第7章 リンク
ときに――絆とは、
言葉によって結ばれるものではない。
沈黙を共有すること。
理解し合うまなざし。
そして、肩を並べて戦った日々。
それこそが、
心と心をつなぐ“本当のつながり”。
アークトゥルスの崩壊から数日――
温かな風のように、静けさが村に広がり始めていた。
救出された人々は、焼け落ちた家々を少しずつ修復し、
命は再び、前へと動き出していた。
リュウガ、セレステ、カグヤの三人は、
壁を立て直し、傷を癒し、
そして――次の一歩を準備していた。
ある朝。
リュウガは珍しく深く眠っていた。
だが――
何かの気配が、彼を眠りから呼び起こした。
目を開けると、そこにいたのは――
あの少女。
かつてアークトゥルスに操られていた“あの娘”。
「なっ……なんでここに!?!」
リュウガはベッドから跳ね起きる。
彼女は何も言わない。
ただ、無表情で頭を下げた。
「カグヤが……? セレステが……?」
彼女は首を横に振る。
静かに、動かず、沈黙のまま。
数日が過ぎた。
その“娘”の存在は、もはやリュウガにとって奇妙ではなくなっていた。
セレステもカグヤも、彼女の無言の同行を気にすることはなかった。
ある日の午後――
ギルド再建の計画を立てていたリュウガは、ふと視線を向ける。
黒髪。虚ろな瞳。
だが、その奥にあるのは――何かを求める“気配”。
「……もう“従者”なんて呼べないな」
リュウガは、穏やかに言った。
「君の髪から名前をとるよ――
クロ。それでいいか?」
クロはじっと見つめ、そして小さく頷いた。
そのわずかな変化――
それだけで、十分だった。
翌朝。
身支度をしていたリュウガのもとに、
クロがタオルを持って現れる。
「クロ……? 何を――」
彼女は無言で、丁寧に彼を手伝った。
その動きは静かで、優しく、そしてどこか無感情だった。
「……君がそれでいいなら、俺は――構わない」
リュウガはわかっていた。
首輪はもう壊れている。
だが、傷跡は――残る。
「いつか、君にも“自由”ってやつが分かる日が来るさ」
彼女は答えなかった。
その後、宿で。
カグヤの両親が待っていた。
高杉アキヒロ――銀髪を後ろで結び、鋭い眼差しの父。
エミコ――優雅な佇まいと深い緑の瞳を持つ母。
「おはようございます、リュウガ殿」
アキヒロが厳かに挨拶する。
「今日も、よろしくお願いしますね」
エミコが柔らかく微笑む。
カグヤは、常にリュウガの隣に立つクロを見つめ、
冗談めかして言う。
「……君の“影”は、いつも離れないわね?」
三人は静かに笑い合った。
冒険者ギルドにて。
「“黒い手”を倒してくれてありがとう!」
「村の英雄たちだ!」
村人たちの歓声が響く。
「……ちょっと、気恥ずかしいな」
リュウガが苦笑する。
「よくやったわ」
カグヤが微笑み、
「皆でやったんでしょ?」
セレステが続けた。
その時――
階段を下りてくる男がいた。
ギルドマスター、カイエン。
白髪に金の刺繍が施された黒のコート。高身長。
「リュウガ、カグヤ、セレステ。初めまして、会えて光栄だ」
「こちらこそ。でも、これは俺一人の力じゃない」
リュウガが答える。
カイエンは満足げに頷く。
「その謙虚さこそ、真の資質だ」
彼は巻物を取り出し、差し出す。
「おめでとう。君は――銀ランクに昇格した!」
歓声。拍手。笑い声。
「これが始まりにすぎない!」
セレステが喜びを叫ぶ。
「誇りに思うわ、娘よ」
エミコがカグヤを抱きしめる。
「ありがとう、母さん……
でも、私はひとりじゃなかったの」
カグヤは仲間たちを見つめる。
「私がいなきゃどうなってたことか!」
セレステが笑い、
「……チームだからな」
リュウガが微笑んだ。
その夜、窓辺で星を見上げるカグヤ。
「入っていい?」
エミコが声をかける。
「うん……ママ」
「……リュウガのこと、考えてたの?」
カグヤは顔を赤らめる。
「うん……好き、かもしれない。
でも……彼、セレステのことも……」
「なら、自分の気持ちに素直になりなさい。
恋は、恐れていては掴めないわよ」
そのころ――
セレステは温泉でひとり、目を閉じていた。
「……たとえ想われなくても。
私は、あきらめない」
翌朝。
リュウガに一通の手紙が届く。
『広場で待ってる』
そこには――セレステとカグヤ。
二人の視線が、交錯する。
「先に言おうとしてたのは私よ!」
「誰がそんな権利を?」
「ちょっと、待てって……!」
「リュウガ、大好き!!」
――まさかの同時宣言。
沈黙。
「今の……同時だったよね?」
クロは頭を傾ける。
その表情は、読み取れなかった。
寂しさ? 嫉妬?
カグヤが一歩前に出る。
「無理に選んでとは言わない。
ただ……伝えたかったの」
セレステも真剣な目で言った。
「すべてを失っても、私は――
あなたのそばにいる」
「……すぐに答えは出せない。
でも……ありがとう。
その気持ち、ちゃんと受け取った」
クロが一歩前に出る。
初めて――みんなを見つめた。
彼女の表情が、変わっていた。
数日後。
新たな任務が届く。
カグヤとセレステは微妙な距離を保ち、
クロはますます存在感を増し――
リュウガは、ただ前を見ていた。
「……出発するぞ。
南で“魔族の動き”が確認された」
「今こそ、私の実力を見せるときね!」
セレステが気合いを入れる。
「競争じゃないって……」
リュウガがため息をついた。
戦闘は激烈だった。
カグヤの俊敏さ。
セレステの力強さ。
リュウガの狙撃。
そして――クロの正確無比な一撃。
「……ちょろすぎ」
セレステが槍を拭いながら言う。
リュウガは倒れた魔物たちを見つめる。
心に芽生える罪悪感――
愛されていること。
応えられないこと。
「……何も強いらず、そばにいてくれてありがとう」
クロは何も答えない。
だが、その目はもう虚ろではなかった。
――そのとき。
「……今の、聞こえた?」
リュウガが振り向く。
カグヤが眉をひそめる。
「……子供の足音?」
森から――
二人の少女が現れた。
ひとりは茶髪。
もうひとりはオレンジの髪。
その目は虚ろで、足元がふらついていた。
「君たち……ひとり?」
セレステが静かに近づく。
「……わからない……」
ひとりが小さくつぶやく。
クロが、影から現れる。
ゆっくりと近づき――
二人を、抱きしめた。
その瞬間。
運命の車輪が、再び――動き出す。
この作品は「第7回アイリス異世界ファンタジー大賞」に参加しています。
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