第54章 — テオへの道に潜む影
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次回もお楽しみに!
朝日が昇ると共に、ガレオン・ゴシンの内部には暖かく活気ある空気が満ちていた。
広々としたキッチンでは、中央の大きなテーブルを囲んで賑やかな朝の準備が進んでいた。
白地にユニコーンの絵柄がついたエプロンを着たヴェルが、スープ鍋をかき混ぜながら鼻歌を口ずさむ。リシアは正確な手つきで野菜を刻み、そしてクーロは袖をまくって顔じゅう粉まみれにしながら、どうにかパンケーキを焼こうと奮闘していた。
「それ、砂糖じゃなくて塩よ!」
リシアが叫んでボウルを取り上げた。
「えー!?見た目一緒なんだもん!」
クーロは小さくむくれた。
ヴェルは優しく笑った。
「大丈夫よ、クーロ。少なくともやろうとしたことは認めるわ。でも…あなたのレシピ、命に関わるかもね?」
ちょうどその時、扉が開いた。
アンが現れた。彼女の手を引いていたのは、未だにどこか虚ろな目をした母親。灰色のローブに包まれ、静かに歩いていた。アイオがその隣に寄り添い、そっと支えていた。
一瞬、空気が固まった。
「おはようございます」
アンの声はやや緊張していたが、しっかりしていた。
「お母さんも…一緒に朝食を食べたいって」
ヴェルが最初に動いた。にこやかに笑いながら言った。
「もちろんよ。みんなの席、ちゃんとあるわ。どうぞ、座って」
アンの母は何も言わず、湯気を立てるスープと焼きたてのパンを見つめながら、ゆっくりと席についた。クーロが無言で彼女にお茶を差し出す。
「……悪くない」
その女性がぽつりと呟いた。
アンの目が大きく開き、思わず微笑む。アイオがそっと彼女の肩をつついた。
「言ったでしょ?朝ごはんは全部を癒すって」
リュウガ、セレステ、カグヤ、プレティウムが少し遅れて入ってきた。談笑しながら各々席に着き、食事の香りがキッチンに満ちていく。
食事中、リシアはプレティウムに視線を向けながら声をかけた。
「あなた、かなり腕が立つのね。昨日のあの化け物たちを、まるで紙みたいに斬ってた」
プレティウムは目を上げずに答える。
「……ネクロレイザーのことか」
場が静まり返った。
セレステが眉をひそめる。
「今、ネクロレイザーって言った?」
リュウガはスプーンを置き、目つきが鋭くなる。
「……あれの一体が、仲間を殺したんだ」
カグヤがリュウガに視線を向ける。
「エリアスのこと?」
セレステが頷いた。
「どんな攻撃も通じなかった。魔法も、速度も、力も……まるで無敵だった」
リシアとヴェルが顔を見合わせる。
「そんなこと聞いてなかったわ」
ヴェルが言った。
「でも噂は聞いた。あいつらは、ただの魔物じゃないって」
クーロがもごもごとパンを噛みながら目を見開く。
「ん?じゃあ……ダンジョンの隠しボスみたいな?」
プレティウムが渋く茶をすすりながら答えた。
「違う。あれは上位の魔物じゃない。この世界の存在じゃないんだ」
アンが固くなった声で尋ねる。
「じゃあ……何なの?」
プレティウムは皆を見渡す。
「やつらは異次元から来た存在だ。生まれない。息もしない。感情もない。生と死の概念すら超越している。
……強く、賢く、そして危険だ」
リュウガが鋭く目を細めた。
「なぜそんなに知っている?」
沈黙が流れる。
プレティウムは最後の一口を飲み、静かにカップを置いた。
「……理由はどうでもいい」
セレステが鋭く切り込む。
「でも、それは重要な情報よ」
「だが、今の君たちに、すべてを知る覚悟はあるか?」
