第61章 ― 鉄と炎の残響:帝国の影
東方大陸の乾いた片隅。常に曇った空、鉄の匂いが染みついた空気。その荒野にて、数十名の男たちが黒鉄の足場の上で無休の作業に没頭していた。金属を打つ槌音が響き、断崖に築かれ始めた巨大な要塞の基礎が少しずつその姿を現していく。
「その柱を急げ! 日没までにあの区画を完成させろ!」
焼けた顔と簡素な鎧に威厳を宿した男が怒鳴る。
彼の名はグロクト司令。太陽と戦の両方に鍛えられた指揮官であった。
一人の兵士が息を切らして駆け寄り、小声で告げた。
「司令……誰かが、お会いしたいと……」
「今か? 帝国の建設現場を仕切っている最中だ。いったい誰の……」
兵士の顔に浮かんだ表情に、グロクトの言葉は止まった。
彼は険しい顔で北東の作業区画へ向かう。そこには、石を切り出したばかりの道を静かに歩く一つの影があった。金属の靴音が、まるで死刑宣告のように響く。
赤い輝きを帯びた黒い甲冑。仮面のような兜からは、その目の奥に燃えさかる呪いの炎のような光が見えた。
グロクトの喉が鳴った。
「ヴァルダー将軍……まさか……これは光栄に存じます」
ヴァルダーは歩みを止めず、まっすぐにグロクトを見据えて近づく。
「形式は不要だ、司令。お前を称えに来たわけではない。状況報告に来た」
その声は鋭く、鋼の刃のようだった。
「わ、わたくしの部隊は最善を尽くしております! 基礎工事はすでに――」
「……私は、もっと"効果的"な方法を見つけるかもしれん」
その一言が、巨大な鉄塊のように落ちる。
グロクトは口を閉ざし、沈黙した。
「この要塞は……計画どおり完成させる。そうだな?」
「は、はい。必ず……」
「だが、それだけではない。皇帝陛下からの伝言を持ってきた。彼は――貴様に“失望”しておられる」
その言葉に、グロクトの顔から血の気が引いた。
「し、しかし将軍、我々には資材も人手も足りておらず……」
「……直接お伝えすればどうだ?」
グロクトの動きが止まる。
「皇帝陛下が……ここに?」
「そうだ。そして……慈悲深くはないぞ、私ほどにはな」
そのとき、紫の法衣をまとった青年が現れた。
だがヴァルダーの姿を目にした瞬間、彼は凍りついたように立ち尽くす。
魔導師エストレルである。
「……将軍殿……これは……ご光臨とは……」
「貴様……また失敗したな」
低く、呪詛のような声。
「L・ラヴァリアン卿の許可を得た上での実験で……わ、わたくしの責任では――」
「その貴族は尋問中だ。貴様が生きているのは、まだ価値があるか“見極める”ために過ぎん」
ヴァルダーの声が地を揺らすように重くなる。
「報告では、隣接する村一帯と前線の基地を“吹き飛ばした”そうだな」
「そ、そんな……」
「すでに、表向きは“敵国テオの攻撃”という形で処理された。だが……再び“問題”を起こせば、その処理は不要になる」
エストレルはうつむき、肩を震わせた。
「わ、わたしの地位は……」
その瞬間――
黒い魔力が渦を巻き、背後から現れた漆黒の霊手がエストレルの首を締め上げた。
「……欲に支配されるな」
視線を逸らしたまま、ヴァルダーが呟いた。
霊手は消え、エストレルは膝をつき、激しく咳き込んだ。
「は、はい……将軍様……」
ヴァルダーは背を向け、無言で歩き去る。
その歩みに合わせて、周囲の兵たちは全員、作業の手を止めて頭を下げる。
要塞の頂に、黒い帝国旗が風に翻る。
陰が世界に伸びていく。
それは、鉄と炎と死の残響――
静かなる戦慄の始まりだった。
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