第62章 ― 歌の中で目覚めた名前
夜明けが雲を撫でるころ、ゴシン号のデータルームでは、ウェンディがホログラム画面を真剣な表情で見つめていた。グループに加わったばかりにもかかわらず、彼女は船の複雑なシステムに不思議な親和性を見せていた。指で情報を次々と画面に移しながら、数式や図面に没頭していた。それは、セレステでさえも理解に苦しむ内容だった。
「ウェンディ?」
隣で誰かがそう呼んだ。
クロだった。腕を組み、片眉を上げながら、静かに近づいていた。
「あっ、ごめんなさい」
ウェンディは少し顔を赤らめながら言った。
「邪魔だった?」
「推進システムのプロトコルを見てるの?」
クロは驚いて尋ねた。
「うん…たぶん」
ウェンディははにかみながら微笑んだ。
「ただ…物事を理解するのが好きなの。何か…心の奥で、学びたい、知りたいって声がするの。…それに、面白いのよ。」
「変わったヒーラーね」
クロは冗談交じりに言った。
「えっ?」
「まるでサポート系の魔法使いというより、エンジニアみたい」
そう言って笑みを浮かべた瞬間、頭に鋭い痛みが走り、彼女は手をそっと当てた。
「クロ?大丈夫?」
クロはほとんど答えられなかった。視界がかすみ、胸に見えない圧力がかかる。音が混ざり合い、遠く懐かしい声が耳元でささやいた。
「女神よ……まだ覚えている? 私たちが歌っていたあの歌を?」
膝をついたクロに、ウェンディが慌てて駆け寄る。
「クロ! クロ、お願い、答えて!」
そして――暗闇。
輝くライトに照らされた舞台。白いドレス。マイク、カメラ、そしてざわめく観衆。
その前には、涙を浮かべながら希望を歌う少女がいた。
クロ――いや、メガミ・ハヤブサは、自分の手を見つめていた。
その旋律は、失われた川が流れを取り戻すように、魂の奥まで流れ込んでくる。
「これは……私だった」
彼女はつぶやいた。
「最後まで…歌っていた……」
最後の音が響き、幕が下りた。
そして、それとともに、時間に埋もれた記憶が蘇った。
目を開けると、自室だった。
汗をかき、呼吸は荒い。
胸に手を当てて、自分の心臓がまだ動いていることを確かめるようにした。
ドアを開けた。
そこには、驚いた表情のヴェルとセレステがいた。
「クロ!」
セレステが駆け寄ってくる。
「汗びっしょり…何があったの?」
「大丈夫…ただ…悪い夢を見ただけよ」
「本当に?」
ヴェルが問う。
「ええ。でも…みんなを呼んで。話さなきゃいけないことがあるの」
会議室はすぐに満員になった。
リュウガはテーブルに手をつき、真剣なまなざし。セレステとカグヤは部屋の両側に立っていた。ウェンディは緊張した様子でクロを見つめ、プレティウムはいつものように無言で壁に寄りかかっていた。
アンが不安そうに口を開く。
「クロ…何があったの? 大丈夫なの?」
クロは立ち上がり、深呼吸をした。
「本当の名前は……メガミ・ハヤブサ。私はこの世界の人間じゃない。日本という別の世界から来たの。リュウガと同じ」
その言葉は、静けさの中に雷のように落ちた。
「なっ…?」
アイオがまばたきをする。
「リュウガと同じ存在なの?」
ヴェルが尋ねた。
「そう。目覚める前…私はアイドルだった。歌手として、舞台のために生きていた。でもある日…すべてが暗闇に包まれた。そして次に気づいたときは、クロとして記憶を失ってここにいたの」
リュウガは彼女をじっと見つめていた。その視線には、共鳴があった。
「音楽、光、涙……そして、すべてを失った感覚を思い出す。でも今はわかるの。この旅が間違いじゃなかったと。たぶん、この世界が私を必要としていたのかもしれない……あるいは、私がこの世界を必要としていたのかも」
アンが立ち上がり、強く彼女を抱きしめた。
「私にとっては、過去がどうであれ、クロはクロよ」
セレステも頷いた。
「そして今、あなたは何よりも大切な仲間よ」
ウェンディは感動して、あたたかい笑顔でそっと近づいた。
「多くを失った人こそ、深く愛することができるのかもね」
カグヤが優しく笑った。
「だから、料理しながらあんなに上手に歌えるのね」
クロは顔を赤らめた。
「えっ、みんな聞いてたの!?」
「うん!」
数人が一斉に答えた。
評価ボタンと応援のお願い
もしこの作品が「ちょっとでも面白い」と思っていただけたら、
ぜひ評価ボタン(☆)をポチッと押してください!
そして……
「この作品、もっと読まれるべきだ!」と思った方、
SNSや友達にシェア・紹介していただけたら、とても嬉しいです!
あなたの一押し・一言が、作者にとって何よりの力になります
応援、よろしくお願いします!!