第79章 – 鋼鉄と影の庭(こうてつとかげのにわ)
町の影は、ますます濃くなっていった。
ライガたちは細い路地を慎重に進んでいた。
魔法迷彩はまだ機能していたが――完全ではなかった。
まるで都市そのものが生きていて、彼らの一歩一歩を監視しているようだった。
兵士たちは絶え間なく巡回し、
魔法ドローンが街灯の間を飛び回って隅々をスキャンしていた。
彼らは朽ちた広告に覆われた、ガラスの割れた三階建ての建物に身を隠す。
内部は暗く、カビ臭く、家具には厚く埃が積もっていた。
だが、息を整える間もなく――遠くで鈍いサイレンが鳴り響いた。
カグヤが窓の一つに目を向ける。
壁に身を寄せるヴェルが呟いた。
「……これ、ただの監視じゃない。
なんか、匂いを嗅がれてるみたいだ」
ライガは頷き、冷や汗が首筋を伝う。
「感覚だけじゃない。
この場所は――反応してる。考えてる。
俺たちがずっとは隠れきれない」
カグヤは刃を握りしめ、深く息を吸った。
「五分以内に出ないと……
待ってるのは、待ち伏せだ」
そして、その瞬間。
かすかな軋む音。
路地の向こうに、フードをかぶった小さな人影が現れた。
魔法の明かりにぼんやり照らされ、
異様なほど静かに立っていた。
「こちらです。早く」
柔らかくも芯のある声だった。
カグヤが刃を構える。
「罠の可能性もある」
セレステが一瞬ためらったその時――
金属音が近づく。
屋上と両側の路地から、監視兵部隊が迫っていた。
時間がない。
ライガが歯を食いしばる。
「……選択肢はない。行くぞ!」
一同はその人影を追って走る。
彼女は古びた建物の土台にあった隠し扉を開き、導いた。
ライガが魔法で鍵を解除し、ギリギリで中へ滑り込む。
直後、監視兵たちが通りを通過していった。
アンが息を切らして尋ねる。
「……見つかった?」
ライガは首を振った。だが、口調には確信がなかった。
「……いや、見つかった」
プリティウムが低くうなり、剣を抜いた。
そのとき、さらに別のフード姿の少女が現れ、急かすように手招きした。
「こちらです! 早く!」
カグヤが再び警戒する。
「……やっぱり罠の匂いがする」
ライガは一瞬だけ考えた。そして、決断。
「罠かもしれない。だが……
今は軍と正面衝突する余裕はない」
金属の足音が迫ってくる。
「行くぞ!」
全員が動いた。
少女は壁に隠された金属製のハッチを開けた。
中には、急傾斜の地下スロープが続いていた。
都市の音が遠ざかるにつれ、
彼らの心拍も少しずつ落ち着いていった。
リシアは弓を握りしめながら問いかける。
「……どこへ連れて行く気?」
少女は振り返らずに答えた。
「まだ“見られずに呼吸できる場所”です」
ヴェルが息を整えながら囁く。
「……君は誰だ?」
少女は答えなかった。ただ、足を速めた。
彼らは錆びた金属の回廊を抜け、
発光する蔓が絡む階段を下り続ける。
そして、ついに――
暖かい光が前方に現れた。
現れたのは、自然のようで、自然ではない空間。
透明なドームに包まれた広大な空間。
高く伸びる木々、輝く草花、舞う機械仕掛けの蝶たち。
空は人工的だが、空気は澄んでいた。
少女は立ち止まり、フードを取った。
銀髪の長い三つ編み。
透き通るような人工の碧眼。
黒と白のメイド風制服。
その顔には人間的な穏やかさがあった。
優雅に一礼する。
「わたしの名前は、サフィ(サフィー)です。
遠くから皆さんを見ていました。
スキャン結果から、意志の同調率が低い個体を確認し……
ここへ導く必要があると判断しました」
メグミが眉をひそめる。
「“必要がある”? 私たちを探してたの?」
「厳密には――それが私の使命です。
“自由の兆し”を見つけた時、保護するように設計されています」
セレステが一歩前に出て訊く。
「使命? 誰の命令?」
サフィは微笑んだ。
ライガが問いを重ねる。
「……どこへ連れて行こうとしてる?」
サフィは静かに腕を前に伸ばす。
木々の向こうにそびえ立つ建物――
近代的でありながら、自然と調和した奇妙に美しい構造。
光沢のある金属と、古びた木材に絡まる蔓。
有機的な模様を描く外壁。
入り口には、古びたネオンサインが静かに光っていた。
「MIRAGE SANCTUM」
(蜃気楼の聖域)
アンが目を丸くする。
「すごい……建物? 避難所? 家?」
「それ以上のものです」
と、サフィは答えた。
「ここは“避難所”であり、“記録庫”であり、
“家”であり、“灯台”でもあります。
ここでなら、あなたたちは“答え”を見つけることができます。
そして、必要であれば――休息も」
ウェンディは娘の手を取りながら囁いた。
「……こんなの、全く想像してなかった。
でも……不思議と、落ち着く」
ライガは依然警戒を緩めないまま、頷いた。
「進もう。だが、油断はするな」
サフィは自動扉を開いた。
中から流れてくる空気は、暖かく、香り高く、穏やかだった。
そして――
テオ王国に足を踏み入れてから初めて、
彼らは少しだけ、“人間であること”を思い出した。
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