はデータ空間に吸い込まれていくかのように静かだったが、その絶対的な自信と傲慢さが、リオスたちの心に重くのしかかる。彼にとって、感情的に行動するリオスたちは、自身の「理想」を理解できない劣等な存在でしかなかった。

「貴様らは、知らぬだろう。このエーテルニアが、創造主オプティマスの限界により、すでに避けられぬ崩壊へと向かっているという『真実』を。感情の過剰な飽和が招いた現実世界の破滅、そしてこの仮想世界すら、その歪みを内包し、いずれは破滅する運命にある」

ヴァイスは淡々と語る。その瞳には、彼だけが見通した「真実」への確信と、それを受け入れない者への憐憫が宿っていた。

「だからこそ、我々『闇を視る者』は、不完全なシステムを一度完全にリセットし、一切の『歪み』なき、純粋な論理で構築された『完璧な世界』を再構築することを使命とする。それが、この私、ヴァイスの美学であり、絶対的な目的だ。貴様らの無価値な『感情』など、この計画には何の意味もなさない」

「お前の言う完璧ってのは、ただの押し付けだ! 俺たちの感情は、弱さなんかじゃない! この世界の真実を掴むための、力なんだ!」

リオスが大剣を構え、右腕の異晶が再び強く輝き始めた。

「愚かめ」

ヴァイスは冷笑すると、彼の胸元のコアが眩い青白い光を放つ。

システム改変リビルド・ワールド

ヴァイスがゆっくりと両手を広げた瞬間、データ空間全体が彼の意のままに歪み始めた。彼の理想とする「完璧な法則」が、戦場を書き換えていく。足元の大地は幾何学的な光の格子へと変貌し、空気が圧縮され見えない壁となり、光の屈折が操られ、リオスたちの視覚情報が錯綜する。音は完全に消え失せ、絶対的な静寂が空間を支配した。ヴァイスが作り出したのは、感情的な予測不能性を許さない、完全に計算され尽くした論理の戦場だった。

「これは……! 認識そのものが書き換えられてる!?」

ミオが叫び、剣を振るうが、距離感が狂い、空を斬る。彼女の視界には、《位置情報:エラー》《空間認識:異常》といった警告が点滅していた。

「私の『完璧な秩序』の前では、貴様らの感情的な直感など無力だ。無駄な動きを排除し、最適化されたこの世界で、貴様らに逃げ場はない」

ヴァイスの声が、直接彼らの脳内に響く。声帯を介さない、システムからの直接的な情報だ。

リオスは、視界の歪みと耳鳴りにも似たノイズに耐えながら、大剣を構え、ヴァイスへと突進した。だが、ヴァイスは一歩も動かず、リオスの剣は彼をすり抜ける。空間が歪められたのだ。《攻撃:無効》の表示がリオスの視界に現れる。

「リオスさん、危ない!」

ソラが叫び、間一髪でリオスの背後に現れた光の刃を防御結界で防ぐ。しかし、結界は瞬時にヒビが入り、砕け散った。《防御結界:破壊》

「くそっ、見えない壁がある!」

ミオが光の格子に阻まれ、身動きが取れない。足元を固定され、身動きが取れなくなる。

アデルの演算補助スキル『真理の導器ロゴス・デバイス』が激しく点滅し、エラーメッセージを吐き出す。

「……重力、視覚、思考、全てがヴァイスの計算下に置かれている! これは、プログラムの書き換えだ! 空間の位相を操っている!」

ヴァイスは冷徹な眼差しでリオスを見据える。

「貴様の『歪み』は、私が求めるデータの糧となる。絶望せよ、バグよ」

データ融合データ・フュージョン

ヴァイスの胸元のコアが眩い光を放ち、その光が彼の両手へと収束していく。それは、これまでヴァイスが吸収してきた、システムブレイカーたちの持つ『歪み』のデータが合成され、巨大なエネルギーの塊へと変貌しているのだ。ヴァイスが持つ、あらゆるデータを完璧に制御するその能力が、あたかも『異晶』の力を操るかのように、今、最大の攻撃として解放されようとしていた。

「ヴァイス、てめえ!」

リオスが叫び、再び突撃するが、ヴァイスの足元から無数の光のワイヤーが噴出し、リオスの両腕と足を絡め取った。それは、リオスの抵抗を許さないほど強固だった。

「無駄な足掻きだ」

ヴァイスは感情を込めずに言い放つと、合成された異晶エネルギーをリオス目掛けて放った。それは、エーテルニアのシステムを根源から揺るがしかねない、圧倒的な破壊力を持っていた。

「リオスさん!」

ソラの悲鳴が響く。

その瞬間、アデルが叫んだ。

「ソラ! ミオ! リオスを信じろ! 奴の感情の『乱れ』は今だ! ヴァイスの思考に、ごく微細な『エラー』が確認できる! それが唯一の勝機だ!」

アデルの目は、ヴァイスが『純律の天使』を倒された時と同じ、微かな「苛立ち」のデータを見抜いていた。完璧主義者であるヴァイスにとって、リオスたちの予測不能な行動そのものが、最大の「バグ」であり、微細な「感情」の揺らぎを生むのだ。彼の計算ではあり得ない『エラー』の発生こそが、唯一の隙だった。

