第52章:心の炎(パート2)
ガレオン・ゴシンは死の森を抜けた先の小さな空き地に静かに着陸した。推進器の轟音も、着地の瞬間にはまるで囁きのように沈黙した。
リュウガが最初に降り立った。腕にはアンの母親の、まだ息はあるが反応のない身体を抱えている。その隣には、黒いマントを揺らしながら無言で歩くプレティウムの姿があった。彼は堂々たる船体を見上げながら呟いた。
「……悪くない」
「感心したか?」リュウガが少しだけ笑みを浮かべる。
「少しな。こういうのは貴族か帝国くらいしか持たないと思ってた」
彼らは船内へと入る。中は広々としており、金属的で輝いていた。セレステが彼らを訓練用エリアへと案内する。そこは魔法で強化された内部のアリーナで、戦闘訓練用に設計されていた。
サポートシステムがアンの母の身体を医療観察下に置く間、アンとプレティウムは訓練場の中央へと向かった。
上層から見下ろすヴェルとリシアは、不安げな表情を隠せなかった。
「本当に……彼と戦わせていいの?」リシアが眉をひそめて尋ねた。
「俺は彼女を信じてる。それには理由がある」リュウガは静かに応える。
プレティウムは首を鳴らし、肩を回し、大剣を片手でくるりと回した。
「証明してみせろ、アリシア」
アンは深く息を吸い、目を閉じた。彼女の身体を白と青の光が包む。目を開けた時、彼女の姿は“アリシア”へと変化していた。銀色の軽装鎧に水色の装飾、白いレースの短いマント。そして青い結晶の剣。瞳が輝いていた。
「準備はできてるわ、プレティウム。ただ倒すためじゃない。伝えるために戦うの」
プレティウムは口の端をわずかに上げた。
「いい音だな……壊す直前にはもってこいの」
「開始!」セレステが叫び、魔法の結界が発動した。
アンが駆けた。剣は純粋な魔力で輝き、動きは優雅で舞うよう、しかし鋭かった。プレティウムは難なく受け止めたが、その音は重かった。
「なかなかの型だ。だが……炎はあるか?」
「あなたの闇を焼き尽くすには、十分よ!」
アンは回転しながら螺旋状の斬撃を放つ。プレティウムはギリギリでそれを回避し、激しい攻撃を返す。アンは風のように跳ね、身をかわす。
カグヤが冷静に観察していた。
「速さはある。でも彼には、重ねた経験という壁がある」
アイオは胸の前で手を握りしめて囁く。
「がんばって、アン……」
プレティウムは剣を地面に叩きつけた。衝撃波が闇の波として床を這い、アンの足元を襲う。アンは跳んだが、バランスを崩した。
「見たか? 想いだけじゃダメなんだよ!世界は童話じゃない!」
「あなたは語り部じゃないでしょ!」アンは叫び、「誓いの光」を発動。
青いエネルギーが彼女と剣を包み、足元に光の軌跡を残しながら突進した。
「私を救ってくれたものと一緒に戦うの! 命を取り戻してくれた力で!」
剣がぶつかると、眩い光がアリーナを照らした。
プレティウムは一歩後退し、初めて微笑んだ。
「……面白い」
アンは息を切らしていたが、目は輝きを失っていなかった。
プレティウムが影のように跳ぶ。連撃は常人では目で追えない速さだった。空間すら裂けるかのような斬撃。
「来いよ!」と叫び、3連撃を叩き込む。
アンは一撃目を剣で受け、二撃目を転がって回避、三撃目――
「キャッ……!」彼女は「アリシア縮小形態」に変身。手のひらサイズの人形のような姿に。
プレティウムの斬撃が彼女の頭上をかすめる。
「何だと……?」とプレティウムが困惑。
「ここよ!」アンの小さく高い声が響く。
彼女はミニサイズのまま彼の背中をよじ登り、肩に到達した瞬間――
「サイズ変更・無慈悲な帰還!」
青い光が炸裂し、元の大きさに戻った彼女はプレティウムの肩を直撃。