張り詰めた空気が再び場を包んだ。疑念ではなく、恐れから来る沈黙。
カグヤがため息をつき、腕を組む。
「国家のクーデター、モンスターになった王女、外交危機……そして次は異界の怪物。面白くなってきたじゃない」
アイオが茶碗を掲げる。
「だから、朝ごはんが大事なのよ!」
すると突然、アンの母が小さく呟いた。
「ネクロ……レイザー……」
全員が彼女を見つめた。アンは彼女の手を強く握る。
「お母さん!?今、何か言ったの?」
だが彼女は再び沈黙に戻った。
リュウガが真剣な表情で彼女を見つめる。
「……この人は、俺たちが思っている以上に何かを知っているかもしれない」
プレティウムが立ち上がる。
「答えは得られるだろう。だが覚悟しておけ。……テオの王国は、お前たちが期待している“故郷”ではないかもしれない」
沈黙が場を支配した。
ヴェルがリュウガに目を向けた。
「なら……無駄にする時間なんてないね」
朝食は終わった。食器は空になったが、部屋にはまだ穏やかな温もりが残っていた。
ヴェルとリシアは片付けを始め、クーロは別の王国の飲み物のレシピに興味を示していた。アンは母の手を取り、そっと廊下を歩いていく。ゴシン号は前方の航路を維持しながら進んでいた。
「航路、安定」
セレステが魔導スクリーンを確認しながら言った。
「テオの国境まで……あと一日くらいね」
だがその時――
ドォン!!
突如、艦が激しく揺れた。
魔法警報が鳴り響く。機体下部で爆発音が響いた。
全員が窓と主モニターに駆け寄る。
「何ごと!?」
カグヤが叫ぶ。
「地上からの攻撃よ!」
ヴェルが叫び返す。
「兵士たちよ!――数十人!」
画面には灰色のコートを着て、黒い仮面で顔を隠した兵士たちの姿が映っていた。肩には見慣れない紋章。魔槍、魔銃、暗黒の道具を手に、ゴシン号に向けて一斉射撃を始めていた。
「ただの盗賊じゃないな」
リュウガの表情が引き締まる。
「これは組織的な襲撃だ」
「どうする?」
リシアが訊ねる。
リュウガが一歩前に出て、力強く言い放つ。
「ガレオンの砲塔を起動させる。味方に援護射撃を。地上に降りたらすぐに戦闘態勢だ」
彼の腕の動きに呼応し、艦の両側からエネルギー砲塔が展開される。高精度の射撃が地上の敵部隊を撃退し、一時的に隙が生まれる。
「防衛システム、起動完了!」
セレステが副操縦席から叫ぶ。
「今なら降りられる!」
リュウガが声を張り上げる。
「行くぞ!」
みんなが降下デッキに向かって集まる中、アンだけが立ち止まっていた。
母親は未だに灰の世界に囚われている。その場にしゃがみ込み、怯えた子どものように自分を抱きしめていた。
「……ママ」
アンは静かに膝をつき、彼女の手を取る。
その手は震えていた。
「すぐ戻るよ。……一度は迎えに来たよね?今回も同じ。今度こそ……絶対、置いていかない」
母は返事をせず、ただ虚ろに呟く。
「愛は……憎しみも……ない……ただ……静寂だけ……」
アンは目を閉じ、涙をこらえる。手を優しく握りしめる。
そこへカグヤが現れ、静かに分身の術を使って一体の影のクローンを生み出した。そのコピーは母親の横に膝をつく。
「私の分身が守る。任せて」
アンは彼女を見つめ、静かに頷く。そして、母にもう一度だけ言葉をかける。
「……待っててね、お願い」
額にそっとキスを落とすと、立ち上がった。
その目には、もはや迷いはなかった。
リュウガの眼差しと同じ、戦う者の火が宿っていた。
仲間たちはすでにプラットフォームに集合していた。
リュウガが手を掲げ、強く叫んだ。
「転移準備、カウント開始――3、2、1……!」