第70章 ― 意志の衝突(コリジョン・オブ・ウィルズ)
空が裂けた。眩い傷のように、森の上空に開かれた光の口。
七つの車両が、炎と光に包まれながら降下する。
圧縮された空気が枝々をへし折り、大地はその轟音に震えた。
まるで、天空が自らの戦士たちを送り込むかのように――
エンジンが一斉に咆哮した。戦いの新たな幕が、ここに開かれる。
リュウガは、赤いマシン「レッド・ライトニング」の中、通信チャンネルを開いた。
「こちらリュウガ。全員、状態確認を」
「ヴェル、デザート・サンダー起動。砲撃準備完了」
鋼のように冷静で頼れる声が、重装甲の車両から響いた。
「リシア、チューン・スター正常。問題なし」
落ち着いた優雅な口調が返ってくる。
「カグヤだ。システムは全開。切れ味も文句なしだよ」
その声は、剣と同じく鋭かった。
「セレステ、ウィンド・チェイサーから報告。プリズム・シールド展開中」
正確で理知的なトーン。
「メガミ、リンク完了。戦術視界を共有。支援可能」
冷静さの中に、情熱がにじむ声。
「ウェンディ……すごすぎる……けど、やる。私、乗るよ」
震えながらも意志を感じさせる声。
そして――
「アン&アイオ、モーター・ブレイザー乗車完了!飛んでる感じー!」
「速すぎて怖いけど、楽しい!!」
二人の少女の叫びが、無線に明るさをもたらす。
リュウガは微笑みながら短く答えた。
「完璧だ」
そして――
彼は赤く輝くルーンを押した。全車両に、金色の魔法陣が広がる。
「武装起動――ARMAS ACTIVADAS!」
各車両で、戦闘モードが展開されていく。
レッド・ライトニング:側面から砲塔が展開し、前方にプラズマランスが現れる。
デザート・サンダー:格納されたパルス砲と重砲塔が一斉展開。
チューン・スター:機体から浮遊する音波ミサイルが旋回、ターゲットに照準。
ウィンド・チェイサー:回転するプリズム・ブレードを生成、空間を裂く。
モーター・ブレイザー:車体横に回転式エネルギーブレードとオフェンスモードホイールが展開。
金色のマシン(カグヤ):前部が変形し、湾曲した斬鉄パーツが露出。
銀色のマシン:氷属性の冷気砲と誘導型ミサイルが射出口から現れる。
そして、リュウガの「レッド・ライトニング」は、
魔法と機械が融合した赤き獣のように振動し始めた。
上空から降り注ぐ七つの光は、
今まさに、地上で絶望的な戦いを続けていたエオンとリエルの元へ届こうとしていた。
炎と鋼の中、立ち尽くす謎の黒衣の剣士――
その存在は揺るがず、ただ静かに、すべてを見下ろしていた。
「目標視認」
リュウガが言う。
「……あれは普通の敵じゃない」
セレステが、分析するように呟く。
「あの“気”……重い。殺気じゃない。“圧”そのものだ」
カグヤの目が細まる。
モーター・ブレイザーの内部で、アイオはモニターを見つめながら両手でコントローラーを握りしめた。
「リュウガ……助けるんでしょ?あの二人を……」
彼は一切迷わず、短く答えた。
「**ああ。助ける。
そして、勝つ。」
全車両が、それぞれのエンジンを轟かせた。
そしてその咆哮は、
戦いの主導権が切り替わったことを世界に宣言する音だった。
地面は轟き、タイヤが制御されたドリフトを描くたびに、
空気を切る音があたりを満たした。
木々の葉は、ヘッドライトの光の下で雨のように舞い落ちる。
そして、まるで見えない合図を受け取ったかのように、
全ての車両が同時に停止した。
レッド・ライトニングは前方に構え、
デザート・サンダーは側面に立ちはだかる壁のように、
ウィンド・チェイサーはその背後で静かに煌めき、
モーター・ブレイザーは興奮に震えながら、
チューン・スターは優雅に準備を整える。
黄金の車と銀の車は、しっかりと後方を守っていた。
エンジンが止まり、森の奥で燃え続ける炎の音だけが残る。
一人、また一人と、仲間たちがマシンから降りてくる。
ヴェルがデザート・サンダーから最初に降り立ち、真剣な表情で周囲を見渡した。
「……あの男、嫌な気配をまとってる」
リシアはチューン・スターから優雅に降り、弓をくるりと回して微笑む。
「だからこそ、最高の標的ってわけ。いつでも行けるわ」
メガミは魔術装置付きの手袋を調整しながら一言。
「魔力圧を測れば……これは、痛い戦いになりそうね」
ウェンディはやや緊張した様子で地面に足をつけ、辺りを見回す。
「これ……普通の任務じゃないよね?」
セレステはウィンド・チェイサーから優雅に降り立つと、
足元に真珠の光を宿した魔法陣が広がる。
「違うわ。これは、運命のメッセージよ」
そして――
その身体に光が走る。髪は真珠色に浮かび、
彼女の衣装は白銀の輝きに満ちた聖衣へと変化した。
手には、プリズムの杖。
「パール・モード、起動。
明日を信じる者たちのために――私は、戦う」
カグヤは黄金のマシンから、氷のような微笑みを浮かべて降りる。
「さあ、本能の解放だ」
背中から湾曲した刃の翼が展開される。
その身体はエメラルドと漆黒の装甲に包まれ、
まるで獲物を狙う鎌の女王。
「マンティス・モード。狩人は舞う」
アンはモーター・ブレイザーから元気よく飛び降りる。
その足が地を踏むと、内なるエネルギーが爆発する。
衣装はキラキラしたドレスへと変化し、
空色のリボンと光るティアラが現れる。
「クリスタル変身!シンデレラ・スター!
