第90章 ― 宇宙の残響(うちゅう の ざんきょう)
静かな夜がミラージュ・サンクタムに訪れていた。
部屋の中では、浮遊する淡い光のクリスタルだけが照らす光源となっていた。リュウガはベッドに横たわっていたが、安らぎは得られなかった。
あまりにも多くの感情、あまりにも重い責任を抱えていたのだ。
彼の視線は天井に向けられていたが、思考は遥か彼方へと漂っていた。
彼はため息をついた。
胸の奥に、言葉にできない重みを感じていた。それは肉体的なものではなく、精神的なものだった。
まるで、何かが彼を呼んでいるかのような…あるいは、彼を待っているかのような感覚。
目を閉じると、これまでの出来事の重みが彼をゆっくりと眠りへと引き込んでいった。
そして――すべてが変わった。
何の前触れもなく、何の移行もなく、リュウガは目を開いた。
そこは、もう彼の部屋ではなかった。
目の前には、果てしない宇宙の空間が広がっていた。
遥か遠くに浮かぶ銀河、流れる星々、それらはまるで一瞬の想念のように輝いていた。
天井も床も存在しないその場所で、彼は光でできたプラットフォームの上に立っていた。
「ここは…どこだ…?」
驚きと戸惑いの中でリュウガがつぶやくと、その声は星の間に消えるように反響した。
その時――声が響いた。
やさしく、深く、全方位から届くその声は、どこからともなく彼の魂に触れた。
「わが子よ…」
リュウガはすぐに振り返った。
そこには、光の螺旋の上に浮かぶ人型の存在があった。
顔はなく、ただ純粋なエネルギーで形作られていたが、威厳と優しさに満ちた存在。
紫がかった光の輪郭は、まるで宇宙の誕生をその身に宿すようだった。
「…お前は誰だ?」
驚きと警戒が混じった声でリュウガが問いかける。
その存在は穏やかに答えた。
「我は“在る者”である。」
「“在る者”…? なぜ俺を“わが子”と呼ぶ?」
「それは私の習わし。血のつながりではなく…運命においての子であるからだ。」
リュウガは困惑し、眉をひそめた。
「俺に…何が望みだ?」
「お前の恐れを感じてきた。最初の瞬間から。お前が抱える痛み、沈黙の中で飲み込む不安…すべて、見てきた。」
「なら…俺が異世界から来たことも知ってるのか?」
「もちろんだ。お前も、心のどこかでずっと知っていたはずだ。」
リュウガはゆっくりとうなずいた。言葉が胸に重く響いた。
「じゃあ…最初から教えてくれればよかっただろう。すべてが始まった時に。」
光の存在は、ゆっくりとリュウガに近づき、光の手を彼の肩に置いた。
その手は熱くも冷たくもなく、ただ…知恵に満ちた暖かい抱擁のようだった。
「お前はその時、“備わって”いなかった。お前が経験したことは、すべてが必要だった。痛みさえも。すべてが、お前という剣を鍛えるために。」
「今こそ…真に自分が何者かを見る時が来た。」
周囲が一気に光に包まれ、景色が変わった。
宇宙が回転し、彼らは別の空間へと移された。
そこは果てしない草原だった。
空は言葉では表せない色の混合で、空中には巨大なクリスタルの柱が浮かび、時間そのものが舞うように流れていた。
「ここは…?」
「ここはリウム。ここで、我が知識と、お前が知るべきすべてを授けよう。」
リュウガは不思議な静けさに包まれていた。恐怖はなかった。ただ、理解しようとする意識だけがあった。
「“一部の者は実利主義になる”と、君は言った。どういう意味だ?」
その存在は手を上げ、空間に映像が映し出された。
人々を救う者が一人を犠牲にする姿。
争いを避けた者が、結果として全てを失う姿。
「プラグマティストとは、結果を優先して行動する者。感情ではなく、機能で選ぶ。
彼らは、お前の仲間にも、敵にも、そして…お前自身の一部にもなる。
その二面性と共に生きろ。ある決断は“機能するから”選ばれ、別の決断は“感情で”選ばれ、そして時にはその両方となる。」
リュウガはゆっくりとうなずいた。
「じゃあ…どうして俺には“クラス”がない? なぜいつも、“無所属”なんだ?」
「“無所属”とは、間違いではない。それは“未定義”ということ。型に収まらぬ者のための空白だ。
多くの者はそれを弱点と見る。だが、私には見える。
“限界のない者”の力が。」
「それはつまり…?」
「お前は、まだ自分自身の一部しか見つけていない。残りは…これから目覚めるのだ。」
光が一気に強まった。
「来るがよい、わが子よ。時と空間の限界を越えるのだ。」
リュウガは手を差し出した。
二人は共に旅をした。未来の戦い、無数の可能性、自分自身のあらゆる姿。
そのすべてが教訓であり、魂の火種だった。
それは数時間にも思えたが、同時に一瞬でもあった。
「我」と名乗る存在は、リュウガに数々の真理を教えた。
そのすべてが、彼の中でゆっくりと芽吹く準備をしていた。
そして――すべてが、柔らかな光の中に溶けていった。
「もう…終わったのか?」
リュウガは少し寂しげに聞いた。
「今は、な。」
「また君に会えるか?」
その存在はさらに輝きを増し、姿を失いかけながら答えた。
「その時が来れば、また会える。だが忘れるな。もし自分を疑う時が来たら…
内なる声を聞け。そこにこそ、答えがある。」
光は完全に消えた。
そしてリュウガは目を覚ました。
ベッドの上。
その頬には、一筋の涙が流れていた。
だが、胸の奥には――初めて感じる静かな“安らぎ”が宿っていた。