第81章 ― 真珠の輝き(しんじゅのかがやき)
ミラージュ・サンクタムの廊下は、生きている動脈のように開いていた。
天井と壁を走る柔らかな光のラインが、まるで建物が呼吸しているかのように脈打っていた。
一行の足音は、内部機構の微かなささやきと共に迎えられ、
センサーが彼らの存在を静かに認識していく。
ドアは完璧な精度で滑るように開閉した。
そのとき――
廊下の奥に、一人の少女が姿を現した。
雪のように白い髪、傷一つない白磁の肌。
そして、月光のように輝く銀色の瞳。
彼女はパールグレーのメイド服をまとい、白いレース、長い袖、装飾の施された袖口、
そして金属のティアラ型ヘッドバンドで髪を整えていた。
彼女は立ち止まり、優雅に一礼し、
その声は暖かく、調和に満ち、まるで音楽のようだった。
「ミラージュ・サンクタム居住核へようこそ。
わたくしの名はパール(Pearl)。
第7.4世代ヒューマノイド・サービスユニット。
滞在中、皆さまの案内および補助を担当いたします」
アオがぽつりと呟く。
「……この子もアンドロイド?」
パールは柔らかくアオに向き直り、微笑んだ。
「はい。わたくしは感情適応型アシスタントユニットです。
学び、理解し、人間の感性に寄り添うよう反応できます。
紅茶の準備、部屋の清掃、空間の維持管理、そして……」
(少しだけ間を置き)
「……必要であれば、“寄り添い”も提供いたします」
ライガが鋭く観察する。
歩き方、声の調子、視線の使い方――人間と見分けがつかない。
「君は中央核に繋がってるのか? それとも自律してる?」
パールは静かに答えた。
「部分的な自律性を持っています、ライガ様。
マトリクス司令ユニット“リーフィー”から指令を受けておりますが、
判断意識の領域は広く設定されています。
たとえば……“即興で対応する”ことも可能です」
カグヤが舌打ちする。
「即興? メイドが即興って、冗談?」
パールは近くの壁に手をかざす。
金属は静かに上昇し、ボタンのないエレベーターが現れた。
「外見だけで判断なさらぬよう、カグヤ様。
時に、外に輝くものだけでは、本質は語れません」
エレベーターが静かに上昇する間、プリティウムは腕を組んで眉をひそめる。
「完璧すぎる……制御されすぎてる。
……信用できん」
ヴェルが軽く肘でつつく。
「ちょっとはリラックスしたらどう?」
プリティウムが低く唸ると、アオが笑う。
「もう、“ガンコなおじいちゃん”みたい!」
「誰がじじいだ、コラ……」とプリティウムは不機嫌に腕を組んだ。
そして――扉が開いた。
全員が息を飲む光景がそこにあった。
透明なドームの下に広がる円形の回廊と庭園。
宙に浮かぶ金属構造から垂れるツタ。
青く光る水が流れる泉――その音は、まるで歌うようだった。
回廊の両側には客室が並び、
各扉には、それぞれの名前が浮かぶ光文字が刻まれていた。
パールは中央に立ち、やさしく告げる。
「各部屋は、皆さまの個人プロファイルに基づき調整済みです。
室内パネルから自由にカスタマイズ可能。
バスルームは自動調整式、
室温は生体センサーにより維持され、
空気の香りは感情パターンに応じて変化します」
ウェンディが最初に部屋へ入り、ため息をつく。
「まるで夢みたい……」
リシアは急いでパネルに触れると、部屋の中から叫んだ。
「丸いベッドに、色が変わるライト⁉
天才的すぎる!」
パールはどこか誇らしげな表情でそれを見守っていた。
やがてライガの方に向き直る。
「お休みの後、記録区域の案内をご希望でしたら、いつでもお呼びください、ライガ様」
ライガは一礼し、静かに応える。
「……ありがとう。
仲間たちを――“人”として扱ってくれて」
パールは数秒黙し、その銀色の瞳が優しく瞬く。
「彼らは“人”です。
――そしてここでは、それが意味を持ちます」
そう言い終えると、パールは可動式の壁の向こうへ姿を消した。
廊下の光が少しだけ落ち、静かな時間が流れる。
仲間たちは散らばり、探索しながら笑い、囁きあう。
だがライガだけは、庭園を見つめたまま立っていた。
そこには、遠い記憶の残響があった。
金属と花に閉じ込められた、
どこかの時代で交わした――忘れられた約束。
かすかな希望の声。
ミラージュ・サンクタムは彼らを受け入れた。
そして今、彼ら自身が――
この“待ち続けた場所”と、どう向き合うのかを決める時だった。