すべての無垢なる心のために、私は絶対に退かない!」
そのすぐ後ろで、アイオが真剣な目で飛び降りた。
魔法の風が彼女を包む。
拳に装着されたグローブが輝き、
戦闘用のショートスカート制服スタイルに変化。
「戦闘フォーム、アイオ――出撃準備完了!」
拳を打ち鳴らすと、足元に小さな衝撃波が走った。
「今度こそ――私が、最初の一歩を踏み出す!」
敵――黒いフードの男は、無言でその様子を見ていた。
その蒼い瞳は冷たく光り、彼らの力だけでなく、
意志そのものを試すように、彼らを見つめていた。
そして――
リュウガが、魔力のジャンプで宙に舞う。
紅のマントが、影のようにたなびく。
空中で、彼は銀色の二丁拳銃を抜いた。
その表面には、古代文字のルーンが刻まれている。
「SCoシステム:同期戦闘オプション……」
魔法の印が銃身に浮かび上がる。
「起動――アクティベート!」
両腕を広げ、魔力弾の雨を発射。
空から降る意志の雷撃が、敵の周囲に炸裂した。
バン!バン!バン!
爆発が連続し、敵は初めて後退した。
そのマントは裂け、黒剣が不穏な音を鳴らす。
リュウガは地に着地した。
土埃が舞い、彼はまっすぐ敵に銃口を向けた。
「お前が誰かは知らない。
だが――相手を間違えたな」
敵は、静かに黒剣を掲げた。
その動作は、まるで決闘の合図。
空が静まる。
エンジンの音も、風の音も止まった。
――今、語るのはただ一つ。
魂の声だけだ。
森には、絶対の緊張が張り詰めていた。
リュウガは銀の二丁拳銃を構えたまま、
煙が徐々に晴れていく中で、黒フードの敵を見据えていた。
仲間たちも、変身した姿のまま、次の一秒に全神経を集中していた。
そして――
敵は、何かを手から落とした。
「リュウガ、危ない!」
メグミの叫びが響いた。
黒い小さな球体が、カチッという音とともに地面に転がった。
BOOOOM!
暗黒の衝撃波が爆発し、
魔力の圧とともに濃密な煙が辺りを包んだ。
木の葉は舞い上がり、枝がへし折れ、
大地が震える――まるで世界が息を止めたかのように。
そして、煙がようやく晴れた時――
そこに、敵の姿はなかった。
ただ、焦げた足跡と、不気味な気配の残響だけが残されていた。
「消えた…!」
カグヤが鋭い目で言い放つ。
「今の爆弾…攻撃じゃない。逃走用だ」
リュウガはゆっくりと拳銃を下ろし、険しい表情を見せた。
「本気で戦う気はなかったんだ。俺たちを――試してた」
「……何のために?」
セレステが前に出ながら、まだ光る真珠の姿で問いかけた。
再び、沈黙が森を覆う。
ただ、風の音と、燃え残った枝の崩れる音だけが耳に残る。
その時――
イーオンとリエルが、傷だらけで歩み寄ってきた。
彼らの炎の鎧と翠の装甲は、光の粒となって消え、
戦闘服へと戻っていく。
二人とも汗に濡れ、服は破れ、顔には小さな傷が刻まれていた。
リエルは息を切らせながらも、微笑んだ。
「先生……これは……勝利でいいのかな?」
イーオンは答えなかった。
彼の視線は、まっすぐ――セレステへと向いていた。
その目は、驚き、懐かしさ、そして確信に満ちていた。
そして――言った。
「……セレステ・ヴァレスカ」
時間が、止まった。
全員が振り返る。
セレステは眉をひそめ、困惑した表情を浮かべる。
「今……何て言ったの……?」
イーオンは、一歩前に出た。
「それが君の本当の名だ。セレステ・ヴァレスカ。
イレナとマレクの娘。
アナルキエルの禁域で生まれ、十数年前に消息を絶った少女」
セレステの心臓が一瞬止まったように感じた。
その表情は崩れ、目を見開き、唇が震えた。
「……うそ……そんな……」
アンとアイオは、手を取り合いながら、理解が追いつかず戸惑う。
リュウガも目を見開き、ただ彼女を見つめていた。
セレステは、一歩後ずさり、そしてもう一歩――
その瞳は迷子のようにさまよい、口元は震えていた。
「どうして……あなたがその名前を知ってるの……!?
誰なの……!?
私……なんでその名前を知ってるの……!?」
そして――
倒れた。
「セレステ!!!」
リュウガがすぐさま駆け寄り、彼女の体を受け止める。
セレステの体は力なく崩れ落ち、目を閉じ、荒い呼吸を続けていた。
ウェンディとメグミがひざまずき、即座に状態を確認する。
「……生きてる!でも、エネルギーが乱れてる!」
ウェンディが彼女の首筋に手を当て、声を張った。
リュウガは彼女の手を握り、じっとその顔を見つめた。
イーオンは静かに頭を下げる。
「……すまない。傷つけるつもりはなかった。
だが、彼女の真実は、もう隠せなかった」
森に再び、静かな影と疑念が満ちていく。
そして、戦いの果てに――忘れられた真実が、目を覚まし始めた。