第74章 – 過去の影、未来の光(かこのかげ、みらいのひかり)
夜が更け、ガレオン・ゴウシンでは、浮遊する灯りが一つ、また一つと穏やかに光を落とし、まるで静けさを理解した蛍のように眠りの合図を送っていた。
上層デッキ。セレステは静かに星々を見上げていた。
月のように白い髪が背にふわりと流れ、その瞳には疑念だけでなく――決意の炎が宿っていた。
背後から足音。イーオンが一歩踏み出し、彼女の背に声を投げた。
「……復讐を求めてはいけない」
彼女は振り向かない。風がそのマントを揺らした。
「復讐は底なしの井戸だ。底にたどり着いたと思ったときには、ただ闇が待っている。
……私はそれを、身をもって知っている」
セレステは目を閉じたまま、静かに言った。
「じゃあ、愛する者を殺され、幼少期を奪われ、笑いながら消えていった相手に、どうすればいいの?」
イーオンは沈黙した。
彼女は振り返り、まっすぐに彼を見つめた。
「私は、正義を求めてるんじゃない。赦しを求めてもいない。
ただ……答えが欲しいの。
その過程で、彼と向き合う必要があるのなら――私は、恐れない」
イーオンはその瞳の強さに、誇らしさと悲しみの両方を感じていた。
「ならば、一つだけ頼む」
そう言って、彼は一歩近づいた。
「もし心が闇に飲まれそうになったら――自分が誰か、思い出してくれ。
……君は一人じゃない」
セレステはゆっくりとうなずいた。
星は静かにまたたいていた。
翌朝 – 食堂
朝、食堂には焼きたてのパン、温かいフルーツ、そして薬草茶の香りが広がっていた。
大きなテーブルを囲み、みんなが揃っていた。
その前に立ち、ライガが声を上げた。
「みんな、聞いてくれ。今日は……ある重要なことについて話す」
一同が静まり返る。
アンとアイオは互いに視線を交わし、何かを予感していた。
ライガはテーブル横の投影装置に手をかざし、ホログラムが浮かび上がる。
そこには、テオ王国の境界線で発見されたアンとアイオの姿――奇妙な服装、不自然な言動、そして不安定なエネルギー。
「初めて君たちに会ったとき……君たちは“君たち自身”ではなかった」
ライガは彼女たちに向けて静かに言った。
「まるで……何かの“役割”を演じているようだった」
「ヒロイン役……だったもんね」
アンが照れたように笑う。
「そう。しかも、君たちだけじゃない」
ライガはウェンディに視線を向けた。
「君も一時期……“誰かの思考”に影響を受けていたようだった」
ウェンディはゆっくりうなずく。
「最初は気づかなかったけど……思考がどこか“塗られている”感覚があったの」
「そして、これらはすべて――テオ王国の周辺で起きたことだ。
偶然とは思えない。あの国には……秘密がある」
奥でプリティウムが腕を組む。
「つまり、お前はこの大陸でもっとも閉ざされた王国へ、壊れかけた記憶を頼りに進もうとしてるのか?」
ライガは真っすぐに見返した。
「記憶だけじゃない。
痕跡だ。彼女たちが持つ“この世界に属さない何か”……その足跡を、俺は見てきた」
食堂に沈黙が広がる。
その時、アイオが口を開く。
「ライガ……少しだけ、二人きりで話せる?」
ライガはうなずき、二人はそっと席を立った。
ガレオン・ゴウシン内 私室
ライガは魔導タブレットを起動し、一枚の風景を空間投影した。
富士山――雪を被った堂々たる山の姿と、麓に咲き乱れる桜。
アイオの瞳が見開かれる。
「……これ……富士山!? ここ……私、行ったことある!」
ライガは静かにうなずく。
「やっぱりな。
……君はこの世界の人間じゃないんだろ?」
アイオは黙ってうなずいた。
「私は……**日本**から来た」
「どうやって……?」
アイオは少し笑みを浮かべながら、懐かしそうに語り始めた。
「学校に行く途中だったの。駅の近くを走ってて……空が突然、割れた。
鏡みたいに。
胸に何かが引っ張られる感覚があって……次の瞬間、真っ白になった。
目覚めたら……ここにいた。
記憶も何もなくて……名前すら曖昧だった」
ライガは腕を組み、彼女の話を黙って聞いていた。
「覚えてる? 君たちが最初に現れたとき……“変身”していた。
まるで演じてるようだった。ヒロインのように」
アイオは微笑みながら、目を輝かせる。
「もちろん覚えてるよ!
だって……**魔法少女**が大好きだったから!」
ライガは思わず小さく笑った。
「昔から?」
「うん、ずっと!
可愛い衣装、光るステッキ、決めゼリフ……全部が夢だった。
それが“現実”になった時、私はもう……自分が主人公だと思った」
ライガは彼女の頭に手を乗せた。
「君のその想いを、誰かが利用したんだ。
その“夢”を枠にして、君を閉じ込めた」
アイオはうつむく。
「でも……もう、私は閉じ込められてない。
今はここにいる。アンもいる。みんなも。……そしてあなたも」
彼女は微笑んだ。子どものように、でも強く。
「私、また変身できる日が来たら……
もう誰かに決められた“役”じゃなくて、自分の意志でヒロインになる。
自分のために」
ライガはうなずき、その髪をやさしく撫でた。
「その時が来たら、俺がそばにいる。
もう、誰にも君を操らせはしない」
アイオの目に涙が浮かんだ。
「ほんとに……?」
「約束する。君が“魔法少女”だからじゃない。
君が俺たちの“家族”だからだ」
そして、富士山を映した空間の下――
同じ世界から来た二人の心が、ようやく一つの場所にたどり着いた。
生まれた場所ではなく、
**受け入れられる場所こそが――“本当の家”**なのだと。
読んでくれて、ありがとう。
……本当に、ありがとう。
評価ポイントも、コメントも、ブクマも……
欲しいとか、強くは言えません。
でも。
もし、ほんの少しでも「良かった」と思ってくれたなら——
その小さな気持ちを、☆にしてくれたら嬉しいです。
この物語を、もっと多くの人に届けるために。
静かに、でも確かに、願っています。