第82章 ― 鋼のオアシス(はがねのオアシス)
ミラージュ・サンクタムでは、朝日は窓から差し込まない。
この空間の「時間」は人工的なプログラムにすぎない。
だが、それでもどこかに“朝”のようなやわらかな気配が流れていた。
館内のスピーカーから、パールの穏やかな声が響いた。
「ご宿泊の皆さま、リクリエーション・サイクルを開始いたします。
休息エリアはすでに開放されております。
リラクゼーション・ルートをご希望の際は、お声がけくださいませ」
ライガはゆっくりと目を開けた。
久しぶりに、体に痛みがなかった。
だが、心はまだ警戒を解いていなかった。
隣にはカグヤが眠っていた。眉間にしわを寄せ、枕を抱きしめている。
その姿に思わず微笑みが漏れる。
彼女が**「くつろぐ」**など、想像しにくかった。
だが、この場所には――不思議な魔力があった。
中央庭園での短い朝会の後、パールが現れて案内を始めた。
「回復プロトコルでは、最低でも1時間の**“制御された余暇”**を推奨しております。
この施設は、混沌の中で“静けさ”を得るために設計されました。
ルートはお好きにお選びくださいませ」
☑ レクリエーション先:四つのオアシス
プールゾーン – 担当メイド:アズ(Azu)
ウェンディ、アン、アオ、リシア、ヴェルは、
ガラスのトンネルをくぐり、天井に晴天を模したホログラムが広がる大ドームへと案内された。
中央には、温水プール。周囲にはエキゾチックな植物が飾られ、柱の間には香りが流れていた。
そこに立っていたのは、水色の髪と白いセレモニードレス型水着を身にまとうメイド、アズ。
「アクアゾーンへようこそ。
水温はすべて最適値に調整済みです。
ご希望により、デザインフロート、泡マッサージ、あるいは水上バレーボールなどをご提供できます」
アンが叫ぶ。
「バブル〜〜〜〜ッ! アオ、いっしょに!」
ウェンディは最初、母としての威厳を保とうとしたが、
はしゃぐ娘たちを見て――思わず笑い、すぐに参加した。
リシアは美しくダイブし、
ヴェルは水の縁にしがみつきながら警戒する。
「……このプール、生きてるのか?」
アズは首をかしげる。
「いいえ。でも、感情に反応する設計です。
アクアティック・オアシスの水は――“心”に寄り添います」
「……それ、良いことなのか?」
とヴェルが言った瞬間、水面から小さな波が顔に跳ね返った。
庭園ゾーン – 担当メイド:フローラ(Flora)
セレステとクロは、静けさを求めて東のウィングへ。
そこには広大な庭園が広がっていた。
不可能なほど色鮮やかな花、人工風に揺れる木々、
そして空には仮想の鳥たちが優雅に舞っていた。
出迎えたのは、長いピンクの髪と花柄ドレスを身にまとうメイド、フローラ。
「ようこそ、植物核へ。
この庭園は、感情を“植物”で映すことを目的に設計されています。
道すがらの花々が、皆さまの思考を読み取ります」
セレステが静かに歩くと、花が彼女の足元で色を変えた。
「……魔法みたい」
クロは近くの低木を嗅ぎながら眉をひそめた。
「……これ、チョコレート? ミントもする…?」
フローラが微笑む。
「“メンタチョコ”といいます。
感情を和らげる香りを持ち、特に――“言葉少なき者”に適しています」
「……別に、無口じゃない」
とクロはむくれた。
すると、彼の周囲の花々が淡い水色に染まった。
マッサージゾーン – 担当メイド:ナヤ(Naya)
ライガ、プリティウム、メグミの3人は、
黒檀の木で覆われた静かな空間に導かれた。
空気には、杉とアニスの香り。
光の鏡が、室内に柔らかな光を拡げていた。
そこに立っていたのは、褐色の肌、琥珀色の瞳、式服風のマッサージ装束を纏うメイド、ナヤ。
「どうぞ、おくつろぎくださいませ。
身体・精神の緊張度に応じた、完全カスタマイズ施術を行います」
プリティウムは拒んだ。
「……マッサージなど不要だ。私は健康だ」
メグミが彼の肩を押す。
「いいから、ちょっとは素直になれ!」
ライガは、両手を広げて横になった。
「……天国、かもしれん」
ナヤが肩に手を置いた瞬間――
幾年もの戦いの疲れが、音もなく消えていった。
「……上手いな」
「“英雄が、心に平穏を取り戻す”ように設計されています」
とナヤは静かに答えた。
プリティウムは、タオルで顔を覆いながらつぶやく。
「……悪くはないな」
バー&リラクゼーション – 担当メイド:ヴィオラ(Viola)
人工の夕暮れが広がる頃、仲間たちはバーのテラスへと集まっていた。
そこは、浮遊テーブル、発光ベンチ、そして心を和ませる音楽が流れる空間だった。
そこで彼らを待っていたのは――
漆黒の髪、深い青のカクテルドレス、赤い唇と艶やかな視線をもつメイド、ヴィオラ。
「ようこそ、“夜の心臓部”へ。
星のワイン、ホタル茶、“懐かしさ”のジュース――お好みは?」
カグヤがグラスを手に取り、無造作に口元をつけた。
「何だこれは……わからないが、気に入った」
リシアとヴェルは軽装のパジャマ姿で笑いながらカクテルを楽しんでいた。
ライガが尋ねた。
「どうしてそんなに、人の感情を理解できる?」
ヴィオラはまっすぐに彼の目を見つめ、静かに微笑む。
「だって、あなたたちが教えてくれたからよ」
エピローグ
その夜、ミラージュ・サンクタムで過ごした時間は――
ただの休息ではなかった。
それは、“なぜ戦うのか”を思い出させる時間だった。
たとえ、世界が戦争と裏切りと機械に満ちていても――
魂が呼吸できる場所は、確かに存在した。
そしてその奥で、パールは影の中から静かに見守っていた。
その顔に浮かんでいたのは――
おそらく、“誇り”と呼べるものだった。
まもなくユニークアクセスが1,000人に届きます。
でも、評価ポイントは「2」だけです。
あと少しだけで、ランキングに入れるかもしれません。
ここまで読んでくれたあなたに、心からお願いがあります。
もし、この物語が「悪くなかった」と思ってもらえたら……
★の評価ボタンを、たった一度だけ押してもらえませんか?
その一票が、作者にとっては本当に大きな意味を持ちます。
どうか、よろしくお願いします。