第57章 – 指揮の瞳(コマンド・アイ)
「アーーーン!!」
母の叫びは、痛みと再会の感情に満ちていた。
ゴシン号の砲台区画。メタリックな床の上、すすと工具の破片に囲まれ、アンの体は横たわっていた。風が開いたハッチから吹き込み、頬の血を揺らす。カグヤが人型に戻り、彼女の母を船内へ連れてきたその直後だった。
母の瞳にはまだ“灰の世界”の影が残っていた。しかし、胸の奥で何かが弾けた。凍りついた感情が、温かく震え始めていた。
彼女は震えながらアンのそばにひざまずき、唇を震わせて言った。
「やっと…やっと…覚えてくれたの…?」
「アン…私の娘…私…あなたを置いて…!」
「ちがうよ、ママ。もうここにいるじゃない」
涙があふれ、温もりが戻っていく。
カグヤの分身がそっと肩に触れた。
「まだよ。今はあなたの役目じゃない。リュウガたちに任せて」
◆
そのころ地上では、ゴーレムたちが再び前進を開始していた。圧倒的な重量が地を揺らし、ゴシン号の砲撃も効いていなかった。
リュウガは歯を食いしばり、拳を地に打ちつけた。
「くそっ…弱点が…どこだ…!」
その時——
鋭い痛みが彼の両目を貫いた。
「うっ…!」
地面に膝をつき、顔を手で覆う。
「リュウガ!」
セレステが駆け寄る。
しかし、それは“痛み”ではなかった。
目から光が溢れた——右目は蒼、左目は白銀に輝く。
世界のすべてが、スローモーションになった。仲間の魔力の流れ、敵の構造、感情の波——
すべてが「視える」
「……これは……」
彼は静かに立ち上がり、かつてないほどの確信を持って叫んだ。
「全員、俺の指示に従え!!」
プレティウムが目を細める。
その瞳——かつて見た、王者の瞳だ。
◆
「カグヤ!マンティスとシュリンプの複合!側面を狙え!曲線で動け!」
「了解!"深海の鼓動——衝波突き(ディープパルス)!!"」
関節を砕き、装甲を割る!
「アン!糸を!」
「“輝く運命の糸”!」
透明な光の網が、ゴーレムたちの手足を縛り動きを止めた。
「ヴェル、ハンマーフォーム!膝を狙って!」
「“天槌正義の一撃!”」
巨大な金色のハンマーがゴーレムの関節を破砕する!
「アイオ、脚を拘束して!」
「“音鎖——オベディエンス!”」
ヨーヨーが音速で回転し、脚に絡みついて締め上げる!
ゴーレムたちが膝をつく。
「リシア!全力で!」
「“千の彗星の雨!”」
天空から無数の光の矢が降り注ぎ、防御外装を破壊!
「プレティウム、爆弾を!」
「“忘却の破片!”」
闇の爆発が魔法障壁を壊し、構造を不安定にする!
「カグヤ、仕上げを!」
「“聖核雷破!!”」
胸元から放たれた純結晶の閃光が、ゴーレムの一体を粉砕!
「俺の番だ——“地裂轟旋!”」
リュウガが掲げた剣が嵐となり、二体目のゴーレムを巻き上げて粉砕!
◆
静寂。
砕けた石が降り注ぎ、光が空に広がった。
リュウガの瞳は光を失い、膝をついた。
「リュウガ!」
セレステが抱き留める。
「平気だ…まだ…完全には制御できないだけさ…」
「今のは…」
プレティウムが呟いた。
「……“指揮の眼”か」
◆
アンは変身を解き、ゴシン号へと駆け戻る。
母は甲板に立っていた。涙を浮かべ、腕を広げて。
「ママーッ!」
「アンッ!!」
二人は強く抱き合った。陽光の中で、再び結ばれた母と娘。
「戻って…きたのね…!」
「あなたのおかげよ…アン…」
その様子を見つめながら、リュウガは静かに微笑んだ。
「闇を越える絆……それは——愛だ」
カグヤがつぶやく。
「……人の心ってのは…強いな」
アイオがプレティウムの脇でにやりと笑う。
「ねぇ、もしかしてそれ…褒めてる?」
「……たぶん、な」
ゴシン号は再び空へ。
だが進む先はもう「テオ王国」だけではない。
その先に待つのは、失われた真実。
そして——
本当の敵の、眼差し。
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