第73章 – 星の傷跡(ほしのきずあと)
夕食はとっくに終わっていたが、ガレオン・ゴウシンは完全には眠っていなかった。
いくつかの廊下では、柔らかな光が壁を照らし、静けさの中にも命の気配が漂っていた。
外のドーム状の天井には、星々が静かに流れ、夜空が川のように広がっていた。
観測甲板の隣室では、イーオンとリールが静かな会話を交わしていた。
二人は低いテーブルを挟んで、厚手のカーペットの上に座り、湯気の立つ濃いお茶を前にしていた。
「……あれでよかったのかな。すべてを話してしまって」
リールが言った。視線はカップの中。
イーオンはすぐに答えなかった。
彼の目は窓の向こうの星に向けられ、何か遠い記憶を見ているようだった。
「痛みを伴う真実には、正しい“時”などない。
それは……心が受け止める準備ができたときに、初めて語れるものだ」
リールは小さくうなずく。
「……自分にも、いつかそれが背負える日が来るのかな」
「気づいたときには、もう背負っているさ」
イーオンは優しく答えた。
その時、扉が静かに開いた。
セレステが入ってきた。
軽やかなローブをまとい、髪を下ろしたまま。
その表情には、ためらいと決意が同居していた。
リールはすぐに立ち上がる。
「あ……すみません、入っていいかどうか……」
「大丈夫」
セレステは落ち着いた声で言った。
「イーオンと二人で話したいの。……いい?」
イーオンはうなずいた。
「行っていい、リール。今日の君はもう十分に働いた」
リールは一礼し、静かに部屋を出て行った。
セレステはゆっくりと歩み寄り、イーオンの前に腰を下ろした。
彼は何も言わず、ただ彼女を見つめていた。
沈黙の中、セレステが口を開いた。
「……聞かせて。
私の両親は――どこにいるの?」
イーオンは目を閉じ、深く息を吐いた。
その問いは、彼の胸に深く突き刺さったようだった。
「君の両親――マレクとイレナは、ただの学者ではなかった。
彼らは**タルミオン(Talmion)**だった。
つまり、星の騎士の弟子。そして……私の弟子でもあった」
セレステは息をのむ。
「そんな……でも、私は何も……教えられなかった。
育った場所では“戦争で親を亡くした”ってだけで……」
イーオンは静かに彼女の目を見つめる。
「それは**フォルテル(Fortel)**のことだな」
彼女はうなずいた。
「……そう。あの場所で育てられた。
けれど、今思い返すと――あの記憶の中に、奇妙な違和感があるの。
それに……ライガ(Ryuga)と出会ったのも、あの町だった」
イーオンの顔に陰が差す。
「……やはり。記憶の封印が施されていたな。
あの国は、君を見つけたあと、君に偽りの過去を植え付けたのかもしれない。
おそらくは、君を『普通の少女』として守るために」
「……でも、真実を知らずに生きるなんて……。
私は、ずっと空白の上を歩いていたんだ」
セレステは涙ぐみながらも、しっかりと前を向いた。
「両親は……どうなったの?」
イーオンは表情を引き締めた。
「**ヴァルダー(Valder)**という男がいた。
彼は君の両親の親友であり、私の教え子でもあった。
だが、彼は道を踏み外した。
“進化”を追い求め、**イアト帝国(Iat)**という危険な勢力に身を投じた」
セレステの指が震える。
「その名前……最近、聞いたばかり……」
「君の両親は、彼を止めようとした。
しかし、彼はかつての友を、何のためらいもなく斬った。
君の両親は……ヴァルダーに殺された」
セレステは目を見開き、息が止まる。
「……どうして……そんな……」
「だが、彼らは最後の瞬間に、君の存在を私に託した。
『この子だけは守ってくれ』と。
私は命令を無視し、君を連れて逃げた。
……だが、その途中で私は重傷を負い、君とは離れ離れになった」
セレステの手から、静かに涙がこぼれる。
「そして私は、知らずに……フォルテルに引き取られた……
記憶を……塗り替えられていたのね……。
だから何も知らなかった。ヴァルダーのことも、あなたのことも」
イーオンはうなずいた。
「それが、君の両親の選んだ“優しさ”だったのかもしれない。
だが……私は、その優しさに甘えた。
真実を伝えるのが、怖かったんだ」
セレステは立ち上がる。
涙を拭いながらも、その目には光があった。
「……真実を、話してくれてありがとう」
イーオンも立ち上がり、そっと手を差し出した。
「その時が来たら――共に戦ってくれるか?
復讐ではなく、君自身の選択として」
セレステは彼の手を見つめた。
そして力強く、こう答えた。
「私の意志で歩けるなら……いいよ」
二人の手が静かに重なった。
ドームの星明かりが、その影を長く落とした。
それは、失われた記憶とこれからの未来を繋ぐ契約の光だった。
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