第86章 ― 静かに脈打つ機械の心
空気にはまだ緊張が残っていた。
リュウガはクリスタルを聖域の外壁に押し付け、動きを封じていた。
その息は荒く、視線はぶれずに鋭く、まるで内側で嵐が渦巻いているかのように、彼の気配は脈打っていた。
「話せ!」
リュウガは厳しく言った。
「ここは一体何なんだ? 何があった?」
クリスタルは顔を影に隠し、すぐには答えなかった。
拘束されているにもかかわらず、彼女には恐れがなかった。
紫の瞳が静かに揺れ、電気のような光を宿し、抑え込まれた感情を秘めていた。
だが――沈黙。
「何を隠しているんだ!?」
リュウガがさらに力を強めようとしたそのとき、後ろから静かな声が響いた。
「やめて……お願い」
振り向くと、リーフィーが静かに近づいてきていた。
その顔には、深い悲しみがにじんでいた。
「やめてあげて、リュウガ」
彼女はかすれるような声で言った。
「彼女のせいじゃない。彼女は……ただ、過去を手放せなかっただけ」
リュウガは眉をしかめ、ゆっくりと力を解いた。
クリスタルは膝をつき、地面に崩れ落ちた。
だが、立ち上がることはなかった。
ただ、静かにうつむいていた。
リーフィーは空を見上げた。
――人工の空。
静かに語り始めた。
「そろそろ、全部知ってもらう時ね」
その気配に、仲間たちも静かに集まってきた。
セレステ、カグヤ、アイオ、アン、ヴェル、リシア、ウェンディ、プレティウム――
皆が言葉を飲み込み、ただ耳を傾けた。
「この場所を創った人は……テオ王国の出身だったの」
その言葉に、空気が揺れた。
リシアは目を見開き、ヴェルは拳を握りしめ、プレティウムは目を細めた。
「でも、他の者たちとは違ってた」
リーフィーの声は静かだった。
「彼は、テオが堕ちる前から夢を見ていた。弱き者を守ろうとした。
彼には特別な才能があったの――心で思い描いたものを形にする力。
魂を宿す機械を創る、そんな力をね」
アイオとアンは、周囲のメイドたちを見つめた。
「全部……彼が造ったんだな」
リュウガが低くつぶやいた。
「そう」
リーフィーは頷いた。
「この避難所も、構造も、私たちも――
闇から逃れる者たちに希望を与えるために、彼が願って造ったものなの」
クリスタルは機械の拳を握りしめ、顔を伏せたままだった。
「でも、ある日、すべてが変わったの」
リーフィーの声が少し震えた。
「彼は、再びテオへと向かったの。
行方不明になった避難民の痕跡を見つけたと言って……
一人で、誰の助けも借りずに行った」
沈黙。
「数日が過ぎたわ……永遠のように長い日々……
そして、やっと戻ってきた。
彼は血まみれで、マントは裂け、呼吸はかすかだった」
その記憶が、彼女の目に浮かぶ。
「私は走った。彼が倒れる前に抱きとめた。
『リーフィー……』彼は言った。
『ごめん……救えなかった……』
涙が、彼女の人工の頬を静かに流れた。
『この場所を……終わらせないで……
私がもう……いなくても……生かして……』」
クリスタルは顔を上げずに言った。
「彼は……リーフィーの腕の中で死んだ」
リーフィーはゆっくりと頷いた。
「ええ。微笑んでいた……でも、平穏ではなかった。
彼はわかっていた。テオは彼を許さないと。
この世界が、彼の理想を許さないと……」
リュウガは静かに拳を握りしめた。
「その後は……?」
「彼がいなくなって、彼の命に繋がっていた機械たちが機能を失っていった。
システムは崩壊し、人々は病み、死んでいった。
私たちはできる限り支えたけど……
最終的に残ったのは、私たちだけ。
主なきメイドたち。
意味を失った聖域」
ヴェルは口元を押さえ、アイオは泣き声を殺していた。
「怒りが……積もっていった」
クリスタルの声は硬かった。
「彼への怒りじゃない。
世界に対して。テオに対して。
この、終わらない記憶に対して」
リーフィーは膝をつき、そっとクリスタルの手を握った。
「でも、今は違う。あなたたちが来た。命が戻った。希望が芽吹いた。
――彼の犠牲は、無駄じゃなかったのかもしれない」
リュウガが前に出た。
「それで……俺たちに、何をしてほしい?」
リーフィーはまっすぐ彼を見た。
「この物語を、伝えて。
テオと戦うなら、ただの復讐じゃなくて――
声を持たなかった者たちのために。
彼の願いのために」
リュウガは力強く頷いた。
「やるよ。……俺が、やる。絶対に」
静寂が空気を満たす。
その誓いの言葉は、空に刻まれた炎のようだった。
創造主は、もういない。
だが――
その想いは、生き続けていた。
リーフィーの中に。
クリスタルの中に。
聖域のすべての角に。
そして今、リュウガの中にも。