第94章 ― 静かなる襲撃
リュウガのチームは、完全に準備を整えていた。
その場の緊張感は、刃物で切れそうなほど濃密だった。
誰もがわかっていた。これは普通の任務ではない。
今回の目標は――テオ王国の心臓部。
廃墟に覆われた高台の一角で、リュウガは耳に装着された通信機の側面を押した。
「…サフィ、準備は?」
目の前にホログラムが浮かび、サフィの姿が映し出された。
彼女は新たな戦術スーツを着用していた。黒地に青の装飾が光る、機能美と冷静さを兼ね備えた装備だった。
「準備完了。航空プロトコル…開始。」
テオ中央区の高層ビルから、球体型ドローンが2機、夜空へと飛び立った。
続いて、四連装ミサイルキャノンを内蔵した長身の戦闘ロボットが展開された。
空が震えた。
――FWOOSH! BOOM!
爆発がテオ軍の監視塔を直撃。
警備システムが起動したが、すでに空は業火に包まれていた。
「――今だ! 全員、突入!」
リュウガの号令と同時に、チームは一斉に動き出した。
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閉鎖区域の屋上では、カグヤが風のように滑走していた。
新たな忍装束は、黒の短い着物をベースに、非対称の袖付きジャケット、裂けた白布のスカーフ、太ももに巻いた布、指なし手袋、左脚のガードを備えていた。
「…こちらカグヤ。位置についたわ。
監視塔と空中巡回が確認できる。警戒は高いけど、気づかれずに通ってみせる。」
機械製の鷹型ドローンが彼女の区域をスキャン。
光線が空間を走った――
ZASH!
空中で身を翻し、グローブからワイヤーを射出。
カグヤは別の屋根へと滑空し、わずか数センチ差で回避した。
「ちっ…厄介な…」
「カグヤ、応援部隊が向かってる。備えろ。」
リュウガの声が無線に入る。
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その頃、別の塔の上からクリスタルが出撃した。
彼女は肩と腿に光沢のあるプレートを装着した黒の戦闘スーツに身を包み、右腕は新たな赤いエネルギーを帯びた回転式プラズマキャノンへと改造されていた。
「目標確認。排除する。」
――BOOM!
一羽の機械鷹が、真っ二つにされて爆発。
もう一羽は慌てて旋回。
「フローラ、後は任せた。」
天から舞い降りたのは、翼のような金属花弁を背に持つフローラ。
四機のドローンが周囲を舞い、彼女の微笑みは凛として美しかった。
「――空中舞技:百の針。」
TAC-TAC-TAC-TAC!
光の弾丸が、次々と標的を貫いた。
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街の中心部。
灰色の人工空が広がり、街全体に白く淡い光が降り注いでいた。
街路は不気味なほど整然としていた。
あまりにも“整いすぎて”いた。
歩く人々は、まるで振付を覚えた舞台役者のように同じ歩幅で進んでいた。
目は虚ろ。感情は見えなかった。
「効率的な一日をお過ごしください。」
「仕えよ。生産せよ。従え。」
――「仕えよ。生産せよ。従え。」
フード付きのコートに身を隠したウェンディが、低くつぶやいた。
「…おかしい。まるで……プログラムされたみたい。」
「…私たちもそうだった」
アイオが震える声で言った。
「捕らわれていた頃は、ずっとこんな話し方してた…」
リュウガが歯を食いしばった。
「これはただの支配じゃない……意思の完全な消去だ。」
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遠くの塔から、リュウガは通信を開いた。
「――サフィ。フェーズ1、開始だ。」
ホログラムに映るサフィは、黒と白の戦術スーツを身にまとい、冷静に答える。
「突入ユニット、展開。スティルを呼び出す。」
建物の奥から、巨大なロボット・スティルが現れた。
2機の飛行ユニットを射出し、うち1機が変形してミサイルを発射――
――FWOOM! BOOM!!
市街地の外縁が揺れ、パトロール網に裂け目が生じた。
「――今だ!」
その合図と共に、カグヤはさらに変身した戦闘装備を纏い、屋根から飛び降りた。
手袋を起動し、壁を影のように駆け抜けた。
「移動中。宮殿の位置を確認中。」
下では、市民が整列して無感情に歩いていた。
母親が、無表情で子どもの手を引きながら呟く。
「仕えよ。生産せよ。従え。」
「仕えよ。生産せよ。従え。」
「…これは悪夢ね」
カグヤは声を押し殺して言った。
敵の飛行ドローンが彼女を感知。
レーザー音波が空気を切り裂く。
「――こちらカグヤ! 空からの援護が必要!」
「了解。すぐ行く。」
上空から、クリスタルが雷のように降下。
その右腕、赤く輝く砲が吠える。
「私の仲間には、誰一人、触れさせない。」
――KRAKOOOM!
一撃で敵ドローンを粉砕。
そのすぐ後ろ、白と桃色の戦術飛行スーツを纏ったフローラが滑空。
ふたつのドローンが周囲を旋回。
「――花弁の雨、解放。」
TAC-TAC-TAC-TAC!
無数の光の針が敵を貫き、空中戦を一掃した。
「…助かった。」
カグヤは微笑み、再び疾走。
「宮殿に向かう!」
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その頃、リュウガは操られていない市民たちを導いていた。
「こっちです、安心してください。安全な場所へ案内します。」
だが、ひとりの老人は無表情で彼を見つめ、こう呟いた。
「仕えよ。生産せよ。従え。」
「……違う」
リュウガは小さくつぶやいた。
「君は機械じゃない。人間だ。」
手を差し出すと、青い光のゲートが開き、彼らをアイオが準備した避難所へ転送した。
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路地裏では、アンとアイオがその光景を目の当たりにしていた。
市民の多くが、無機質な言葉と行動に従っていた。
「……アイオ、本当に私たちもこんな風に話してたの…?」
アンが、涙を浮かべながら問う。
「……うん。でも、もう違う。」
ふたりは力を取り戻すようにうなずいた。
アンは杖を構え、アイオは防御装置を起動した。
彼女たちの戦いが――今、始まる。