第49章:感情の沈黙
霧が立ち込める森の中で――木々は生まれたときから枯れているかのように見え、空は太陽も月も星もない灰色のキャンバスのようだった。
その中を一つの人影が歩いていた。
ゆっくりと。焦らず。目的もなく。
長い髪の少女が、擦り切れた灰色のコートを羽織り、足を引きずるように進んでいた。顔には一切の表情がなかった。笑みもなければ、眉をひそめることもなかった。大きく、ガラスのように光を失ったその瞳は、世界を通り越して見ているかのようで、何にも反応を示さなかった。
その手には、小さな砕けたガラスの花が握られていた。
――大切じゃない。
彼女は、空気と同じくらい空虚な平坦な声でつぶやいた。
――何も…大切じゃない。
足を止めた。その足元に花弁が一枚落ちた。
だが彼女は、それを見ようともしなかった。
――感じる必要なんて…ない。
――愛することも、憎むことも、必要ない。
――そんなもの、意味がない。
その声には怒りもなければ、悲しみも痛みもなかった。
ただ、死んだ月の下の凍りついた湖面のような静けさだけがあった。
――笑いも、悲しみも、優しさも…すべては、無駄な雑音。
彼女の足音だけが響いた。だが、森は応えなかった。
鳥の声も、枝の軋みもない。
ただ、沈黙だけが支配していた。
――以前は…何かを大切にしていた気がする。でも…
――間違いだった。
その体から、灰色の薄霧がゆっくりと広がっていく。
根、葉、そして木の幹を徐々に覆っていった。
遠くから様子を見ていたウサギたちは逃げ出した…が、速くはなかった。
まるで、空気そのものが意志を奪っていくように。
――どこにあるの…色は?
彼女は自分の手を見つめながら、囁いた。
その手は、灰のように白く、冷たかった。
そして霧の中で、さらに小さな声が響いた――
まるで、こだまのように。
――いらない…色なんて。
周囲に浮かぶ結晶がひとつ…鈍く光を失い、影すら映さなかった。
その力は重く、冷たく、まるで感情という心の甘さが永遠に凍りついた世界の具現化のようだった。
その少女は、テオ王国へと歩いていた。
一歩踏み出すたびに、森の色が失われていく。
温かさが消えていく。
そして――少しずつ、魂さえも…失われていった。