「ぐっ……!」彼は数歩下がり、膝をついた。マントが裂けて舞った。
「すごい……!」カグヤが立ち上がる。
「アン、やったね! 世界一堅い男をだました!」アイオが跳ねた。
「力だけじゃない、知恵も使ったんだ」リュウガが微笑んだ。
「……女の子だと侮るなって言ったでしょ……」アンは息を切らしながら言った。
プレティウムは立ち上がり、肩の埃を払いながら、初めて尊敬の光を目に宿す。
「見事な罠だ。もしこれが実戦なら、俺の腕はもうなかったな。信念の火花が、不滅の炎になる」
そして彼は最後の一撃を準備。
「これで終わりだ。『影裁の審判』!」
大剣から黒い魔力の稲妻が奔流のように放たれた。
「うああっ……!」
アンは吹き飛ばされ、魔法結界に激突。雷鳴のような音と共に砂煙が立ちこめる。
「アン!!」アイオが立ち上がる。
「やりすぎだろ!」ヴェルも叫ぶ。
「……まだだ」リュウガが呟く。
青白い光が闇を切り裂いた。
「まだ……倒れてないわ」
衣装が変化した。長いクリスタルのドレスに青のコルセット。額にティアラが光る。剣も変化し、水晶の杖のような形状に。
「シンデレラフォーム、起動!」
彼女の放つ魔力は純粋でまばゆい。
「これで終わらせない!」
近接魔法斬撃を放ち、プレティウムを後退させた。
「その信念……火のように燃えてやがる!」
彼はベルトから黒い爆弾を取り出し――「影の破裂弾」!
「そうはいかない!」アンが叫ぶ。
「時の魔法:カボチャタイム!」
金の時計が出現し、世界がスローモーションに。
彼女は炎の中を舞うように駆け抜ける。
「なかなかやるじゃないか、おとぎ姫!」
「そっちこそ、悪役としてはなかなかの演技力ね!」
魔法の集中砲火が炸裂し、プレティウムが吹き飛ばされる。
アンが次のフォームを発動――
「赤ずきんフォーム、起動!」
真紅のマントが舞い、ルーンが輝く。新たな剣を手に、彼女はさらに前進。
「また変身か……底なしだな」
「あなたを超えて……母の元へ行く!」
2人は激突。剣と剣の響き。舞い、かわし、攻撃。
「紅狼の舞!」
幻影剣で包囲。
「闇牙の一閃!」
プレティウムは紙一重でかわしたが、頬を斬られ血が一滴落ちる。
「……悪くない。まさか、こんな小娘に……」
「私はもう、“小娘”じゃない! 守るものがある者よ!」
◆
「戦ってるな……本物の戦士として」リュウガが言う。
「心を燃やして」セレステが微笑んだ。
「やれ、アン!見せてあげなさい!」ヴェルが叫ぶ。
プレティウムが最終奥義を放つ。
「最終技――『闇の裁き:滅びの十字』!」
地面に黒い十字が出現し、闇がアンを呑みこもうとする。
アンが空に手を伸ばし叫ぶ。
「必殺技――『紅狼の閃炎』!」
赤い光に包まれ、彼女は彗星のように突っ込む。
「残された愛のために!」
光と闇が衝突し、魔力の爆心が炸裂。
沈黙の後、中央に立っていたのは――
膝をつき、剣を地面に突き立てるプレティウム。そして、立つアン。マントは裂け、肩で息をしながらも、微笑んでいた。
「……やるな。少し、認めざるを得ない」
「えっ?」
「その情熱、その力、そのしつこさ……全部、本物だ。面白い奴だ」
彼はゆっくりと立ち上がり、遠くに佇むアンの母を見つめた。
「救えるかは分からない。だが、可能性があるとすれば――お前だ」
アンの瞳が潤む。だが、彼女はまっすぐに頷いた。
「ありがとう、プレティウム」
「さあ……キャプテンに会わせてくれ。この次は、どんな狂気が待ってるのか楽しみだ」
観覧席から拍手が起こる。
アイオがアンに飛びつく。
「最高だったよ!」
「やったわね!」セレステが叫ぶ。
「君は強い。それだけだ」リュウガも微笑んだ。
アンの頬を涙が伝う。でもそれは――希望の涙だった。