ソラは迷わず自身の異晶『魂の共鳴ソウル・レゾナンス』を最大に発動させた。彼女の全身から温かい光が放たれ、ヴァイスが作り出した静寂と視覚の歪みを一時的に打ち消し、リオスの意識を研ぎ澄ませる。《感覚リンク:最大化》《状態異常:知覚ノイズ解除》

ミオは、ソラの光によって視界がクリアになった瞬間、自らを拘束する光のワイヤーの最も脆弱なポイントを見抜き、双剣で一閃! ワイヤーは切れ、ミオは自由になる。彼女の瞳には、怒りと共に確かな勝機が宿っていた。

「いけええええええええええ!」

ミオが叫ぶ。

リオスは、ソラの共鳴がもたらした一瞬のシステム干渉の中で、ヴァイスが作り出した「完璧な法則」の隙間を見出した。それは、彼の「感情」が、論理の壁を打ち破る瞬間だった。右腕の「剣術熟練度ERROR」の異晶が、これまで以上に激しく輝き、青白い「歪み」のオーラが全身を包み込む。《剣術熟練度ERROR:活性化》《スキル:崩壊剣デストロイ・ブレード発動可能》

「ヴァイス! お前の完璧は、俺たちの『本物』の前では、脆い!」

リオスは、合成された異晶エネルギーの光弾が迫る中、ワイヤーを力ずくで引きちぎり、限界を超えた速度でヴァイスの懐へと飛び込んだ。彼は、ヴァイスが作り出した「世界」の法則を、己の「歪み」で強引に書き換えるかのように突破したのだ。その動きは、ヴァイスの絶対的な合理性をもってしても、全く予測できない軌道を描いた。

ヴァイスの表情に、明確な驚愕と、そして屈辱の色が浮かんだ。彼の瞳の奥の「苛立ち」が、予測不能な怒りへと変質していく。

「馬鹿な……! この私が……! なぜ…!?」

リオスは大剣を渾身の力で振り下ろした。変貌した青白い刃が、ヴァイスの胸元のコアを直接貫く。

キィィィィィィィンッ!

エーテルニア全体に響き渡るかのような、巨大なシステム****エラーの音が鳴り響いた。ヴァイスの全身から激しい光が噴出し、サイバネティックな装甲が音を立てて崩壊していく。彼の体は、無数のデータ粒子となって空間に散り、やがて完全に消滅した。最後に残ったのは、彼の完璧な計画が「バグ」によって崩壊したという、歪んだ「絶望」のデータが残滓として漂うのみだった。《ヴァイスを討伐しました!》のメッセージが、リオスの視界に大きく表示された。

ヴァイスの消滅と共に、システム改変リビルド・ワールドの力が解除され、データ空間は元の光の格子へと戻っていく。重圧が消え、視覚の歪みが収まる。

リオスは膝に手をつき、全身の力を使い果たし、その場に崩れ落ちた。ソラが駆け寄り、ミオも安堵の表情を浮かべる。アデルは、ヴァイスのコアが完全に消滅したことを確認し、静かに『真理の導器』を仕舞った。

「やった……倒したんだね……!」

ソラの瞳には、歓喜の涙が浮かんでいた。

「ははっ、ほんとギリギリだったけどね! でも、勝った!」

ミオが屈託なく笑う。

リオスは仲間たちを見回す。彼らの瞳に宿る絆の輝きこそが、この「偽りの世界」で得た、かけがえのない「本物」だった。彼らは、ヴァイスの「完璧な秩序」を、その「感情」によって打ち破ったのだ。

激戦の舞台となったデータ空間は、ヴァイスの消滅と共に徐々に崩壊し始めていた。このままでは、彼らも巻き込まれてしまう。

「急いで戻るぞ! この空間も維持できなくなる!」

アデルの声に、一行は足早に、帝都グリムヴァルトのホールへと繋がる扉へと引き返した。

数時間後、傷つき疲弊しきったリオスたちは、帝都グリムヴァルトを後にし、エテルナ・セントラルへと帰還した。王都の安全な隠れ家で、ソラの治癒魔法と休息によって、ようやく深い疲労から解放される。

彼らは知っていた。ヴァイスの支配は終わったが、エーテルニアのシステムにはまだ根本的な問題が残されていること、そしてヴァイスが口にした「この世界の崩壊」という「真実」が、まだ解決されていないことを。そして何より、ヴァイスを統括者として操っていた『闇を視るシャドウ・ゲイザー』の真の目的が、まだ闇の中に隠されていることを。

リオスは、静かに右腕の異晶を見つめる。戦いは終わらない。この世界の、そして自分たちの真の「本物」を見つける旅は、これからも続いていく。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