第89章 ― 最後の決断(さいごのけつだん)
夜がミラージュ・サンクタムに訪れた。だが、それは自然な闇ではなかった。人工のドームが星空を再現しており、あまりにも鮮やかで美しく、ここが地下であることを忘れてしまうほどだった。すべては静かに見えたが、アンドロイドたち一人一人の心の奥では、ある静かな戦いが始まっていた。創造主に守られたこの避難所に留まるのか…それとも、新たな指導者と共に、不確かな戦へと進むのか。
リーフィは、内庭の小道をひとり歩いていた。光る花々が、彼女の記憶にささやくように揺れていた。後ろには、パール、サフィ、そしてクリスタルが沈黙のままついてくる。
「こんな日が来るなんて…思ってもみなかった」
リーフィはそうつぶやき、創造主の墓の前で立ち止まった。
「彼は…この場所は永遠でなければならないって、いつも言ってた。でも今、その“永遠”は壊れたの。」
パールはそっとひざまずき、小さな金属の花を墓の前に置いた。
「もし…私たちが間違っていたら? 出て行った瞬間に、私たちが“私たち”でなくなってしまったら…?」
サフィは優しく見つめたが、その表情にも迷いがにじんでいた。
「私たちは、この聖域の守護者? それとも、彼の意志の守護者なの?」
クリスタルは腕を組み、視線をそらした。彼女のフューシャ色の目が、炎のように輝いていた。
「彼は他人を救おうとして死んだのよ…隠れるためじゃない。」
リーフィは振り返り、一人一人の顔を見つめた。まるで、その表情を心に刻むかのように。
「じゃあ…決めようか。」
パールは静かに、だが力強くうなずいた。クリスタルは「ふん」と鼻を鳴らしただけだったが、それが答えだった。サフィは一歩前に出た。
「彼の意志を、この壁の外まで届けよう。」
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夜明けとともに、リュウガはすでに中央ホールで待っていた。プレティウム、ヴェル、カグヤ、セレステ、リシア、ウェンディ、アイオ、アン、そして彼らと共に来た少数の人間たちもそこにいた。
メインエレベーターの扉が開いた。
メイドたちが一人ずつ前に進んできた。彼女たちはもはや“使用人”の装いではなかった。新しい制服は暗い色を基調に、金属の装飾が施されていた。胸には光るプレートをつける者もいれば、軽い肩当てを備える者もいた。クリスタルは袖のない黒いコートをまとい、新しく修理された機械の腕が見えていた。
リーフィが顔を上げ、リュウガに告げた。
「私たち…決断を下しました。」
リュウガは一歩前に出た。言葉は発さず、ただ静かに待った。
「私たちも、行きます。」
リーフィの声は柔らかく、それでいて揺るがなかった。
「ただし、条件があります。」
「どんな条件だ?」とリュウガが尋ねた。
「創造主の遺産を…ただの戦争の道具にしてはいけません。私たちは破壊するために戦うのではない。守るために戦うんです。もし戦うのなら、それは“解放”のためでなければ。」
リュウガは微笑み、静かにうなずいた。
「そのつもりだったよ。初めて君たちに会った時から、分かっていた。」
クリスタルが腕を組んだまま彼を見た。
「勘違いしないで。あんたのことが好きだからじゃない。でも…テオ王国のヘルメットをいくつか蹴っ飛ばすのも、悪くないかもね。」
「君、笑ったことあるの?」と、ヴェルがくすっと笑いながら聞いた。
「君、黙っていられることあるの?」とクリスタルが眉を上げて返す。
周囲に軽い笑いが広がった。サフィでさえ、少しだけ微笑んだ。
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数時間後、聖域全体が動き出していた。何十年も稼働していなかったロボットたちが点検され、アンドロイドたちは自らの防衛システムを調整し、外部へとつながる新たな秘密ルートが起動された。
メモリアルのドームでは、リュウガが再び創造主のホログラムを見つめていた。それはまるで、最後の別れのようだった。
「これを見ているなら…君はやり遂げたということだ。彼女たちはもう、独りじゃない。そして君は…もっと大きな何かの一部になった。導いてやってくれ。守ってやってくれ。そして、お願いだ――我々が犯した過ちを、繰り返さないでくれ。」
リュウガは拳を強く握った。
「…繰り返さない。」
リーフィが近づき、一つの装置を差し出した。
「これは、聖域内のオートマタやアンドロイドたちの指令系統と接続するためのもの。これで、あなたは正式に…彼らの司令官です。」
「じゃあ、君は?」とリュウガが彼女を見つめて問うた。
リーフィは寂しげに微笑んだ。
「私は…彼女たちの“心”であり続けます。」
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最後の場面では、全員が庭園の地下にある大きな隠し扉の前に集まっていた。
扉が開いたとき、外の空気――湿って冷たい風が、彼らの頬をなでた。世界が、彼らを待っていた。
テオ王国は、来たるものを知らなかった。
そしてミラージュ・サンクタムの奥深くで、創造主の墓が最後に一度だけ光を放った。まるでこう語るかのように:
「未来は…君たちのものだ。」