第77章 – 記憶の守護者たち(きおくのしゅごしゃたち)
ガレオン・ゴウシンは、まるで風の一部となったかのように静かに降下した。
巨大な着陸機構が精密に作動し、霧に包まれた山々の間――テオ王国の外縁からおよそ1キロの秘密の草原へと着地する。
エンジンの咆哮が止む。
数時間ぶりの静寂は、まるで息を止めていた空間がやっと吐き出す“ため息”のようだった。
操縦室では、ライガが冷静なまなざしで地形を観察していた。
浮遊パネルには、異常な魔力流・複数の結界・未解析の障壁など、不穏なデータが並ぶ。
「……ここからが本番だ」
彼は静かに背後を振り返った。
そこには、セレステ、カグヤ、ヴェル、リシア、メグミ、エオン、リール、プリティウム、ウェンディ、アン、アイオ――全員が集まっていた。
場の空気は、緊張に満ちていた。
その中で、ライガがはっきりと宣言する。
「この任務の先頭に立つのは――俺じゃない」
彼は手を上げ、ゆっくりと3人を見た。
「今回、前に出るのは……彼女たちだ」
視線はウェンディ、アン、そしてアイオへと向けられる。
「彼女たちは、かつてテオ王国の“影響下”にあった。
完全には消えていないが……その痕跡こそが、俺たちにとって最も安全な“鍵”になる」
セレステが目を見開く。
「……つまり、認識される可能性があると?」
「その通りだ。
敵としてではなく、同胞として扱われるかもしれない。
それが突破口になり得る」
アイオが慌てて両手を振る。
「ま、まってまってまって!?リーダーとか無理ぃぃ!
わたし、キラキラ蹴るのは得意だけど、戦略とかムリだから!!」
だが、ウェンディは一歩前へ出る。
その表情は、いつになく真剣だった。
「皆のためなら……やるわ。
母としてじゃない。
“真実を求める者”として」
プリティウムが鼻を鳴らす。
「……この大陸で最も危険な国の侵入口を、“ママ”と“情緒不安定な少女”と“はしゃぐ格闘家”に任せるってのか?」
カグヤが鋭い目で睨む。
「口を慎め。
彼女たちは――お前が経験したことのない“強さ”を乗り越えてきた。
それに……もう独りじゃない」
ライガは静かに頷いた。
出発準備
ゴウシンの下部ハッチが開くと、冷たい霧が舌のように流れ込んでくる。
クーロの声が響く。
「降下地点、確保。座標一致。
待ち伏せの可能性:中程度。魔力反応あり」
ウェンディは、銀の光を帯びた白い戦術スーツを身に纏い、手袋をきゅっと締め直す。
アイオは、赤と黒のタイトなジャケット姿で、靴を履こうと格闘していた。
「き、きついってば!誰だよこの靴作ったの!!」
アンは水色の薄いローブに魔法装飾の刺繍。
母に向き直る。
「ママ……誰か、私たちを覚えてたらどうするの?」
ウェンディは娘の顔をそっと包む。
「その時は――しっかり、目を見て話すわ。
もう、私たちは“眠ってない”」
ライガが近づき、彼女たちの肩に手を置いた。
「信じてる。
もし何かあっても、すぐ後ろにいる」
セレステは歯を食いしばる。
「もう、彼女たちを失いたくない」
メグミが微笑んだ。
「大丈夫。
今日は――私たちが輝く番よ」
ライガの合図で、隠し扉が開き、
そこには、テオ王国の魔法で偽造された黒いロングコートが並んでいた。
エンブレム、仮面、ブローチ――
すべてが“信者”を装うための衣装だった。
ライガが1枚をセレステに投げて言う。
「これで、特別な“巡察部隊”として潜入する。
かつて彼女たちが持っていた“記録”が、今も作用するはずだ」
ウェンディは真顔で頷いた。
「もう一度、私は“あの声”を使う」
アイオはフードを被り、調子を合わせる。
「“愛と希望を届けに来ました〜!ハートの魔法、てんこもり〜!”」
アンは少し照れながら続く。
「えっと……“テオの光で、世界に調和を…”!」
メグミは芝居がかった声で一礼。
「すべては……テオの御心のままに~」
カグヤが苦笑する。
「バカバカしい……けど、意外とイケるかも」
プリティウムは眉をひそめてぼやく。
「……甘いのは酒だけで充分だ」
リシアが飴玉を投げて笑う。
「なら甘くなりなさい、我らが苦み王子♡」
偽装行動開始
全員が黒いガウンを羽織り、顔を隠す。
ライガが言う。
「忘れるな。立ち振る舞いは完璧に。
芝居じゃなく“偽装”だ。
訊かれたら、“北部要塞への再配属巡察部隊”と答えるんだ」
霧に覆われた森を進む一行。
静かに、慎重に。
すると、前方に三体の魔法セントリーが降下してくる。
浮遊する鎧。回転する魔法陣。
青白く光る眼。
「認証を要求。所属部隊。通信チャネルを提示せよ」
ウェンディが前に出る。
「部隊名:シータ=オメガ。副登録チャンネル作動中。
“調和再起動中の対象エージェント”です」
アイオが拳を掲げる。
「愛と魔法の調和を広げる任務中ですっ☆」
アンも震えながら真似る。
「テ、テオの祝福と平和を、世界に……!」
プリティウムがぼそり。
「俺の脳細胞が泣いてる……」
セントリーたちは青いスキャンを放ち、急激に脈動し始める。
「コード不一致検出。エネルギー異常。偽装確定。
――排除開始」
ライガが深くため息。
「……やっぱダメか」
魔力砲が発射される寸前――
ライガが魔銃を抜き、精密な一撃でコアを破壊。
プリティウムは黒刀でセントリーを真っ二つに。
ヴェルの槍が残る1体の核を貫き、沈黙させる。
数秒で全てが終わった。
森は再び静寂に包まれる。
メグミが息をのむ。
「……これが、プランB?」
ライガが手首の魔導器を操作。
「《隠匿の魔法幕》。範囲200m。持続時間15分」
彼の手から放たれた光の魔方陣が広がり、全員を包む。
まるで風景と同化したかのように、彼らの姿が消える。
「今からは、森そのものになれ」
ライガは言う。
「時間は少ない。慎重に行くぞ」
カグヤが小さく頷く。
「……音も立てずに?」
「そうだ。
次に見つかる時は――剣を抜いた時だ」
セレステは遠くを見つめる。
「テオ王国が私たちを感じている……
なら、今度は私たちの番よ。
その真実を、この目で見る」