第58章 — 母の名はウェンディ
朝焼けの光が木々の間からそっと差し込み、森を琥珀色に染めていた。風は囁くように吹き抜け、まるで戦いの終わりに安堵しているかのようだった。激しい戦闘が繰り広げられたその地に、今は静かに立つ一人の新しい人物がいた。懐かしさと戸惑いの混ざった眼差しで、沈黙の中に佇んでいる。
長い橙色の髪をなびかせたその女性は、今や肩にだらりとかかった灰色のトレンチコートをまとい、アンの隣に立っていた。曇りがかったその瞳には、しかし確かな温もりと意識が宿っていた。
「大丈夫…ママ?」
アンが手を握りながら問いかける。
女性はまばたきをし、まるで長い夢から目覚めるようにゆっくりと娘を見つめた。
「ええ…」
彼女はかすれた声で答えた。
「私の名前は…ウェンディ。私は…あなたの母親」
その言葉を口にした瞬間、唇がかすかに震えた。
アンはすぐさま彼女に飛びつき、強く抱きしめた。涙が頬を伝い落ち、仲間たちはその瞬間を黙って見守っていた。
「お帰りなさい、ウェンディさん」
リュウガが胸に手を当てて一歩前に出た。
「あなたの娘は…本当に素晴らしかった」
「わかっているわ」
ウェンディはアンの髪を優しく撫でた。
「彼女が…私を連れ戻してくれたの」
一人ずつ、仲間たちはまるで家族の一員を迎えるように自己紹介を始めた。
「セレステです。アンと共に戦いました」
水色の髪を揺らして、彼女は微笑む。
「カグヤと申します」
優雅に一礼する。
「お力になれることがあれば、どうぞ」
「クロです」
片手を挙げて軽く挨拶。
「彼女には私も助けられました。だから、あなたにも…感謝しています」
「アイオです!」
元気に跳ねながら。
「アンの友達ナンバーワン!…いや、ツーかも!」と冗談まじりに笑う。
「リシアといいます」
軽く頭を下げた。
「どうかご無理なさらずに」
「私はヴェル。戻ってきてくれてありがとう。アンは、あなたのことを毎日話していましたよ」
ウェンディは、涙をこらえながら静かに頷いた。まるで夢の中を歩いているような不思議な感覚だった。しかし、娘の手の温もりが、それが確かな現実であることを告げていた。
◆
遠くにはガレオン・ゴシン号が待っていた。戦闘の影響でまだわずかに煙を上げており、片側の推進装置が少し傾いていた。それに気づいたリュウガは眉をひそめた。
「…あの音はおかしいな」
「ヴェル、点検を」
「了解」
彼女はサイドパネルを開いた。
「構造的には小破…修理可能」
「よし、じゃあ…魔法を見せてやるか」
リュウガはベルトから工具を取り出し、エネルギー核に両手をあてた。
「『シンクロ回路・起動。修復コア、アルファエネルギー、リンク!』」
低く響く音とともに、金属片が自動的に組み合わさり、青白い光が走った。ウェンディはその光景を、口を開けたまま見つめた。
「それ…あなたが?」
「まあ、ちょっとした趣味みたいなものさ」
リュウガは照れたように笑った。
「作るのが好きなんだ。みんなが進めるようにね」
「そして、壊すのも得意よね」
カグヤが笑みを浮かべて言った。
「この船、まるで空飛ぶおうちだよ!」
アイオが跳ねながら周囲を駆け回る。
その時——
「このボタン、なにかな〜?」
アイオが興味本位で光るボタンに触れた瞬間。
ボフッ!!
船体下部から巨大なエアバッグが飛び出し、ちょうど距離を取っていたプレティウムを見事に包み込む。
「……なんだこれは」
泡に潰されながら無表情のまま呟く。
「アハハハハ! 非常用トラップ発動!」
クロは笑い転げる。
「そんなのあったっけ!?」
ヴェルも腹を抱える。
「それ、緊急用だったのに…」
セレステが額を押さえた。
プレティウムはただ唸りながら、まるで最初からこの一員だったかのようにそこにいた。
ウェンディは全てを静かに見守っていた。そして…くすっと笑った。何年ぶりかの、心からの、壊れかけながらも本物の笑顔だった。
「ありがとう…この子を助けてくれて。この瞬間を…取り戻してくれて」
◆
ゴシン号の内部。指令室ではセレステが制御盤を確認し、リシアが航行座標を入力していた。クロはコンソールを丹念に磨いている。
「目的地は?」
セレステが問いかける。
「テオ王国だ」
リュウガが答えた。
「エレオノールのためじゃない。アンとアイオが、なぜあの闇に囚われたのか、その答えを得るために行く」
アンは母の手を取り、優しく尋ねた。
「ママも…一緒に来る?」
ウェンディは少し迷い、ガラス越しに空を見つめた。
「行くわ…あなたを守るために。たとえ、言葉だけでも」
「なら…ようこそ」
リュウガがウィンクした。
ゴシン号は飛翔の準備を整える。リュウガが操縦席に手を添える。
「座標確認、コア安定。全員、配置につけ」
「エンジン起動、リンクアップ!」
セレステの声が響く。
船体が振動し、地面がわずかに揺れる。深く響く音と共に、ガレオンはゆっくりと浮かび上がった。
「航路、クリア」
セレステが言う。
「答えを求めて、出発だ」
リュウガが告げた。
甲板から、ヴェルとリシアが手を振っていた。目には涙を浮かべながら。
「信じてくれてありがとう! 必ず戻ってくるよ!」
ヴェルが空へ叫んだ。
「もっと強くなってね!」
リシアが拳を突き上げた。
村人たちは下で、花、果物、飴、カラフルな首飾り、そして守護のお守りを次々と投げていた。その中に、一つの腕輪があった。古代テオ王国の守護の印が刻まれたそれを、長老がリュウガに手渡した。
「これはな、お前のように…他人の重荷を背負う者のためのものだ」
ゴシン号は高度を上げ、雲の彼方へと優雅に飛翔した。
過去は後に。
そしてその先には、まだ語られていない真実が待っていた。
だが今は——彼らは共にあった。
それだけで、すべてが意味を持っていた。
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